閑話 主の器
今回は閑話となります。
『手筈は整っているか?』
「ハッ」
魔王の声。
男か女かすらも分からない濁った声に、私は頭を垂れたまま肯定する。
相変わらず魔王はその姿を現さず、ただただ大柄なシルエットだけが空間に浮かび上がっている。
『既に目下の脅威を押さえる手段は奴に渡している。お前は私の命じる通りに、作戦を進めるがいい』
「了解いたしました」
それを機に魔王は魔具を切り、通信を断つ。
わざわざ分かり切っていることを確認しなくても、こっちはこっちで無茶の極みみたいな作戦を推し進めているんだがな……! 今のやり取りの方が時間の無駄だ……!
とは口に出さずに深呼吸をした後に、私もその場を後にする。
「……はぁ」
魔王の正体は、誰も知らない。
ただただ強力な魔具を尋常じゃない速さで作り出す技術を持っており、その性格が果てしなく悪いということしか分かっていない。
だが、その魔具が魔王を魔王たらんとしているものに違いないと私は考える。
魔王の魔具は、誰でも使える。
子供から大人まで、どれだけ魔具オンチであろうともスイッチ一つで作動させることができてしまうのだ。
これがどれだけ危うく、便利なことか分かるだろうか。
少なくとも幹部連中はそんな考えてもいないし、魔具作りと侵略しか考えていない魔王も同じだ。
というより、あの魔王は自分の作りたいものしか作らない。
「はぁぁぁ……」
二度目のため息をついてしまう。
シャワーを浴びたら仮眠を取ろう。
あとは“船”の出発を見送るだけだからな。
「やっほ、イリス! 元気してる!」
「これが元気に見えるか?」
唐突に私に声をかけてきたのは同じ魔王幹部のニーアだ。
私が行っている作業の一部を体験したことで、以前よりは少しだけマシな性格になった彼女ではあるが、依然としてイラっとする奴には変わりない。
「んー、見えないかなぁ。はい、これ果物」
「ああ、ちょうど栄養を補給しないといけなかったんだ」
「食べるじゃなくて、補給なんだね……」
ニーアから受け取った果物を齧る。
甘い果汁が口内を潤し、空腹が満たされていく。
「あぁー、楽しみだなぁ」
「次の作戦か」
「うんうん、成長したリーファとカイト君と戦えるかもしれないからね!」
次の作戦の場はセントレアルだ。
少しばかり特殊な作戦であるが、その際に勇者連中とは矛を交えることになるだろう。
勿論、勇者招集とやらに参加しているカイトとリーファとも。
ニーアがどうしようもない戦闘大好き人間なのは分かっているし、間違いなく二人をターゲットにすることも分かっている。
だが――、
「戦うのは目を瞑るとして、殺すなよ……?」
それだけは絶対に許さん。
死んだ目にさらに力を籠めて睨みつけると、ニーアはやや怯えた表情を見せる。
「わ、分かってるよ? カイト君のことは気に入っているし、リーファは妹だよ? 前はうっかりやらかしそうになっちゃったけど……」
今、とんでもなく物騒な呟きが聞こえたぞ。
用心のために再三の忠告をしておく。
「もしそんなことがあったら、私はお前を始末する」
「なんで!?」
「そして私も殺される」
「誰にぃ!?」
主に今も私を見張っているであろう今のご主人様にだ。
あとは単純に二人を死なせたくないという、私個人の感情が関わっている。
「冗談だ」
「あ、じょ、冗談なんだぁ」
「良くて魔王軍が破滅するだけだ」
「悪化してるよね!? それ私もイリスも終わってるよね!? というより、それで良くてなの!?」
叩けば鳴るとはよく言ったものだ。
だんだんとこいつに愛着が湧いてきた。
……だが、長話する時間は生憎残されていないんだ。
「お前も準備に取り掛かった方がいいんじゃないか?」
「あ、そうだね。イリスは行かないんだっけ?」
「魔王様の魔具を用いれば、ここからでも指揮はできるからな」
今回の作戦は、大掛かりなものになる。
なにより道中の移動は船になるのだ。
この場に待機する私よりも、作戦に参加するニーアの準備の方が大変ではあるのだろう。
「じゃあ、私はもうすぐ行くからね!」
「ああ、行ってこい」
手を振ってその場を離れるニーアを見送る。
その姿を見送ったところで、私は力なく手を下ろす。
「……まあ、今回の作戦は成功しようが失敗しようがどうでもいいんだがな」
「———ええ、そうでしょうねぇ」
「!」
後ろからの声に心臓が止まりかける。
いや比喩無しで、死を覚悟しながら後ろへ振り返ると、すぐ後ろには今の私の主であるメリアがいる。
銀色の髪の少女は、楽し気な様子で私を見上げている。
「メリア様、突然後ろに出てくるのはおやめください……!」
「だって貴女のびくびくしている姿を見るのが楽しいんですもの。ふふふ」
本人は楽しんでいるが、やられるほうはたまったものではない。
「わざわざセントレアルという場所を狙うなんてアレも愚かですね。国の戦力である勇者がいない場所を狙えばいいものを……まさか、勇者を倒してこそ侵略だと思っていたり?」
「……あながち間違っていないかもしれません」
普通はそうするはずだ。
そもそも、なぜわざわざ勇者という戦力が集まっている場所を狙うのだろうか。
「でも黒の冒険者。あれは私から見ても中々です。あの獣が目をかけるだけはあります」
それに明らかに勇者よりも危険な黒の冒険者のいる場所だ。
ニーアが死にかけたという報告をしたはずなのだが、魔具を一つ寄越しただけで対策した気になっているのも中々に異常だ。
「準備は整いました。あとは作戦の決行を待つばかりでしょう」
「あら、なら貴女にはできることはほとんどないようね」
「メリア様は、なにもしていませんよね?」
ここでこの方が何かをすれば、計画にズレが生じてしまう。
気分屋な彼女がやらかさないとも言えないので、一応尋ねておく。
「いいえ、何匹か私の蛇を忍ばせましたが、ただの見物用ですし、人に見つかることはありませんよ」
「そうですか、ならよかった……」
それくらいなら問題ない思わず安堵に胸を撫でおろしていると、メリアが私を笑顔で見ていることに気付く。
「な、なにか?」
「私、人間は嫌いですが、使える道具は大事にするんですよ?」
「……」
「———だから、壊れてはいけませんよ?」
人を人とも思っていない目。
まさにそれは、彼女がカイト以外を見る目だ。
「なので、貴女は休むといいでしょう。これ以上は身体に毒でしかありませんからね」
「……分かり、ました」
だがそれでも、あの魔王よりもマシとさえ思える。
彼女は私以上に賢く、その目的も単純だ。
……とにかく、今は休もう。
彼女にとっては私は道具に過ぎない。
今は使える道具であるから生かしているだけで、壊れてしまえば私を生かしている理由など本当にないのだから。
一見地味でも、誰でも使える魔具を作れる魔王。
折角の技術という個性も、欠けているものが多すぎるせいで台無しになってしまっているのも魔王の特徴の一つです。




