第百六十七話
第百六十七話です。
リオンさんが神獣と判明したその翌日。
僕とリーファはまたウィルさんに挑戦していた。
今回はセーラさんとイオさん、それに加えて他の勇者と従者たちが参加しており、十人がかりでウィルさんと相対することになった。
チサトは広範囲に魔法を及ぼしてしまうので今回は見学してもらっているが、彼女がいないだけでも被弾率が段違いに違う。
ウィルさんの不可視の魔法は、かなり気を張って対応しないと簡単に直撃をもらってしまうからだ。
「自身を顧みない戦い方ができることは一種の才能ではある。言うなれば、肉体の危機を知らせる感覚が外れていると言ってもいいからな」
リーファに肩を貸しながらも膝をついている僕を見下ろしたウィルさんがそんな言葉を口にする。
訓練開始から30分。
周囲には既にセーラさんを含めた勇者達が倒れ伏しており、僕とリーファも体力的に限界が近かった。
「何度も何度も傷つき、死に目に合わなければ身につかない感性だ。戦う者にとっては紛れもない武器ではあるが、逆にそれが弱点でもある」
「……」
僕はこの世界で何度死にかけただろうか。
もう転移された直後にオロチから逃げるために死にかけたり、割と結構な頻度で瀕死になっているので、ウィルさんの言う通り自分の身体が傷つくことに無頓着になっているのかもしれない。
「死への恐怖がなくなっちまえば、それ以上の強さはない。敵が恐ろしいから思考を巡らせる、自分の持てる手札を最大限に使い、勝つための戦いをすることができる」
「勝つための、戦い……」
「卑怯上等ってこと?」
「まあ、つまりはそういうことだな。死を怖がらなくなっちまったら、そりゃ人間じゃなくてゾンビとかの類も同然だ。死んだ身体はそれ以上の成長をしないのと同じように、死を恐れることを忘れた奴はそれ以上の成長を望めないってわけだ」
ウィルさんがそう言葉にしたその時、彼の後方で倒れていたセーラさんが、無言で構えた魔筒を放った。
不意打ち気味に放った無音の矢。
しかし、それさえも目視すらせずに手で払った彼は、小さく笑みを浮かべる。
「いい一撃だったぞ、相手が俺じゃなかったら仕留められていたほどだ」
「あーん、もう! 気絶したフリすら見破られてるってどういうことなのよー!」
すくりと起き上がったセーラさんに、僕とリーファも普通に驚く。
矢を放つ風切り音は聞こえたけど、それ以外の怪しい音は聞こえなかった。
魔筒を放り投げて大の字になって寝転がるセーラさんに、笑みを浮かべた彼は、もう一度僕達を見る。
「あの娘のように才能云々を知力と機転で凌駕してくる者もいる。ただ力で攻めてくる輩より、ああいうのが恐ろしいぞ? なにせ、文字通りにあらゆる手を使ってくるんだからな」
そこで思い出したのは巨獣の時に戦った魔王軍幹部のデウスだった。
あいつの恐ろしいところは、その大きな身体が繰り出される攻撃ではなく、卑怯な手を平然と使う容赦の無さにあった。
たしかに、ああいう手合いは力云々で対抗できるわけじゃないから恐ろしいな……。
「自身の強さに奢るなよ。いいか、人間ってのはちっぽけな存在だ。どれだけ強くとも、どんな巨大な魔物と戦えたとしても―――俺達の思考の遥か上をゆく怪物というのは存在する」
それはこの場にいる全ての者達に向けて言っているように思えるが、僕とリーファに向けて言っているようにも思えた。
遥か上をゆく怪物。
それは、僕がこれまで遭遇してきた神なる獣たち。
「ま、恐怖云々についての話は、お前さんには勇者と使い魔達がいるからそこらへんの心配はしてねぇ。これは、ジジィからのつまらない小言だと思っておけ」
そう言って手を軽く振ったウィルさんは、杖のようにしていた剣を持ち直す。
そのまま訓練場を出ていく彼を見送った僕達は、全員が緊張を解いたように脱力する。
「つ、疲れたぁー」
「もうくたくただよ……」
昨日のように自分の身体を顧みない全力全開の戦闘は禁止されてしまったが、それでもウィルさんという遥か格上の相手との戦闘は、精神的にも肉体的にも疲れる。
なんとかかろうじて膝をついていられた僕も、緊張が解けると同時にリーファと共に床に倒れてしまう。
「だが、よく戦えていたぞ。昨日ほど苛烈ではなかったが、また我々の連携がスムーズになった気がする」
「そうかな? でもユランの魔力を拳に纏わせる技はよかったよね」
「シャァー!」
蛇の鱗を纏わせたパンチ。
中々の硬度を誇るユランの魔力を手甲に見立てるのは我ながら、いいアイディアだと思った。
これで右手にライムを装備したまま、左手でも攻撃できるようになったといってもいい。
「名付けるなら、ユラン拳だな……」
「シャァー!」
「そうか、噛みつくほどに嬉しいかー、このこの」
かぷっと指に噛みついてくるユラン。
甘噛みなので全然痛くないどころかくすぐったい。
シフ、なんでそんなげんなりした顔をしているのかな?
