閑話 隣の国の勇者は
今回はチサト視点の閑話となります。
ベヒモスの進撃から約二か月が過ぎた。
その間、ベヒモスが通った場所の復興や、魔王軍による人的な被害による補償などを国が行っていたが、勇者である私も色々なところに呼び出されたりしてとても大変だった。
ようやくそれも落ち着き、ゆっくりと休息を取れるようにまでなったその時、カイト君が正式に私の従者になってくれるという知らせを聞いた。
……正確には、リーファとの共有だけれどもそれは些末なことだ。
「ほぅ……」
勇者としての責務とか色々なものを忘れられるひととき。
それは冒険者として変装して、ギルド内の酒場で熱いホットミルクを飲んでいる時だ。加えて、本があれば最高だ。
砂糖マシマシによるこの甘さと、紙面に溢れ出んばかりに記された文字の羅列が私の心を癒してくれる。
今読んでいる本は神獣についての考察本だ。
周囲の喧騒から意識を遠ざけながら、ひたすらに本の文字を追っていく。
「神獣、ね」
カップに手を添えながら、ほっと一息つく。
少し前にカイト君が神獣に攫われたという事件が起きたらしい。
既に事件は解決しているようだけど、その事態を重く見たヘンディル、フィルゲン、両国の王はカイト君が二国の勇者の従者になることを決定させた。
今や、彼の重要度は私達と遜色のないレベルにまで上がっているということだろう。
「やっぱりカイト君にはなにかあるのかもしれない」
神獣は人の身で触れられざる存在。
意志を持った災害と言われ、自然界において最上位に位置している。
集中しながら本を読み進めていると、ふとギルド内が騒がしいことに気付く。
『いや、そっちの従者かよ!?』
『従者じゃないって言ってたけど、この国の勇者様じゃなかったの!?』
『いや待て、この国の勇者様の従者もやるそうだぞ!』
伊達メガネをかけなおしながら視線だけ声の方へと向けると、ギルドの一画で賑わっている人達がいる。
その手元には外で売られている元の世界で言う新聞のようなものがある。
なにか事件でも起こったのだろうか?
「私も買ってこようかな」
なんだか気になってしまったので席を立って買いに行こうとすると、私の少し離れた隣の席に先ほどの人達と同じ新聞を食い入るように見つめている褐色肌の女性を見つける。
あれ? この人、カイト君をカイって呼んでた人だ。
「こんにちわ」
「あひっ!? な、なに!?」
よし、私の完璧な本の虫タイプの地味子ちゃん変装はちゃんと機能しているようだ。
……いや、普段も本の虫タイプの地味子ちゃんだけれども。
この際だから、ちょっと新聞を見せてもらえるか頼んでみよう。
「すみません、それ少し見せてもらってもいいでしょうか?」
「え、か、構わないけど……」
「ありがとうございます」
渡された新聞を手に取り開いてみる。
すると、まず真っ先に視界に映り込んだのは、カイト君とリーファの写し絵であった。
「なっ!?」
見れば二人はヘンディル王国の勇者と従者であること。
そして数少ない金の冒険者へ昇格した実力者であることなどが書かれていた。
ベヒモスとの戦いでカイト君を私の従者だと思い込んでいた人たちは、それで先ほど驚いていたようだ。
「わ、私の従者になってくれたってことも書いてある……」
いや、なるのは知ってるけど、こういうのはもっと早い時期に私に知らされるものじゃないのかな?
それともそれだけ状況が切羽詰まっていたってことか?
