第百六十四話
第百六十四話です。
『慈悲を捨て、ただひたすらに障害を駆逐することこそが、貴方様が真の強さを発揮する時です』
それは、あの遺跡でメリアに洗脳された時に語り掛けられた言葉。
リーファ達を襲えと命令される前に、そうアドバイスした彼女はとても上機嫌な様子で語り掛けた。
『カイト様、貴方様は本当に理解しているはずです。自身の恐ろしさを、可能性を、だが心優しい貴方はそれができない。しようともしない。それはものすごくもったいない』
そうして彼女は僕の背中を押した。
いや、心を引きずり込むように大切な仲間を殺しに向かわせたのだ。
『例え、操ろうとも貴方様にその味を知って欲しい。自身を押さえつけず、思うがままの戦いをすることを』
今となっては懐かしくすら思える記憶。
僕は既に彼女のことは許しているので、責めるつもりはない。
ただ、たしかに僕は彼女の言う“味”を知ってしまった。
何者にも自分自身の心情にすら縛られずに戦うことが、どれだけの充実感をもたらすかを知ってしまったのだ。
「———」
矢が飛び交い、水の柱が現れては消える場を駆ける。
援護に意識は割かない。
セーラさんとチサトを信じて、僕はただウィルさんに集中する。
「シフ、判断を委ねる」
「任せろ! ハクロ、カイトの動きを補助しろ!」
「ウォン!」
現れたハクロが風に変化し、僕の身体の周囲を旋回するように纏う。
さらに強めた肉体強化に任せ、向かおうとすると、ウィルさんの周囲を取り囲むように人型の影が現れ、彼へと襲い掛かる。
「数で攻める……!」
「面白い」
見えない力で分身たちを跳ね除けながら、四肢とナイフを用いて襲い掛かるリーファを迎え撃つウィルさん。
彼女だけに戦わせてはいられないので、僕もノコギリ片手に攻撃を仕掛けに行く。
「……ハァ!!」
「ほう」
振るったノコギリはやはり弾かれる。
ならば、と弾かれた勢いでバク転しながらノコギリの刃の部分を鞭のように伸ばし、連続で斬りつける。
「巻き付け!」
さらに身体に巻き付け電撃を流しこむも、その攻撃も一瞬で弾かれて届かない。
反則的な防御力だな!
なら、思う存分にやらせてもらう!
肉体強化で鋭敏化された感覚で、風を切る音を捉える。
「そこだ!」
虚空に手を伸ばし、ウィルさん目掛けて高速で放たれた緑の矢を数本掴み取る。
「え、私の矢を掴みとった……!?」
「お借りします!」
「お、オッケー!」
気持ちのいい返事で許可をもらった僕は、ライムが変形した弓に矢をつがえる。
放つは、巨獣に食らわせた風と炎の矢。
「業火アロー!」
「そういえばそんな名だったな!?」
ギリギリと音を立てて放たれた矢は、炎に包まれたオオカミを形どりながら、ウィルさんを呑み込むように直撃する。
これでもまだ届かない。
直感的にそう理解しながら、次の手を繰り出す。
「貴方相手に、遠慮はなしだ! チサト!!」
「任せて!」
僕の声と共に頭上から大量の水が雨のように降り注ぐ。
それに合わせ、弓の状態のままのライムに再び矢をつがえ―――電撃を纏わせた矢を放つ。
「雷鳴矢……!」
「そこはライメーアローじゃないのか!?」
シフのツッコミは、電撃の迸る音でかき消される。
放たれた矢は、ウィルさんの足元に打ち込まれ、矢に内包された電撃が解放され、視界が明滅するほどの光が散る。
光の中心では、煙を払いながら驚きの表情を浮かべたウィルさんの姿。
「いくらなんでも多彩すぎねぇか?」
「まだ!」
ウィルさんの姿を確認しないままに力の限りに前へと飛び出し、鞭から柄の長い槌へと変えたライムを振り上げる。
もうこの人を人型の神獣とみなすくらいの気持ちで、力の限りに炎と風に包まれた槌を脳天目掛けて叩きつける。
「ぬぅん!!」
直撃と同時に周囲の水が蒸発するほどの爆炎が立ち上る。
ユランの魔力で熱気を防ぎつつ、後ろへ下がり―――ライムを次の武器へと変形させる。
「炎刃ハクロ斬!」
駄目押しと言わんばかりに炎に包まれたノコギリ状の大鎌を叩きつける。
ギィン! という金属音と共に一度目は弾かれてしまうが、そのまま遠心力に任せて上からたたっ斬るように振り下ろす。
重さの乗った一撃を避けずに受け止められてしまうが、その攻撃にウィルさんの周囲を覆う何かが空間ごと僅かに歪んで見えた。
「通じた……!?」
「本当に遠慮しねぇのな。俺じゃなかったら死んでるぞ?」
「……!」
考えてばかりじゃいられない……!
