第百七十話
第百七十話です。
カイト君の従者交流会の様子を見に来たわけだが、なぜか私と同じ勇者達の変人具合を認識させられてしまった。
勇者達のわちゃわちゃ具合に驚いている私の前に、シフと瓜二つの黒猫が現れた。
興味を惹かれた私は、勇者達から離れ黒猫を追いかけることにした。
「待てー」
「!?」
まさか追いかけられるとは思っていなかったのか、曲がり角の先では尻尾をぴんと立てながら廊下の先を歩いている黒猫がいる。
私の声にその場を跳び上がるほどに驚いた彼奴は、見た目通りの俊敏さで走っていく。
「やっぱり速いなぁ」
私はカイト君やリーファのように身体的に強くはないので、人間離れした動きはできない。
なのでここは魔法を使おう。
幸い、宿舎では魔法の使用は禁止されていないし。
パンフレットに書いてなかったし。
「水の道」
目の前の床に掌から放った水を放ち、ボード状に変形させる。
そこに飛び乗り、文字通りに地面を滑るように廊下を移動する。
走るのではなく、水を循環させて前に進む―――今この場で適当に思いついた技だ。
もちろん、廊下も水浸しにならないように配慮している。
「待って、これ私の新たな移動手段……!?」
適当に思いついた割には、有用な技を考えてしまった。
感覚的にはセグウェイ。
むしろ、乗っている水から取っ手とか伸ばしてセグウェイにしちゃう。
「待てー」
「え……? にゃひ!?」
スィーと割と尋常じゃない速さで廊下を進みながら、先を走る黒猫を追いかける。
なんだ、まだ逃げるのか?
この廊下を走るという、いけないことをしているという優越感をもっと味わいたい身としては、まさしく上等といってもいい展開だけれども。
「変なことしないから、ちょっと話すだけだから」
「う、嘘だ!」
「———喋ったな?」
「ひぃ!?」
やはり、カイト君の言っていた喋る黒猫。
これは是非とも話をしてみたい。
できることなら、シフと会わせて未知との遭遇的なサムシングをやってみたい。
「水で掬い上げてみようか」
移動に用いている水にさらに魔力を継ぎこみ、水量を増加させる。
さらに水を操作させ、足場から二本の手を模した水を伸ばす。
「水の手」
「!」
伸ばされる水でできた手。
それらは逃げる黒猫に向かっていき、挟み込み掲げるように動く。
そのままUFOキャッチャーの如く、捕まえられるかと思いきや―――ばしゃり、と水の手がはじけ飛ばされてしまう。
「尻尾で弾いた……?」
見えたのは、鞭のように伸びた尻尾が私が伸ばした水を弾き飛ばした光景。
シェイプシフターの変身能力……?
いや、少なくともシフにはああいう攻撃的なことはできなかったはずだ。
「あ、諦めろ! ボクは捕まらないぞ!」
「ボクッ子!? あざとい! 100点!!」
「ひっぃ!?」
黒猫でボクッ子とかもう未確認生物と同じじゃん。
ここは是非とも生態調査をしなければ……!
多少は強気で行っていいことが分かったので、物量で攻めることにする。
右手からいくつもの水の球を空中へ放り投げ、浮かび上がらせる。
「水の衛星」
掌を黒猫へと向け、計七つの水の球を向かわせる。
衛星と名付けたそれらは、黒猫の周囲に停止すると―――一斉に体当たりを仕掛ける。
「これくらい!」
それらを頑張って尻尾で薙ぎ払う黒猫だが、水の球は形を保ったまま壊れない。
「こ、壊れない!?」
「流れるは流水の如く、暖簾に腕押しとはまさにこのこと」
自分でも適当なことを呟きながら、水の球を黒猫に集めるように当てる。
威力はない。
直撃した部分に水の球が張り付き、動きを止めるだけだ。
「ゆ、勇者の癖して大人げない!? あ、やめ、た、助け―――」
ぽん、ぽん、ぽん、と水の球に当たるごとに動きを封じられていく黒猫。
顔だけを出した状態で、水に囚われた彼奴を手元に引き寄せた私は、抱えるようにして水を解いて黒猫を捕獲する。
「少しお話するだけでいい。話せばすぐに解放してあげるから」
「……くっ、仕方がない……」
腕の中で諦めたように大人しくなる黒猫。
見れば見るほどにシフと瓜二つだ。
さっきの尻尾の動きといいあの子と同じシェイプシフターなのだろうか?
「人もいないし、ここでいいかな」
とりあえず移動したのは施設のラウンジ。
この時間だと人もいないので内緒話にもってこいの場所だ。
端っこの席に座ると、むすーっとした顔をしていた黒猫が私を見上げる。
「離せ」
「逃げない?」
「どうせ、捕まる。少しくらいなら話してやってもいい」
シフと見た目は同じでも言葉遣いが大分違うね。
なんというか、ひねくれてる? ツンツンしてる。
大人しくテーブルの上に黒猫をのせると、私と向き合うように身体を向けてくれる。
「じゃあ、まず名前は?」
「ない」
「え?」
「ボクには、名前がない」
「え? どこで生まれたかてんで見当がつかなくて、薄暗くてじめじめとした場所でにゃーにゃー泣いていたことだけは覚えている?」
「っ!? な、なぜそれを……」
マジかよ、まさか小説の世界の住人だった……!?
