閑話 同胞
今回も閑話となります。
視点については、ちょっと特殊な感じです。
生き物にはみんな生まれた意味というものがあるらしい。
この世に意識を持って存在しているから魂がある。
“ボク”にはちゃんと考える頭があるから、ちゃんと生きているってことなのだろう。
この黒い体も。
小さな四肢も、波立つようにたゆたう尻尾も、ふとした時から形のないボクが認識していた自分自身の姿であった。
ボクは生きている。
生きていることには意味がある。
―――そう思っていたはずなのに、そんな物心つく前から植え付けられた教えは全て偽りだったことに気付かされた。
「ようやくだ」
草木に照らされたテラスの中でボクはローブ姿の女性に抱えられ、光に包まれた道を進んで行く。
深緑色の髪。
人間離れした端正な顔立ち。
口元を緩ませながら、上機嫌に鼻歌を歌いながら歩く女性に、ボクはただされるがままに抱えられるしかなかった。
「ふふふ、まさしく今の私は上機嫌の極致さ。君もそう思うだろう?」
「———」
「相変わらずそっけないね」
空から降り注ぐ太陽の光が煩わしい。
思わず目を細めてしまうくらいには、強い光に辟易としているとボクを抱えている女性の前に、揺り籠のように揺れる椅子に腰かけた老人が座っている。
女性はボクから視線を老人へと向けると、へにゃりと口元を笑みに緩ませる。
「さて、君も気になるかな? これからこの都市にやってくる彼らのことを」
「お前が気にかけていることなど、どうでもいいさ。それより、眠いんだ。眠らせてくれ」
女性の言葉に老人は不機嫌を返し、瞳を瞑る。
「おっと、死ぬのかな?」
「うるせぇまだ死なねぇよ。年取ると疲れがドッとくるんだよ。特にお前さんの相手をしているとな」
煩わし気に悪態をついた老人に気にせずに女性は満面の笑みを浮かべ、対面に用意された椅子に腰かける。
その間にもボクはその腕の中に抱えられたままだ。
「何度も試行するはずだったけれど、まさか最初から当たりがくるだなんて思いもしなかった。うんうん、まさかあのメデュラリアムが目をかけるなんて、異常事態に他ならないよ」
「……」
「あのメデュラリアムがだよ!? 計画を持ち掛けるなら人間に興味のない彼女に任せたらいいかなって思って、色々と頼んで安心していたら、もう先日の騒ぎさ!」
高揚したように目を閉じた老人に捲し立てた女性。
さすがに耳障りだったのか、舌打ちをしながら老人は目を空ける。
「うるせぇなぁ。その姿のお前さんは声がキンキンしてうっせぇんだよ。いつもの角生えた獣か男の姿にでもなってろよ……」
「この姿の方が警戒されずに済むらしいからね。どう? 美しいだろ? 見惚れてもいいんだぞ?」
「悍ましいの間違いだろうが」
頬に手を添え満面の笑みを浮かべる女性に、老人は反吐が出ると言わんばかりに顔を顰めさせる。
「そもそも、お前のやり方は昔から気に食わねぇ。まず説明がねぇからな。今の話も初めて聞いたぞ」
「あれ? 言ってなかったっけ?」
「巨獣引き連れた神獣の力が混ざった小娘を説明も無しに見逃すように言ったのもお前だぞ」
「ああ、ニーアのことだね。うん、あの子は見逃す必要があったんだ」
ボクにはなにを話しているかは理解できない。
ボクが今日、この場に連れてこられたのは今ボクを抱いている得体の知れないナニカの気まぐれのようなものだ。
「ウィル。彼は本物だよ」
「お前がそれほど言うほどか……」
「それほどだよ。いや、方向性としては彼女とは大きく異なっているけど、あの話が通じず自分の意見しか聞かせない、自分勝手で我儘極まりなく、一度怒りだしたら何をするか分からない思い込みの激しい自己中心的な我が嫌われ者の同胞であるメデュラリアムが、まさかまさかの自分から解放させる行動をさせてしまった! これがどれだけ異常なことか分かるかい?」
「とりあえず、そのメデュなんとかは傍迷惑な奴だってことは分かったよ……」
「正直に言おう。彼女の行動は私にとっても予想外のことだった。いや、想像できる方が無理だろう。主がいた時でさえ、自身以外のすべてを見下していた彼女が、自ら人間に仕えることを是としたんだ……!」
やや興奮気味に訳の分からないことを語る女性。
しかし、老人の対応は冷ややかなものだった。
「別世界の子供を攫っておいて何言ってやがる」
「いや、それは素直に悪いとは思っているよ」
「心にもないことを言うじゃねぇよ。俺が言いてぇのはだな……! いや、もういい、お前相手に口喧嘩する無意味さは嫌というほど知ってる……」
苛立ちを押さえるように呼吸を吐き出した老人は背もたれに身体を預ける。
「で、そいつに俺の後を任せようっつー魂胆か? 俺ぁようやく隠居できんのか?」
「彼に君の代わりを務めさせるつもりはないよ。彼にはもっと大事なことをやってもらわなくちゃならないんだ」
「まだ死にかけの老いぼれを酷使しようっていうのか……」
「この私より強いジジィの癖してなにいってんのさぁ。まだ六十とちょっとでしょ」
「世間じゃ普通に引退時だろうが」
大きなため息をついた老人は、そのまま立ち上がり―――近くにかけていた鞘に納められた年季のはいった無骨な剣を手に取ると、その場を離れていく。
当然、女性は首を傾げながらどこへ行くか尋ねた。
「あれ、どこ行くの?」
「お前さんのいないところだ」
一人残された女性は、この場を離れていく老人に手を振りながら見送ると、次に中空を見上げる。
すると彼女の頭部に半透明の枝に似た角のようなものが浮き上がり、それに応じて彼女自身の瞳も金色に彩られる。
「最初の可能性は引き当てた。あとは大事に育てていくだけ……なのだけど……メデュラリアムはまた余計なことをしようとしているし、もう大変だ。……いや、これはある意味で面白くはある。彼女に振り回されるハーフエルフの子はかわいそうではあるけど、しばらくは放置してもいいだろう」
時間にして数秒。
不気味に独り言を呟いた彼女は、瞬きする間に角と瞳の光を消し去りながら、ようやくボクへと意識を向けてくる。
「さて、君はどう思う?」
女性の瞳が抱えられたボクへと向けられる。
一つの悪意もない好奇心に満ちた瞳。
観察されている。
ボクの内心を見透かされている。
「―――」
「彼と一緒にいるあの子が気になるかい? ……そうだね、そろそろ君にも名前くらいは教えてあげるべきか」
ボクは恵まれている。
特別だ。
他のやつらとは違う。
そう散々言い聞かせてきた。
だけれど、アレの存在を知ってみじめな気持ちになった。
この小さな黒い体すらも憎らしく思えるほどに憎悪した。
なぜ。
なぜ、なぜ、なぜ、なんで……。
「あの子の名はシフ。君の兄弟姉妹のような存在さ」
どうして、アレは選ばれてボク達はここにいるのだろうか。
・めちゃんこ強いおじさんを出したかった。
・次の神獣枠を出したかった。
・シフの兄弟的な存在を出して彼にもちゃんとした家族がいるんだって安心させたうえで今回の視点の子と合わせてもっと曇らせたい(豹変)
土日はお休みなので、次の更新は月曜となります。




