第百六十五話
第百六十五話です。
途中からセーラ視点となります。
ガラスが砕け散るように見えない壁を突破した拳。
リーファの爪と共に繰り出されたそれは爆炎と影を炸裂させ、眼前を赤色に染めた。
見えない壁を破壊した感覚。
確かな手ごたえを感じていると、炎が消し去られると同時に技の直撃を食らったウィルさんが姿を現す。
「……」
剣の鞘を盾にするように構えた彼に、怪我は見られない。
その代わり―――戦闘開始から一歩も動かなかった彼が、後ずさりをしながらその態勢を崩していた。
「———大したもんだ。本当に俺の魔法を突破するとはな」
短くそう言葉にした彼は肩で息をしている僕達を見る。
まだ防御を突破しただけで終わっていない。
戦意を滾らせたままライムを上がらない右腕から左手へ持ちかえる。
リーファも暴走状態が解除され、普通の姿に戻ってもなおナイフを構えている。
「まだ戦う気力もあるか。俺の若ぇ時よりも根性あるじゃねぇか」
そんな僕達を見て、楽し気に笑って見せたウィルさんは持っていた鞘に納められた剣を持ち換え、構えを解くように地面に突いた。
「まだまだ俺と戦う気があるってんなら、明日、同じ時間に来い」
「「……?」」
「今日と同じように相手してやるよ」
それは、つまりまた戦ってくれるということか?
ここに滞在する期間は短いけど、願ってもない提案だ。
声を出す気力すらないが、それでもこくこくと頷く僕とリーファに頷いたウィルさんは、こちらに駆け寄ってきたチサトとセーラさんの方を向く。
「他の勇者達にも伝えておけ、やる気があれば相手してやるってな」
「え、私達もいいんですか?」
「本来は今日一度きりのつもりだったが、気が変わった。面白いものをみさせてもらったしな」
———全然、底が見えなかった。
四人で戦ったはずなのに、結局はウィルさんの魔法の防御を壊しただけで……いや、それすらも彼はすぐに作り直すことすらできるかもしれない。
これが、黒の冒険者。
金を上回る人類においての最強格に位置する実力者。
凄すぎる……! 凄すぎて、それしか言えなくなる。
「っと、その前にこいつらを医務室に運ばせるか……」
「え、カイトとリーファを?」
「……あれ、リーファが立ったまま気絶してる!? カイト君は!?」
「む、カイト? カイト!?」
慌てた様子のチサトと使い魔達が僕の顔を覗き込むが、それと同時にぐらりと視界が大きく揺らぐ。
もう慣れ親しんだといっても過言ではない、電球の明かりが消えるような感覚。
身体から力が抜け、床に倒れかけたその時———、
「おっと、間に合った」
チサトでもリーファでもない、誰かが僕の背を支えた。
●
チサトと彼の使い魔達が彼の様子を確かめようとしたその時、彼の身体は前触れもなく後ろに倒れた。
まあ、無理もないと思った。
あれだけ出鱈目な動きをし続けていたのだ。
彼の身体を強化している能力も、ノーリスクで使い続けられるものではないでしょうし、お爺ちゃんの堅牢極まりない魔法を破壊するほどの力を振るって無傷で済んでいる方がおかしい。
まあ、ここは近くにいるチサトに彼を任せて、とりあえずイオを呼ぼうと振り返ろうとしたその時―――倒れかけたカイトを、フードを被った白い服の女性が支えたのだ。
「———っ!」
服装からして、先ほど倒れた勇者達を医務室に運んだ者の一人だろう。
だけど、この人は、いつ私達の前に現れた?