そんな微笑ましいやり取りを交わしている僕達の元に、二つの水筒を持ったチサトが駆け寄ってくる。
「お疲れー」
「ありがとう」
「ありがと、チサト」
水筒を受け取り、喉を潤しながら起き上がる。
周りを見れば、倒れている勇者達も気絶まではしていなかったようで、チサトと同じように観戦していた従者たちに介抱されている。
「……あれ、よく考えれば従者の方たちは皆、観戦に回ってたの?」
「そうみたいだね」
「じゃあ、僕じゃなくてチサトが戦った方がよかったんじゃ……?」
冷静に考えてみると従者の僕が率先して戦う事態の方がおかしかったのでは?
今更な疑問に頭を抱えてしまうが、チサトはのほほんとしながら顎に手を当てる。
「まあ、私は今マネージャー気分を味わってるから、別にいいかな」
「君は僕の主なんだよね……?」
「主様と呼んでくれれば、私は女王様になってあげてもいい」
「勇者だよね……?」
君のキャラクターは変幻自在なのかな?
脳裏にジェシカ様のような自由な振る舞いをするチサトの姿を想像する。
……。
「チサト、君は結構女王様してるくらいに自由だと思うよ?」
「君の女王様像、もしかして一般とはかけ離れてない……?」
「国で一番めちゃくちゃで自由奔放な人だよね? ……あ、リーファも同じだね」
「キレそう」
まさかの単語一言で感情を表現されるとは思わなかった。
疲れた表情のままジト目で睨みつけてくるリーファと、わなわなと震えているチサト。
「ちょっとカイト君が私に対してどんなイメージを抱いているか問い詰めたいんだけど……! ……あれ? 私がツッコミに回ってるだと……!?」
なぜか自分の口を押さえてその場を後ずさるチサト。
首を傾げる僕に戦慄した様子の彼女に、溜息をついたシフが話しかける。
「チサトが戦闘に参加しなかった理由はそれだけではないのだろう?」
「あ、うん。私が本気で戦うとひたすらに周りを巻き込んじゃうから、どちらにしてもサポートしかできないんだよね。他の勇者も今日は自分の戦いがしたかったみたいだし、逆に邪魔かなって」
まあ、チサトの魔法は攻撃に回ると広範囲に及ぶものが多いからなぁ。
でも逆に彼女が十全に戦う場があれば、巨獣とも互角以上に戦える実力はあることは確かだろう。
「チサトが本気で戦うとすごいもんね。でっかいスライムを操ってるみたい」
「スライム要塞、アクアサンクチュアリ……!」
「わぁ、カイトに劣らず変な技名」
「シフ、ビリビリ電気ショック」
「あばばば……」
とりあえず、リーファの肩に正座のあとの絶妙なしびれを再現する電気ショックを流す。
体力も戻ってきたので、悶えているリーファをスルーしながら立ち上がると、すぐにセーラさんとイオさんの二人がやってくる。
「もう、全く歯が立たなかったわね! 分かってたけど!」
「ええ。セーラさんも、さっきの一撃はすごかったです」
「えへへ、まー、あれしか取り柄がないしね」
照れたようにほほをかくセーラさん。
後ろからイオさんが、やや責めるような口調で彼女に話しかける。
「ですが、なぜ服をわざわざ破いて汚す必要があったのですか?」
視線を向けないように意識していたけど、たしかにセーラさんの服は戦闘の余波で傷ついたように破れている。
お嬢様然としたイメージのある服装だったが、今酷く痛々しく見える。
まさか、これはウィルさんにやられたのではなく自分で破ったのか?
当のセーラさんはあっけらかんとした表情をしている。
「え、そりゃあお爺ちゃんを騙すためでしょ」
「その服は誰が直すと?」
「……」
「ええ、私ですね」
頬を引き攣らせるセーラさんに、薄っすらと笑みを浮かべるイオさん。
黒に近い青色の髪の間から見える瞳は微塵も笑ってなどいない。
「か、カイト、チサト、リーファ。お着替えを済ませたら、このあとお昼を食べましょう!」
「え、ああ、はい」
「そ、それじゃね!」
「セーラ様、お話がまだ終わっていませんが」
そそくさとその場を逃げるセーラさんと彼女を追いかけるイオさん。
主従関係に厳しいと思っていたけど、なんだかイオさんは保護者みたいな立ち位置にいるなぁ、と思いながら、僕達も汚れた服を着替えるべく、一旦それぞれの部屋に戻るのであった。
気を抜くとツッコミ役を押し付けられる恐ろしさ。




