第百四十話 観察記録
今回は、カイトではなく治癒魔法使いニトの視点からの日記? となります。
治癒魔法使いとして働くことは、あくまで自分がそうすることで生活できる環境にいたからに他ならない。
傷ついた人を見て心を痛めるくらいの良心はあるが、自分の視界にいない人間の不幸を愁うほどに良い人な訳ではない。
ギルドという環境で治癒魔法使いとして、依頼で怪我をした人たちを癒す。
それが私がこれまでにしてきた仕事だったけれど、彼らが現れてから私はどうにも面倒なことに巻き込まれてしまったようだ。
アリハラ・カイト。
最初に私が彼を目にしたのは、ある日の夜のことであった。
一日の終わりに景気よく晩酌していた最中での呼び出し。
かなり不機嫌なことを自覚しながら、診療所へと向かうと、そこには全身血まみれの少年の姿があった。全身のいたるとこが内出血で青く染まり、骨には罅が入り、生きていることが不思議なくらいに彼の身体はボロボロだった。
かろうじて、治癒魔法で癒したが―――それから厄介なことに彼と関わる機会が増えてしまった。
冒険者になりたてのブロンズになにがどうしてゴールドのとんちき共が訓練を施したり、その次はまたオロチの遺跡に入りこんで衰弱した状態で連れてこられたりもした。
そして、今回に限っては治癒魔法使いとして同行するという話だ。
しかも、ギルド長からリーファは勇者で、カイトはその従者だと聞きたくもないことを聞かされる羽目になった上に、訓練をする彼らの安全のために治癒魔法の私が付き添い、その訓練の経過をまとめなくてはいけなくなった。
休みもくれるし、給料もそれなりだけど、なんで私が?
……とりあえず、やれと言われたから一日一日の報告書用のメモを書いていくが、多少愚痴とか私見とか混ざってしまうのは許してもらおう。
一日目
経過報告。
セラの指導の元、カイト、リーファの訓練が開始。
場所はオロチの遺跡周辺。
事前に知らされたとおりオロチはカイトに手なずけられており、人を襲う気配はない。
訓練内容は一言で言い表すのなら異常だった。
リック、スノウにしごかれていた少し前と比べて明らかに動きそのものが上がりすぎている。
間違いなく、並みの成長ではない。
カイトは以前とは違い金色の光を纏うようになった。
肉体強化という支援魔術が発動している光らしいが、あれにはなにか危険なものを感じさせられる。
元より、自身の肉体の限界を超えて作用する魔術なんて碌なものではない。
リーファは、以前のように暴走することがなくなった。
黒い魔力を纏い、獣のような動きを見せる彼女は影を多用に変化させながら、戦いを展開させていくタイプのようだ。
勝手についてきた変人テイマーのセラは、まずは二人を戦わせていた。
オロチの遺跡という広い場所での戦闘となったが、その様相はとても激しいものとなった。
武器に変形するスライム、属性を付与するシェイプシフター、実体を持つ半透明のオオカミ、強固な魔力の盾を作り出す蛇。
四体の使い魔と自身の肉体を用いて戦うカイトと、影の獣と化したリーファの実力は互角なように見えた。
二日目
セラの指導により、カイトは肉体強化、リーファが純魔覚醒? といわれる自身の肉体に対する強化手段のみを伸ばしていくことになったようだ。
セラが出した課題は三つ。
・自身への強化を安定させること。
・強化した姿のまま長時間安定させること。
・自身の限界を把握すること。
彼ら……特に戦闘時のカイトは、身に纏う肉体強化のオーラが非常に不安定だ。
まるで炎のようにゆらめき、一目見て脆い部分が分かってしまう。
リーファは、魔物としての力をある程度操れるようになったとしても、暴走の危険がまだあるのでそれを予防するための訓練でもあるようだ。
この課題でなによりクソだと思ったのは、私の存在が不可欠だということだ。
カイトとリーファ、どちらの身体的な強化手段もそれなりにリスクのあるものだ。肉体強化が強すぎれば、その負荷は傷や疲労となって現れる。
肉体強化を安定させることができず、負荷のあまり気絶してしまったカイトを癒すのは私だ。
非常に面倒くさい。
やはり、人を食ったような女だとは思う。
一般的に魔物が絡んでいなければまともだという奴もいるが、基本的なセラの思考は常人のものじゃない。
三日目
