第百六十一話
第百六十一話です。
朝食を済ませ、僕達は施設の訓練場へと移動する。
前を歩くのはリーファ、チサト、セーラさんの三人の勇者で、従者である僕とイオさんはその後ろについていく形で歩を進めていた。
「訓練場って多分、昨日ハルトさんと勝負したところだよね?」
「うむ、向かっている方向からしてそうだろうな。もしかするとセントレアルから何か催し物でもやっているのではないか?」
「どうなんだろ」
まずは訓練場に行ってみないと分からないか。
シフと会話をしながら考えを巡らせていると、隣を歩くイオさんの視線に気付く。
「どうしたんですか?」
「いえ、従者の方というのも色々な方がいると思いまして」
「は、はは、やっぱり従者らしくないですか? 僕って」
「……正直」
そう思われても仕方がないのは分かっている。
ただ漠然とリーファとチサトの手伝いをすればいいと思っていたが、それだけではなかった。
「一人でも大変なのに、よく二人の勇者の従者が務まりますね」
「え、セーラさんの従者が大変なんですか?」
結構しっかりしている印象なんだけど。
僕の言葉にイオさんは首をぶんぶん、と縦に振る。
「勝手にどこかへいなくなったり、勉学から逃げるために隠れたりしますよ。彼女は」
「へぇ、意外ですね。あ、うちのリーファも色々と世話がかかるところがあるんですよ」
「しかも、部屋も散らかっているしな」
付け足すようにそう口にするシフ。
目にしたことはないが、結構服とか散らかっているらしいね。
「お互いに苦労しているようですね」
「でも、それが辛いってわけじゃないのが、不思議なんですよね」
「分かります。なんだか放っておけないって気持ちになりますよ」
イオさんの言葉に頷く。
最初は寡黙な印象だったけど結構違うようだ。
そのまま他愛のない会話をしていると、ようやく訓練場へと続く入り口に到着する。
「あれ、マリーナさん?」
入り口あたりにマリーナさんが立っている。
口元に手を当て、訓練場を見て顔を青ざめさせてる彼女に僕達が駆け寄る。
まだこちらに気付いていない彼女にチサトが話しかける。
「マリーナ、どうしたの?」
「なに、あれ。え、あんなのの相手とか無理……」
「……?」
動揺している彼女が見ている先を視線で追おうとしたその時、何かを砕くような轟音が響いた。
音の方を見ると、罅が入るほどの力で壁に叩きつけられた男性の姿が目に入る。
「ハルトさん!?……ヘキル君!?」
ヘキル君を庇うようにしながら、背中から壁に叩きつけられていたのは先日僕が戦った男性、ハルトさんだった。
咄嗟に駆け寄ろうとするがハルトさんは気絶しており、彼を背にしたヘキル君は痛みに呻くだけで、話せる状態ではない。
「誰がこんなことを……」
「カイト、訓練場を見ろ!」
シフの声に訓練場へと目を移すと、一様に倒れ伏している勇者と従者たちの姿があるではないか。
昨日、広間に集まっていた半数以上の勇者達がどうしてこんな……。
驚きに目を見開くと訓練場の中心に一人だけ立っている何者かがいる。
白髪交じりの短めの髪に、黒衣を纏った老人。
杖のように地面についた鞘に納められた無骨な剣。
「あの人は、ヒルデさんの後ろにいた……」
ただそこにいるだけで異様な存在感を放つ彼に、僕以外の面々も警戒を露わにさせる。
なんで、この人がここに?
倒れている勇者と従者たちはこの人にやられたのか?
「……マリーナ。ここで何があったの?」
チサトの問いかけにマリーナさんはようやく我に返る。
彼女だけは戦っていなかったので無事だが、倒れている勇者達はほとんどが意識を失っている。
一度、老人を見て身体を震わせた彼女は、青白い顔のままゆっくりと口を開いた。
「あの人が、訓練場にいて……実力を見るといってそのまま……」
「……全員倒してしまったと」
「最初は一人ずつ戦っていたんですが、それでも全く歯が立たなくて……それで、全員でかかって……今の状況に……」
全員……?
待て、一人ずつじゃなくて全員でかかったのか?
