第百四十三話
第百四十三話です。
今回はライラ視点でお送りします。
カイト君とリーファの金の冒険者への昇格試験。
それがギルドの訓練場で行われることを一週間ほど前に都市内で知らされた。
ギルドは都市の生活に深く結びつく存在。
そのギルドから、新たな金の冒険者が出るとなれば、都市の中でもそれなりの話題にもなるものだ。
事実、試験当日の訓練場の観客席には多くの人が集まっていた。
「二人とも大丈夫かなぁ」
「ライラ、あんたも心配しすぎじゃないの?」
観客席の前列で、そわそわとしている私にチームを組んでいる仲間であるフランが、苦笑しながら声をかけてくる。
彼女の隣にはもう一人のチームメイト、キールが腕を組んで座っている。
彼はいつもの寡黙な様子とはうって変わって、興味を示したようにまだ人のいない訓練場の方をジッと見つめていた。
「彼らの噂はよく耳にしていたが、まさかこれほどまでに早く昇格するとはな」
「素質からしていつかはって思っていたけど、半年も経たずに……しかも、シルバーに上がらずに追い越されるとは思わなかったわ……」
二人には、リーファが勇者だということは伝えてはいない。
以前、城にカイトが攫われたことを伝えた時口止めもされたし、何より友人といってもいい二人の秘密を明かすことなんてできないからだ。
「あ……」
……私がパジャマのまま城で女王様に会ったことを思い出してしまった。
懸命に我慢して笑みを堪えてくださった女王様に、かつてない羞恥に苦しんだ記憶ががが……。
「ふ、二人も上に上がりたいの?」
「いや、微塵も思わないな」
「私も今のままで十分ね。……死にたくないし」
即答するキールとフランに苦笑する。
金の冒険者と銀の冒険者、それぞれ冒険者という名前こそはあるが、ほぼ別ものに近い認識らしい。
依頼に取り巻く危険が尋常じゃなく、どのような状況も解決することのできる対応力と実力が要求される金の冒険者は、生半可な覚悟でできるものではない。
「ライラは私達のことなんか気にせず金の冒険者になればよかったのに……」
「んー、私はまだいいかなって」
「いいって……」
「まだチームでいたいし、今のままで満足してるから」
金の冒険者になって難易度の高い依頼もしてみたいという気持ちは少しだけある。
でも、それはあくまでやってみたいという気持ちだけだ。
わざわざ危ないこともする必要はないし、なにより今は十分な稼ぎもあるので上に昇格する必要がないのだ。
私の言葉に大きなため息をついたフランは、肩を落としながらこちらを見る。
「はぁー……今回、試験を受けるのはカイトとリーファって子の二人だったわよね?」
「うん。二人はリーファには会っていなかったっけ?」
「何度かは見たことはあるけど、話したことはないわね」
フランの言葉にキールも静かに頷く。
私達も結構な頻度で遠征依頼とか行っているからなー。
カイト君も攫われたり、フィルゲン王国に行ったりしてたから意外と交流する機会もなかったんだね。
「前はリック、スノウ、セラと訓練していた時は驚いたけど、本当に不思議な子ね」
「もしやすると、つい最近のオロチの遺跡の異変についても彼が関わっているのかもしれないな」
フランに頷くように無言だったキールが口を開く。
たしかについこの前までも、金の冒険者の元で訓練したって話らしいね。
「そういえば、カイト君達はセラさんに―――」
「呼んだかな?」
「うわぁ!?」
隣の覚えのある声に座ったまま跳ね上がるくらいに驚く。
いつの間にそこにいたのだろうか? 私のすぐ隣には、カイト君と同じテイマーであり金の冒険者であるセラさんがいた。
炎を身に纏ったモグラのような魔物を抱えた彼女は驚いている私達を見て、小さく笑みを零した。
「フッ、察するに君達はカイト君とリーファの知り合いかな?」
「は、はい。私はライラ、彼らと同じ宿に住んでいるものです」
「聞き覚えがある名前だね。……たしか、昇格の話を断った子だったっけ?」
「そう、ですね」
やはり勿体ないとでも言われるのだろうか?
少しだけ身構えていると、セラさんは気軽な様子で笑みを浮かべた。
「別段おかしいことはないさ。昇格するとより危険が付き纏うからね。特に金に関しては……それくらい慎重でなくちゃならない。私は君の選択を尊重するよ」
「あ、ありがとうございます」
ギルド内でもとびっきりの変人として扱われているセラさんだが、こうして見ると綺麗な人だ。
彼女がここにいることには驚いたけど、カイト君達との関りを考えたらおかしな話でもない。
「セラさんはカイト君とリーファの応援に来てくれたんですか?」
「フッ、彼らは私の弟子だからね。特にカイト君に至っては同じテイマーだ。弟子で後輩である彼の晴れ舞台に私が来ない理由はないさ」
テイマーとして後輩なのは分かるけど……あれ?