しかし、気になるのはこの紹介の後半部分。
「血みどろ従者にドロドロ勇者……?」
なにがどうしてこんな珍妙な異名をつけられるのだろうか。
私なんて、水龍の姫なんていう恥ずかしい異名をつけられているけど、こっちの方がましだと思える。
しかも、血みどろとドロドロを合わせて修羅場主従ってなんだ。
「え、金の冒険者に昇格?」
魔具で戦闘の最中の様子を映したのか、記事には白黒の写真のようなものがある。
リーファは、彼女の魔法である影を操っているものだけれど、カイト君は頭とか肩とか色々なところから血をにじませながら戦っているものだ。
普通にドン引きだけれど、もっと気になったのはその下の記事だ。
「カイト君、どこぞの誰と修羅場に……?」
「は?」
隣の褐色の女性――たしかアルカの素っ頓狂な声に誤魔化すように咳ばらいをする。
自然と口にしてしまったが、失言だった。
で、でも……。
「なんでこんな面白いことに……!?」
やばい、今すぐにでも会いにいきたい。
というより近いうちにそっちに向かうことになっているから根掘り葉掘り聞きたい。
「……もしかして、私の方に飛び火する……?」
これ私の従者にカイト君がなることも書いてあるから、下手をすれば私も修羅場主従に巻き込まれる可能性がある。
色々と厄介なことになりそうではあるけれど、それ以上に楽しそうではある。
「あんたも驚いているようだね」
「う、うん」
私の小声が聞こえていなかったアルカがやや遠い目をしている。
前の様子からしてカイト君となにかがあったのだろうか?
ちょっと気になったのでさりげなく聞き出してみようとすると、不意に後ろから聞き慣れた声が聞こえてくる。
「チサトさーん」
「……メル? ……すみません、これお返しします。ありがとうございました」
「ああ」
アルカに新聞を返してから彼女の方へと歩み寄る。
ギルドの人気のない角に移動した、私の仮の従者メルはやや慌てたようなそぶりで話しかけてくる。
「セルジ様がお呼びです」
「どんな用で?」
「なにやら、セントレアルの勇者招集に際してのヘンディル王国との連携についてらしいです」
「ふぅん」
それじゃあ出発の日取りとか決まったのかな?
リーファとカイト君のことも周知になったし、ようやく私も動き出せる。
「そういえば、チサトさん。聞きましたか?」
「カイト君とリーファのこと?」
「ええ! しかもカイト君が正式な従者になってくれるって決まってくれたみたいで安心しました。いつまでも私のような一介のメイド風情が仮の従者じゃ恰好つきませんからね」
「そんなことないよ? メルはよくやってくれていると思うけど」
実際メルの存在には助けられた。
ある意味で彼女は私にとっては最も身近な存在といってもいいかもしれない。
だからこそ、カイト君が正式に従者になってもらった後も、彼がいない間に私をサポートする役に回ってもらうことになっていた。
「チサトさんも楽しみなんじゃないですか? お二人と会うのも」
「心待ちにしてる。ついさっき今から会いにいくのがすっごい楽しみになった」
「うわー、聞いた手前、ここまでウキウキしてる返事されるとは思わなかったです……」
思わず即答するとメルがやや引いたように私から距離を取る。
「修羅場主従ってすっごい面白いじゃん。私も混ざりたい」
「すみません、貴女どういう感性しているんですか?」
メルの問いかけに、指先を口元に当てながら暫し思考する。
感性……感性ねぇ。
「泥棒猫って言われてお得な気分になったりする……感性?」
「このへんてこ生物大好き勇者が変人すぎます……見た目は凛として毒舌なだけの美人さんなのに……」
ぶつぶつと何かを呟くメルに首を傾げながらも前を向く。
セントレアルに出発する際に、まず私はヘンディル王国に向かうことになる。
そこでリーファとカイトと合流した後に、セントレアルから派遣された馬車に乗って目的地へと招待されることになっている。
前はカイトとリーファがここに来たけれど、今度は私から彼らの元に向かうのだ。
「これからどうなるのかなぁ」
セントレアルの勇者招集。
私とリーファ、そして従者のカイト君と共に向かう場所、セントレアル。
そこでなにを行うのかは、未だに朧げなものだけれども私個人としては、ちょっと楽しみである。
基本ノリのいいチサトでした。
結構久しぶりな登場のような気がします。