いや待て、偶然だろう。
驚きに後ずさる黒猫を見て、冷静さを取り戻す。
「にゃーにゃーなんて泣いてない!」
「かわいっ」
取り戻した冷静さは那由他の彼方に飛んで行ってしまった。
しばらくは戻ってこないのでこのまま質問を続けよう。
「二日前、カイト君と会ったよね? 黒髪の男の子」
「……」
「その時、爪で引っ掻いたりしなかった?」
「!」
申し訳なさそうに俯く黒猫。
どうやらカイト君があった黒猫はこの子で間違いないようだ。
「君はシフ……カイト君の使い魔のシェイプシフターと何か関係があるのかな?」
「……」
無言。
これには答えたくないのだろうか。
まあ、無理に聞き出したくもないし、聞き出す手段もないからどうにもならない。
ある意味でこの沈黙も一種の答えのようなものだ。
なら、同じ方法で質問を続けてみよう。
「どうしてさっきはあそこにいたの?」
「……」
「もしかしてカイト君を見に行くため?」
「……」
「どうして君は喋れるの?」
「……」
「好きな食べ物とかある? 私が好きなのは金太郎飴と羊羹、あと金平糖が好き」
「……」
思ったより私の質問に答えてはくれないようだ。
こればっかりは仕方ないと思いながら、頭を押さえる。
でも、カイト君に興味があって、シフとも何か関係があるのはなんとなく分かった。
というより、シフという名前を出した時に、僅かに顔を顰めたから何かしらの敵意のようなものを抱いているのも分かった。
「君、名前がないんだよね?」
「……だから、なんだ?」
あからさまに不機嫌になる黒猫。
名前がない、というのがこの子の触れられたくない部分なのかもしれない。
なのであえてここで踏み込んでみる。
「私がつけてあげようか? 名前」
「っ……。……~~ッ!」
ものすっごい躊躇するような様子を見せる黒猫。
満更でもないのか、尻尾が感情を表すように右へ左に揺れる。
「いい! いらない!」
「そっか、でも気が向いたら言ってね」
なんかもう断られたけど、目の保養になったのでそれはそれでよし。
もう色々と聞きたいことは聞けた。
本当はもっとこの子と戯れたいところだけれど、嫌われたら元も子もないのでここは次の機会に期待しておこう。
「君のこと、カイト君に黙っててあげよっか」
「……! いいのか!」
「うん。なんだか知ってほしくなさそうだし」
カイト君には悪いけれど、この場の会話はこの子とだけの秘密だ。
多分、そう遠くないうちにこの子からカイト君に接触するだろうし。
「じゃあ、もう行ってもいいよ。捕まえちゃってごめんね」
「……ふん」
ぴょんとテーブルを飛び降り、ラウンジの出口へと向かっていく黒猫。
しかし、不意に足を止めるとこちらへ振り返る。
「ん?」
「お前、名は?」
名を尋ねられ、そのまま笑みを浮かべながら答える。
「チサト。シシハラ・チサトだよ」
「……」
名前を聞いた黒猫はそれ以上の言葉を話さずにその場から駆け出していく。
その姿が見えなくなったところで、私は深呼吸をしたあとに立ち上がる。
「さて、リーファ達の様子を見に行きますか……」
面白い経験をしてしまった後の余韻に浸りたいところだけど、まずは交流会を覗き見している勇者達の様子を確かめなければならない。
そう思い、私もラウンジを移動し―――もう一度、交流会の会場にまで移動する。
『イオ! そこよ! シフを! 抱え! ながら! 隣の彼の肩に頭を預けるの! そして寝るのよ! そう、私の念が伝わったのかしら!? 良い調子よ!! もう、絵にして飾りたいくらいにいいわよイオォォ!!』
『わぁぁ、カイトぉぉ! 負けないでぇぇ!』
『あのクソハゲぇ、なんであのテイマーと意気投合してんだ……! もしかしてあいつ、そっちの気が……!?』
こっちもカオスと化していた。
無茶苦茶興奮している三人の勇者と、それをニコニコと眺めながら魔法で声が届かないようにしているフレイを見て、思わず言葉と意識を失いかける。
私の姿に気付いたフレイが、笑顔のままこちらへ近づいてくる。
「大惨事ですわね!」
「君は、相当いい弱みを握ったようだね」
「はいっ!」
こちらはこちらでものすごくいい笑顔を浮かべている。
やはり、勇者はやばい連中なのでは?
私もその一人という自覚はあるけども、この人達ほどではない気がする。
※この十数分前、チサトは施設内を水製のセグウェイで爆走していました。。