「たしかセラさんが指導したのって七日間だけって……」
「弟子の成長を見届けるのも師匠の役目だ。……いいね?」
「は、はぁ?」
何とも言えない迫力に頷く。
まるで何年も指導してきたような師匠面をしているセラさんにひたすら困惑するしかない。
「この試験、セラさんはどうなると思いますか?」
「フフフ、間違いなく面白いことになると思うよ」
抱えたモグラの魔物を撫でながらセラさんは楽し気に笑った。
「試験の相手としてはリックとスノウはあまりいい相手ではないからね。まず間違いなく実戦経験の差と、本人たちの悪い癖が出てしまうだろうけど……それでも彼らは食らいつくだろうさ」
確信めいた彼女の言葉は無言になる。
まるでこれから起こる戦いの展開を分かっているようだ。
「特にカイト君は、今回の戦いで色々と目覚めるんじゃないかな? 今までそういう戦いをしてこなかったみたいだし」
「そういう戦い? それって―――」
思わず聞き返そうとすると周囲がざわついた。
それに反応して訓練場の方へ目を向けると、ギルドの裏口からカイト君とリックさんが出てくるのが見えた。
「カイト君が出てきたね。リックもいるし、まずは彼からかな?」
頭には黒色の帽子、腰には水筒。
濃い青色のジャケットが印象的な彼は、訓練場の中心に移動するとリックさんと向かい合った。
嫌な静寂が響く。
その中で試験を見守る立場にいるギルド長が、彼らの間に立ち、いくつか言葉を交わす。
周りの喧騒で声は聞こえないけれど、多分ルールとかを確認しているのだろう。
『あれが噂のテイマーか』
『見た目は普通の子だけどねぇ』
『使い魔はどこだ? テイマーなのに使い魔を連れていないのか?』
観客たちのそんな声が聞こえる。
まあ、彼の使い魔は既に見えているのだけど、彼を知らない人からすればどこに使い魔がいるのかすら分からないだろう。
最近、使い魔になったユランでさえ小さな蛇で分かりにくいことだし。
『カイトー! 応援しにきたぞー!』
『カイト兄ちゃん頑張れー!』
『坊主! 負けるなよ!』
一方で彼の存在を知る、今まで依頼として関わってきた人たちもいる。
なんやかんやでこの短期間でたくさんの街の人々と関わってきたり、普段誰もやろうとしないギルド内の依頼などを率先して行った彼を知る人は沢山いるのだろう。
どこにも行く当てがなく孤独でいた彼を知っていた私は、この都市の人達に受け入れられていることが素直に嬉しかった。
そんな人たちに照れながらも手を振った彼は、小さく深呼吸をした後にリックさんへと向き直る。
「始まるようだね」
「ですね」
ギルド長がその場を離れ、訓練場には二人だけが遺される。
二人の間を静寂が場を支配する。
観客にいる私達まで、その沈黙に呑まれかける。
緊張のあまり呼吸すら忘れかけていると、不意にリックさんの身体がブレる―――その次の瞬間、一瞬で距離を詰めた彼がカイト君に剣を振り下ろしていた。
引き抜いた素振りすら見せない一撃。
しかし、全身に金色の光を纏ったカイト君はそれをライムが変形した剣で防御している。
「速い……!? よく反応できるわね……」
フランの驚きの声。
それに声を返せずに私はカイト君とリックさんの動きを目で追う。
瞬時に双剣へとライムを変化させたカイト君が、リックさんから繰り出される剣を受け、弾き、流しながら対応していく。
『打ち上げろ! ハクロォ!』
彼の声と共に二つの剣が下から振り上げられると訓練場に突風が吹き荒れる。
二人の姿は既に地上にはいない。
彼らを見失い、困惑の声を漏らす観客たちだが、私とセラさんの視線は上へ向いていた。
「上……!」
先程の風で空中に打ち上げられたリックさんと、彼を追うように跳躍したカイト君。
周囲に魔力で作り上げた剣をバラまきそれを足場にしたリックさんは、炎を纏わせた槍を回転するように振り回すカイト君と、激しい剣戟を交わす。
『シフ!!』
『おう!』
半透明のオオカミ———ハクロの力で一時的に浮き上がった彼が腰から引き抜いた矢に電撃を纏わせ、ライムを変形させた弓へと番え、眼下にいるリックさんへと狙いを定める。
『ハハッ! そう来るか!!』
それを目にしたリックさんも、手元に三本の剣を生成しそれを目の前に放り投げ―――自らの持っている剣で刀身を殴りつけるように叩きつけ、力任せに飛ばした。
高速回転しながら飛ばされた剣は真っすぐにカイト君に向かっていき、彼が放った雷を纏った矢に激突する。
上空で稲光と見間違うほどの閃光と、紫色の魔力が弾け飛ぶ。
『……』
常識すらも超えた戦いにその場にいる誰もが口を閉ざしていた。
隣にいるセラさんだけは、めっちゃウキウキした様子で見ていたけど私は……いや、私もセラさんと同じように、ワクワクしていた。
光が止み、空からカイト君とリックさんが着地する。
『準備運動は終わりか? それとも今のが本気か?』
『冗談。これからが、本番です』
一度動きを止め、今一度向かい合った二人は、互いに高揚したような笑みを浮かべながら、自身の武器を構えるのであった。
ウォーミングアップ終了。
次回からカイトの視点に戻ります。