「ここにいる彼らがそう簡単にやられるはずがない。誰も彼も勇者召喚術式に選ばれた、勇者になる素養を持つ実力者達よ。あのお爺ちゃん、何者なの……?」
「敵ではないんだろうね。ここにいる人たちは、生きているし。本当に実力を見ているだけなのかも」
セーラさんとリーファの呟きを耳にしながら、老人へと視線を移す。
彼は先ほどの位置から全く動いた様子はない。
……いや、よく見れば訓練場の壁や床にはつい先ほどできたような傷が刻まれているが、老人の足元にだけその傷はない。
「昨日、姿を見たときから只者じゃないのは分かっていたけど……カイト、あの人もしかして……」
「ああ、もしかするかもしれないな」
セントレアルの巨獣をたった一人で倒した黒の冒険者。
そう考えると、彼から感じられる存在感も納得できる。
「それで、次はお前達か?」
「「「!」」」
低くはっきりとした声。
重みのある声に驚いている僕達に老人は、不意に周りで倒れている勇者達に視線を移すと苦々しい表情を浮かべながら、こちらに掌を向けてくる。
「いや、待て。まだ戦うな。お前らの実力からして周りが巻き添えを食う。それは面倒が起こるから待て」
「は、はい……?」
一番前の位置にいたチサトが頷くと老人は懐から通信用の魔具のようなものを取り出し、誰かを呼んだ。
十数秒ほどで連絡を終えた彼は、面倒そうに魔具をしまうとこちらへ向き直る。
「はぁ、今のうちに名と肩書くれぇは名乗っておくか。俺は―――」
「この、ジジィ……!」
老人が名乗ろうとしたその時、僕達の近くで気絶していたヘキル君がふらつきながらも立ち上がった。
恐らく、ハルトさんが庇ったおかげで浅い気絶で済んだのだろうが、目覚めた彼の眼は非情に血走っていた。
「ふざけやがって……手加減なんてしやがって……!」
「敬意を払えとまでは言わねぇが、お前さんは少しばかり口が悪すぎるぞ」
「俺は勇者だ……! お前のような老いぼれに負けるはずがない!」
ヘキル君の身体から風と電撃が発せられる。
なんだ? 彼は二つの属性の魔法を同時に発動させているのか?
彼の魔法を見たセーラさんは、風で揺れる髪を押さえながら興味深げにしている。
「あの子は、多重系統持ちなのね」
「た、多重系統? それって?」
「リーファは知らないのね。多重系統っていうのは二つ以上の系統魔法を有することを意味するの。彼の場合は風と雷かしら?」
ハルトさんは電撃という一つだけの属性だったが、ヘキル君は風と雷という二つの属性を有しているということか。
それならば、ヘキル君が勇者としての素質を備えていることは理解できる。
「食らえ!」
彼が両の掌を押し出すように魔法を放つ。
放たれる暴風と電撃は竜巻のように変わりながら、老人へと向かっていく。
「ッ、ヘキル君! 魔法の先に人が!!」
「うるさい! 化物はすっこんでろ!」
竜巻は倒れている勇者達を巻き込もうとしているではないか。
制止の声を上げようとしても、頭に血が上った彼は聞き入れようとしない。
仕方がないと判断した僕は、ライムをロープ状に変形させながらリーファへと声をかける。
「リーファ! あの人たちを!」
「うん! 分かってる!」
すぐさま彼らを助けるべく向かおうとすると、竜巻を前にした老人が右手の人差し指を前へ向ける。
———次の瞬間、なにか衝撃波のようなものが指から発せられると、電撃と風をまき散らしながら吹き荒れていた竜巻が一瞬にして跡形もなくはじけ飛ばされていた。
「……は?」
「折角の素質も、その傲慢さ故に陰りを見せる。お前さんは、兄に庇われて戦っていたのが分からないのか?」
今度はヘキル君へと向けてもう一度、同じ衝撃波のようなものが放たれる。
危険と判断した僕は、咄嗟に老人とヘキル君の間に入り、ライムとユランでの盾を構え衝撃に備えるが―――見えない謎の衝撃波は僕を通り抜けるように素通りし、背後のヘキル君へと直撃する。
「がはぁ!?」
「なッ!?」
壁に叩きつけられ、そのままハルトさんの隣で気絶するヘキル君。
ただの衝撃波じゃない……!? 風でもないとすれば、一体あの人は何を飛ばしてきたんだ!?
「心配すんな、気絶させただけだ。これから俺が手配した医療班もやってくる」
「貴方は……一体……」
混乱しながらもそう問いかけると、老人は頭をかきながらため息をついた。
「俺の名はウィル・エンテスタ。ここでは黒の冒険者と呼ばれているモンだ」
金の上。
冒険者としての最高峰であり、まさしく人類において最強とも言える存在。
その得体の知れなさと異様な存在感は紛れもなく、彼が黒の冒険者たる強さを備えていることを証拠付けていた。
叩いても磨いても光る逸材のヘキル君でした。
地味にカイトもこれまでの戦いで多重系統と似た複数の属性を組み合わせた技を使っております。
土日はお休みなので、次の更新は月曜となります。