全く気配が分からなかった。
魔具による射撃での戦闘を基本にしている私は、自分でもいうのもなんだか気配を察知するのが得意だ。
だが、そんな私でもここまで近づかれたことを気づけなかった。
「おや、これは大変だ。右腕が折れているね。これはすぐにでも治してあげなくちゃ」
「あ、あのカイト君は……」
「心配はいらない。今、他の人員も到着したことだしね」
あたふたとしているチサトに、優しげな声で答えるフードの女性。
その言葉通りに、すぐに訓練場の入り口から医療班らしき人々が入ってくる。
担架に乗せられるリーファとカイト。
それを無言で見ていた女性に、先ほどから一転して不機嫌な面持ちとなったお爺ちゃんが話しかける。
「何の真似だ?」
「勿論、怪我人を助けに来たのさ」
「……しっかり治せ。明日に響かせるな」
それだけ言い放つと、お爺ちゃんはどこかへ歩いて行ってしまう。
それに合わせて、担架に乗せられた二人も移動を始める。
その様子を眺めていると、イオがこちらへやってくる。
「セーラ様、いかがなさいますか?」
「私達もついていきましょう。二人のことも心配だしね」
大事にはなっていないだろうが、それでも心配だ。
肩に黒猫、両腕に白い蛇と銀色のスライムを抱えたチサトに少し遅れてついていく。
「……凄まじい戦いでしたね」
「やっぱり貴女から見てもそう思う?」
「むしろそう思わない方がおかしいのでは? 使い魔を武器として扱うなんて、この目で見るまでは到底信じられませんでしたが……」
あんな可愛い使い魔達が、見事にカイトの戦術に噛み合ってしまっている。
どのような経緯で仲間にしたかは不明だけど、あの使い魔達の希少性すらも計り知れないものがあると私は見た。
「でも楽しかったわよ?」
「そのようですね。戦闘中、とても楽しそうにしていらっしゃいましたから」
黒の冒険者。
遭遇するどころか、それと戦えるなんて思わなかったので、かなりいい経験をさせてもらった。
それに一緒に戦っている彼らとの連携も楽しかったし、今日はいいことづくめだ。
「こう、なんていうのかしら、カイトとリーファが全力で前で戦っているとやりやすいのよね。私の矢も普通に避けてくれるから同士討ちもしないし」
「私とは、違う形ではありますね」
「イオは、前で戦うというより私を守るように動くからね」
でも戦闘中に私の放った矢を掴み取ったのには素直に驚いたなぁ。
イオには全くと言っていいほど不安はないけど、彼を従者として見つけたとしても、きっと面白いことになっていたことだろう。
「ヘンディル王国って、うちから遠いんだっけ?」
「いえ、間に一つほど国を挟みますが、まだ近いほうではあります」
「じゃあ、うちになにかあったら、彼らに協力を仰ぎましょうか」
この時代、なにがあるかは分からない。
魔王という脅威もそうだが、それ以外の危険も考えておかなければならないのは私達勇者だ。
私の言葉にイオは頷いた。
「少なくとも、隣国よりは信用に値するでしょう」
「貴女も私のことを彼に愚痴るくらいには打ち解けていたしね」
「……な、は……っ」
思いっきり動揺する彼女にくすくすと笑う。
こういう簡単にペースを乱せるところがこの子の可愛いところでもある。
「私だけでは、対処できないことがこの先あるかもしれないから、用心に越したことはないわ」
「大抵の問題なら、貴女なら解決できるでしょう?」
「そんなことないわよ? ほら、国でも私のこと最弱の勇者と呼ぶ人もいたし」
「誰ですか、そのようなことを言ったのは?」
「え、えー、だ、誰だったかしらー」
目を剣呑なものにさせるイオにしまったと思いつつも、そう囁かれている言葉も事実だと自覚する。
正直、私の魔法は弱い。
剣や武器ならまだしも、作り出すのはただの矢。見た目からしても明らかにひ弱だし、何より威力もあまり望めない。
だからこそ、私はそれ以外の要素で戦い成果を出してきたのだが、最初に張り付けられた印象はそう簡単に直らないものだ。
「———うん?」
自嘲気味に笑っていると、ふと前で運ばれている担架の異変に気付く。
「あれ? カイトは?」
「……いなく、なっていますね。さっきまで一緒に運ばれていたのに」
チサトも気付いたようで使い魔達と共に慌て始める。
もしや、と思いフードを被った女性を探してもいない。
本当に煙のように消えてしまった彼の行方を慌てて尋ねてみると、リーファよりも怪我の酷い彼だけが別の場所で治療されると説明された。
「……なーんか匂うわねぇ」
直感的になにか感じ取る。
もしかして、カイトはなにかに巻き込まれようとしているのだろうか?
ありえなくない話だ。
彼、結構そういうのに巻き込まれやすそうな雰囲気あるし。
書き終わって思いましたが、セーラさん主人公適正高すぎない……?
そして、ずっとウキウキしながらスタンバっていたフードの人。