今日も昨日と同じ訓練であったが、違うのはそこにリーファとカイトの組手が追加されたことだろう。
カイトはスライムと蛇、リーファは、ナイフに見立てた木の棒を用いての組手。
この際にも課題が出された。
・最低限の強化を維持したまま組手を行う。
・全身に均等に強化をいきわたらせる。
・負けた方が晩飯半分。
勿論、互いに肉体への強化を行っているからか、響いてくる打撃音は並みのものではない。
どうしてだろうか、その時のリーファの表情はとても鬼気迫っているように見えた。
あまりにも必死だったので魔物としての力が強くなってしまったことから、組手は反則負けとなってしまい、彼女はあえなく夕飯が半分となってしまった。
夕飯時にカイトが隠れてリーファに食事を分けていたが……まあ、そこまで言及することではないだろう。
四日目
セラは私という治癒魔法使いを最大限利用するつもりなのか、訓練を施している二人に対して全く遠慮はしなかった。
度を超えた訓練を課し、倒れたら私が治す。
動けなくなっても私が治す。
本当なら精神が参ってしまってもおかしくないはずなのだが、カイトとリーファは心を折ることはなかった。
以前のリック達の訓練の時から分かってはいたが、この子達もおかしいのだろう。
ヘンディルの金の冒険者になるものは、精神的に逸脱した部分がある。
彼らも例に漏れず、絶対に自分を曲げない強さがある。
五日目
オロチを加えての訓練。
セラは何を思ったのかカイトにオロチを地上に連れてこさせると、彼に限られた空間の中でカイトとリーファを“食らうつもりでおいかけろ”と言いながら、その背に飛び乗った。
正直、バカだ変人だ変態だとは思っていたがここまでとは思っていなかった。
何より、恐ろしい存在のはずのオロチが物凄い疲れたような顔をしながら、カイトに助けを求めるほどだ。
彼女がどれだけ非常識な存在かは分かるだろう。
しかし、訓練自体は行われる。
セラを背にのせたオロチが、カイトとリーファを捕まえるべく三つの頭で襲い掛かる。
長時間にわたる鬼ごっこ。
それをそれぞれの強化を行いながら続けていく。
終わるころには、カイトとリーファは白目をむいて気絶していた。
セラは満足そうに頷きながら、私を呼び出していた。
一度、彼らはこの変人をぶん殴っても許されるのではないだろうか?
というより、私が代わりにど突いておいた。
オロチも尻尾で弾き飛ばしていた。
セラは嬉しそうにしていた。
こいつやっぱやばい。
六日目
彼らは昨日の記憶を失っていた。
シェイプシフターを含めた使い魔たちのおかげですぐに記憶を取り戻していたようだが、昨日の訓練はそれほどまでに壮絶なものだった。
今日になって彼らは大分自身の力に慣れてきたようだ。
ほぼ一日中、微弱な強化を纏い、自然体のままでいられるほどにだ。
さすがに二人とも目立つからか戦闘時以外は発動はしないだろうが、自身の力の扱いを身に着けた恩恵はかなりのものだろうと推測できる。
七日目。
今日で訓練も終わるという時に騒ぎが起こった。
試したいことがあると口にしたリーファが魔物の力を解放した状態で円筒型の魔具を使ったのだ。
最初の一つではほぼ変化が起きなかったが、二つ同時に使った瞬間、リーファの身体は漆黒の影に包まれた。
肌も何もかもが影に染まった彼女は、獣染みた叫び声を上げながらカイトと近くで昼寝をしていたオロチへと襲い掛かった。
影に包まれた彼女は、夜と見間違うほどの暗闇を地上へ広げ、無数の分身を作り出していた。
セラは、地面から炎を宿したモグラの魔物、空から炎に包まれた鳥の魔物を呼び出し、私を守りながら興味深そうにオロチと共にリーファと戦うカイトを眺めていた。
暴走自体はすぐに収まったが、真正面からリーファを相手していたカイトは満足したように丸くなって眠ったリーファにげんこつを叩き込んでいた。
結論としては、リーファはもう一段階の変身を残しているようだが、暴走する危険をはらんでいるようだ。
本当は今日帰れるはずだったのだが延長して明日、セラとカイトが模擬戦闘を行うらしい。
高い実力を持つテイマー同士の戦い、気にならなくはないけれど、なぜかまともな戦いになるようには思えない。
セラの有する二体目の魔物は炎の土竜となります。
種別としてはドラゴンですが、頭や肩に乗せられるくらいに小さいです。




