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閑話 神獣との盟約

今回は閑話となります。

 アリハラ・カイトがオロチの遺跡に潜んでいた神獣と接触した。

 その知らせを、寝間着姿の冒険者から伝えられた後―――一時、城は一種の混乱状態に陥った。

 勇者の従者であるカイトが攫われたのも大問題だったが、それ以上に、これまで確認されることのなかった神獣がこの国の、それも私が女王として動いている都市の近くに存在していることを誰も気付けなかったことが問題だった。


「……悪い神獣ではないねぇ。なんとも、現実離れした言葉だこと……」


 兵を派遣することなく、事件は解決されカイトが戻ってきたが、彼からもたらされた情報は中々に曖昧なものだった。

 “銀蛇龍メデュラリアム”

 メリア、と名乗った少女の姿をした神獣は、カイトという純魔の使い手を求めていた。

 彼に備わる素質などを鑑みてのもの、とは聞いているけどそれ以外はカイト自身にも理解できていないようだった。


「……どうするべきかしら」


 そのメデュラリアムとは本当に和解することができたのか?

 演技だった場合、無理やりカイトを連れ去るためにこの王国に来るのだろうか?

 ———もし、神獣が暴れるような事態になったら、どのような被害が予想されるのか。

 可能性は低いがゼロではない。

 なにより、この国の女王として最悪の事態を常に考えなくてはいけない。


「女王姿が様になってきたな。ジェシカ」

「ッ!?」


 額を抑えて、大きなため息をついてしまった私の背後で、何者かの声がする。

 その声に肩を震わせながら振り返ると、窓際の壁に背を預けている女性がいる。

 月明かりで、徐々に露わになった赤みがかった紫色の髪を見て、私は胸を抑えながら落ち着きを取り戻す。


「メ、メルクさん……」

「メルクでいい。お前がチビだったころからの仲だろ」

「十年以上も前の話よ、それ」


 ———私が女王として統べるこの国で小さな宿屋を営んでいる女主人、メルク。

 普通ならばこの国の女王である私の私室に無断で入れるはずがないのだが、この方だけは違う。


「もう、私だってちゃんと女王としての責務くらいこなしているわ」


 彼女もまた、メデュアリアムと同じ人の姿をした神獣。

 私の先祖と結んだ盟約により、この地に留まってくれている存在だが―――それと同時に彼女はヘンディル王国の王族が伝えてきた最大級の機密でもある。


「どうせ未だに泣き言いいながら、配下を困らせてんだろ」

「なんで分かるの!?」

「んなもん見なくても分かるだろ。お前はいくつになっても変わらねぇよ」


 呆れたように肩をすくめる彼女は、どこまでも人間そのものだ。

 人の中に溶け込み、長い時間を過ごした神獣。

 それが、彼女だ。


「……はぁ、どうして今ここに?」

「訊きたいことがあると思ってな。だから来た」


 私は冷静さを取り戻しながら、久しぶりに顔を会わせる彼女に話を切り出す。


「……なぜ、カイトが攫われるのを見逃したのかしら?」


 その問いにメルクは腕を組んだままこちらを見る。

 彼女ならば、何かしらの異常事態にも対応してくれると思っていたし、その旨も秘密裏に伝えておいたはずなのに……カイトが攫われてしまったのだ。

 それを彼女が気付かないはずがない。


「助ける必要がなかったからだな」

「……彼、死にかけていたのよ?」

「死にかけたのはリーファ達だ。奴はカイトを害する気は微塵もなかったよ」


 害する気はなかったって……。

 たしかにカイトもそんなことを言っていたけれど、あの遺跡で起こっていたことは控えめに言っても死闘の連続だった気がする。


「そもそも、アレがカイトを攫った半分の理由は自身の欲求を満たすためではあるが、もう半分は純粋にカイトの身を案じてのことだ」

「閉じ込めることが彼のためになるの?」

「簡単に言えばそうだな。ああ、勘違いするな。だからといってお前達がカイトを閉じ込めるのが正しい訳じゃない。神獣の庇護下にあり、その上で存在すらも隠されることが彼を“閉じ込める”っつー条件だ」


 それじゃあ、メデュラリアムはカイトを地下に閉じ込めて、何者かからの干渉から遠ざけようとしたの?


「メデュラリアム……メリアとはどういう神獣なの? 危険なの?」

「危険というより、危ない奴だ。私が知る限り、基本的に誰にでも敵意を向ける。下手に干渉しなければ無害そのものだが、奴がその気になれば大体三日ほどで大陸が滅ぶ」

「……み、三日!?」

「単純にデカいからな」


 最早、想像できない。

 なんとかしようとしてできる規模じゃない。


「……今後、セントレアルで何かあるようだな」

「? え、ええ、各国で召喚された勇者を招集する催しがあるの」


 勇者の能力の確認、いかほどの素養を持っているか、ようは顔合わせみたいなものだ。

 突然の問いに答えると、メルクは思案するように腕を組む。


「セントレアルは、カイトの同行を要求するだろうな」

「……なぜ?」


 どうしてここでセントレアルからカイトの同行を要求されるの?