こちらに掌を向けたウィルさんに強烈な悪寒を感じながら横へと飛ぶ。
次の瞬間、僕のいた場所が轟音と共に円形に陥没していた。
「お前さん相手ならこれぐらいの力が丁度いいだろう。下手に吹き飛ばすと、そこの嬢ちゃんに庇われちまうからな」
「上等……!」
魔法のアタリはなんとなく見当がついているが、それが分かったとしてもこの状況じゃ意味がない。
僕達のできることは変わらず、ウィルさんの堅牢な防御を打ち崩すことにあるのだから。
「さて、そろそろ周りの人形共も鬱陶しくなってきたな」
ウィルさんの掌の上に歪みのようなものが生じる。
それを目にすると同時に嫌な予感を抱いた僕は、傍らにいるリーファの分身の一体を掴み上へと放り投げる。
その後に、ユランに魔力を注ぎ込み防御を固め、その上で大盾へと変化させたライムを床に突き刺しながら衝撃に備える。
瞬間、ウィルさんの手が軽く薙ぎ払われ、尋常じゃないほどの力が放たれる。
「う、ぐぐぐ……!」
僕は強制的に後ろへ吹き飛ばされそうになりながら、“力”に抗う。
盾を解除させた後には、リーファの分身は全て消し去られており、ウィルさんの周囲は根こそぎ吹き飛ばされていた。
「カイト、たすかった」
僕が上に投げた分身と入れ替わったリーファが、着地する。
まだ意識は保っていられているようだけど、長くは保たないだろう。
チサトとセーラさんも、さきほどの攻撃の範囲外にいたから大丈夫だろうけど、これ以上時間をかけるのはあまり得策じゃない。
「次で決めるつもりでいくぞ」
「うん!」
「よし……」
おもむろに手を上に掲げる。
その次の瞬間には後方から指の間を通るように飛んできた矢を掴み取った僕は、手の中でそれを弄びながら弓に変わってくれたライムにそれをつがえる。
「セーラさん、ありがとうございます」
「お安い御用よー!」
「なんで、もう他の勇者使いこなしているの?」
人聞きの悪いことを言うな。
矢にハクロの風と電撃を付与させ、その上で魔力を注ぎこむ。
「———なら、私は場を整えなくちゃね」
僕の意図を察したのか、チサトは宙に浮かばせた水の球をウィルさんへと向かわせる。
それらは、別個に動きながら光線のように水を放ち、視界の阻害と周囲に水気を満たしている。
「行け、ハクロ!」
「ウオオオォォン!!」
矢として放ったハクロが、雷を纏いながらウィルさんへと向かっていく。
相変わらず彼はその場を動かない。
いや、それも当然だ―――なにせ、彼は勝負が始まってから一歩たりともその場を動いてはいないのだから。
矢がウィルさんの直前で炸裂し、小規模の嵐を引き起こす。
その間に、ライムを籠手へと変形させた僕は、肉体強化を強めながら隣のリーファに話しかける。
「リーファ、頼む」
「うん、ちょっと無理はするけど、やってやる」
彼が水蒸気に包まれている間に、地面に着地したリーファがウィルさんの周囲―――訓練場の六割ほど範囲を覆いつくすほどの影を広げる。
「貴方にはこれくらい必要でしょ……!」
影から浮かび上がるのは武器を持ったリーファの分身達。
ナイフ、槍、爪などそれぞれ武装した彼女たちは、中心にいるウィルさんに武器を向ける。
それと同時に、嵐を剣で薙ぐようにして払ったウィルさんが姿を現す。
「全方位攻撃でその防御を削り取ってやる……!!」
「一人で群を為すか。なるほど、こいつも力の一端というわけか」
一斉に影が動き出すのに合わせ、僕も肉体強化を強めながら駆ける。
限界にまで強化された肉体を以てして放つ一撃。
リーファの影に攻撃されてるウィルさんへ、真っすぐ突き進む。
「いくぞ、皆……!」
ライムは棘付きの籠手に。
シフは拳に纏わせる火炎に。。
ハクロは籠手を加速させる“追い風”に。
ユランは、籠手の周囲を囲む魔力の鎧に。
それらを、肉体強化の力で全力で叩きつける、テイマーズブレイドとは違う、一点集中の一撃。
右腕を引き絞りながら、影に乗じてウィルさんに突撃しているその最中―――前触れもなく、ウィルさんが襲い掛かる影を無視しながら僕の方へと振り向いた。
「馬鹿正直に突っ込むのもいいが、お前さんは気配が強すぎる」
「ッ!」
「それじゃあ、狙ってくれと言っているようなもんだぞ?」
ウィルさんの手が僕へと向けられ、魔法が放たれる。
頭上から迫る圧力。
食らえば、僕とて動きを封じられるほどだが―――、
「リーファ!!」
「うん!」
すぐ隣の影がリーファに入れ替わり、彼女の手が僕の肩に触れる。
それと同時に僕と彼女の身体が足元の影へと沈み込み―――ウィルさんのすぐ斜め後ろに瞬間移動する。
「む!?」
「数を揃えるだけが私の能力じゃない! カイト、行くよ!」
「ああ!」
リーファが左腕に纏わせた影が膨れ上がり獅子を思わせる獣の前足へと変わる。
それを、僕の籠手に包まれた右腕と同時に、ウィルさんへと叩き込む。
「テイマーズナックル!」
「影纏い・獣爪」
僕達が繰り出せる最大の一撃。
それらは一瞬の抵抗の後にガラスが割れるような音と共に、影と炎を炸裂させた。
本当はセーラから魔筒借りて撃たせたかった。
でも、カイトが自分の魔力を籠めると疑似餌キャノンにしかならない悲しみ。