 訝し気にしている私に、メルクは続けて口を開く。


「セントレアルにも神獣がいるからだ」

「はぁ!?」


 思いもよらない言葉に普段はしない驚きの声を上げてしまう。

 だって、これで驚かない方がおかしいだろう。

 神獣はそれだけ人間とは関わりのない存在なのだから。


「貴女以外に人間の生活に溶け込んだ神獣がいるの!?」

「今がどんな姿してるかは分からねぇけどな。だが、そいつは私とは違って、目的があってセントレアルにいるようだから気を付けたほうがいいぞ」


 神獣がいるから気を付けろとか、変人と思われないかしら?

 メルクのことは王族のみにしか知らされない機密扱いだし……。


「できれば、貴女から伝えてくれないかしら?」

「嫌だよ面倒くせぇ」


 ぐっ、と呻きながら思考を巡らせる。

 セントレアル―――勇者召喚術式を各王国に配り、勇者召喚を行わせた都市。

 有している力は大国にも匹敵すると言われており、事実先日の巨獣の進軍に対しても黒の冒険者という人類においての最強の戦力を以てして討伐してしまった。

 そんなある意味で謎な場所に、神獣がいるなんて……。


「セントレアルの黒の冒険者がそうなのかしら?」


 先日、巨獣を始末し、魔王軍の幹部すらもあっさりと撃退した規格外の戦士。

 目の前に前例もいるし、もしかして神獣が冒険者となって力を振るっている可能性も……。


「さあな」

「貴女ちょっと神獣同士のコミュニティとかないの!? 情報交換とかしたり!」

「いいか? 私達は基本、仲が悪い。フィーリヘルトはマシな方だが、あいつは能天気なだけだ」


 神獣同士の仲が悪いという話自体、恐ろしすぎる。

 今の今までなにかの拍子で喧嘩とかしなかっただけでも奇跡だろう。

 それはともかくとして―――、


「……これは、ヘンディルとフィルゲンの従者の共有の話を急ぐべきね」


 セントレアルからの要求を断ることはできない。

 彼らはそれだけの影響力を持っており、勇者召喚術式を用いてリーファを勇者を召喚してしまった時点で、その要求に従わなければならない。


「まさか、こんな事態になるなんて……」


 彼とメルクの存在に改めて気付いたのは、リーファがメルクの宿に泊まるように願い出た時だ。

 普通の宿に―――ましてや年頃の男の子がいるような場所に、彼女が泊まることを許すはずがないのだが、宿にメルクがいることを知って、彼女にリーファを預けてみようと思った。

 結果的には、彼女はよき理解者と相棒を得ることができた。

 なにより、ちょっと抜けているところのあるリーファの欠点を補ってくれる、カイトという存在が私達にとってもありがたものだった。


「……カイトが貴女のいる宿に訪れたのは、意図したことなのかしら?」


 ふと、頭によぎった推測に自分の声が低くなるのを感じる。

 そんな私にメルクは、肩の力を抜いて苦笑した。


「いいや? うちに居座ってるアホが連れてきただけで偶然も偶然だよ。正直、数百年ぶりに金の純魔のオーラを見て私の方が驚いたくらいだ」

「本当、なの?」

「ああ。……だが、懐かしい感情を抱いたのも事実だ。前の主と同じく、幸薄そうな面をしている」


 ……ここで嘘をつく意味がないか。

 そもそも、この方は嘘をつくことすら面倒くさがる人だから疑う余地はないでしょう。

 ため息をつきながら納得する。


「私の役目はあくまで見届けることだ。だからこそ、過度な干渉をせずに普通に料理して、奴らを食わせてきた。……ま、好きでやってることでもあるがな」

「一時は冒険者もやってたんだから、手伝ってあげればいいのに」

「百年近く前の話だ。もう二度と冒険者はやらん」


 まあ、祖母から聞いて知っているだけだけど。

 この方はいったい、どれほどの力を有しているのだろうか?

 興味はあるが、彼女が自発的に力を振るう事態は、とんでもないことが起こっている最中だろうから想像するだけにとどめておこう。


「……聞きたいことはもうないか? なら、私は明日の仕込みがあるので帰る」

「ええ、もうないわ。ありがとう」

「ああ」


 そう言って、こちらへ背を向けるメルクに手を振ってから、喉を潤すべくテーブルに置かれている空のコップに水を注ぎ、喉を潤す。


「ああ、一つ言い忘れていたことがある。今まであえて隠していたが―――リーファには神獣の血が混ざっているぞ」

「ぶふぉ!?」

「あれはカイトに任せておいて大丈夫だろう。じゃあな」

「ちょ、ちょっと! 待ちなさ―――」


 思いっきり口から水を噴き出しながら、メルクへと振り返るが、彼女の姿は既にどこにもない。

 ただ無造作に開かれた窓と、そこから見えるヘンディル王国の街並みの明かりが見えるだけだった。

 ……最後の最後にとんでもないこと言って帰ったわ。

 絶対問い詰められるのが面倒に思っての行動だわ……。


「本当に、変わらないわ……あの人……」


 神獣って基本的に自分勝手な人が多いのだろうか。

 そんなことを思いながら、私は額を抑えて呻いてしまうのだった。


基本的に食事を作るのが好きなメルクさん。

口と態度では絶対に出さないけど、カイト達に食事を作っているのも楽しかったりする人間味のある神獣。


土日はお休みなので、次回の更新は月曜となります。

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― 新着の感想 ―
メルクが、想像よりずっとすごい存在で吃驚しましたw リーファの秘密は、以前話しかけてきた謎の存在が居たので、そうなのかなーとは思いましたけども、メルクが……。だから原価割れしてそうな宿の経営も出来たん…
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