第百三十五話
第百三十五話です。
イリスさんがいなくなった。
目覚めたあとにその知らせを聞いた時、僕は一瞬なにを言われているのか分からなかった。
怪我は既にニトさんが癒しているので、後遺症とかの心配はないらしいがそれでも何もいわずにいなくなるなんて思いもしなかった。
一瞬、何者かに連れ去られた? という考えが頭によぎったが、すぐにベルセさんから宿から荷物がなくなっているという話を聞いて、その考えはなくなった。
『———あの子は、気づいていたようだ』
イリスさんが診療所に残していた手紙。
そこには、僕達への謝罪と、父親であるベルセさんについての話が綴られていた。
多分、僕達が部屋で話していたことを聞かれていたのだろう。
耳のいいリーファがいるなら聞き耳を立てられる心配はないと思ったけど、誤算だった。
『あの子は、なにか大きなことに巻き込まれている。もしくは、自分から踏み込んでいるのだと……僕は思う』
そう言葉にしたベルセさんは、困ったように笑っていた。
……見せてもらった手紙には、ベルセさんへの恨み言は一つも書いていなかった。
書いてあったのは、父親へと向けた文。
その文面には十二年ぶりの父親との距離感をうまく測れず、ぎこちなく、はがゆく感じるほどに彼女の不器用な優しさが感じられた。
「……もうすぐか?」
「ああ、そろそろだぞ。カイト」
「キュー」
「シャァー」
遺跡から出て三日目。
僕は、まだ疲れの残る体に鞭をうちながらメリアとの約束を果たすべく彼女のいる遺跡へと向かっていた。
現在の僕は、頭に帽子に変身したシフをのせ、肩にかけた水筒にライムをいれ、ジャケットの胸ポケットに先日使い魔になった白い蛇―――ユランが入り込んでいる。
あとは僕の内に、精霊であるハクロがいるので、ようやくテイマーとして様になったような気持ちだ。
「気を付けろよ。その神獣は一時はお前を攫ったやつだ。また同じことをしてくるかもしれん」
「リックさん……」
僕のことはしっかりと王国に報告したわけだけど、当然の如く護衛がつけられた。
それも並みの騎士ではなく、僕の先輩にあたる金の冒険者―――リックさんにセラさんだ。
「楽しみだなぁ。楽しみだな! 神獣とのご対面かぁ!」
「お前、少しくらい黙ってくんねぇかな?」
「なにを言う! こんな身近に神獣がいる事実を知らなかったんだよ!?」
先ほどから興奮した様子でリックさんの背中を叩いているセラさん。
本当はスノウさんともう一人の金の冒険者さんが護衛につく予定だったのだが、あまりメリアを不機嫌にさせたくないので、人数を限定してもらった。
……なにやら、別室で誰が護衛につくかで小一時間もめていたけども。
決まった時、セラさんの魂からの叫び声がギルド中に響いていたけれども。
「くぅ、一度オロチの観察をしたくてここに入り込もうとしたけど、やけに使い魔たちが入りたがらないから断念したんだよね! オロチにやられるような子達じゃないから不思議に思っていたけど、まさかまさかそれ以上の存在が入り込んでいるとは思わなかった! もう、こんなことなら私一人で入っておくべきだった!」
「おい、カイト。お前、本当にこいつが護衛でよかったのか?」
「聞いてよ!?」
疲れた様子のリックさんに苦笑する。
本当はこういう時はリーファもついてくるんだろうけど、彼女はまだ気絶から目覚めていない。
僕と戦う時に無理やり力を引き出してしまったせいで、かなりの疲労があったようだ。
なので、その代わりという意味の護衛なのだけど……今のセラさんを見ると少し心配になってくる。
「あ、目的自体はちゃんと分かっているから心配はいらないよ? これはいわば、私が現場でやらかさないための欲望の発散のようなものだね。だから、そのために君の使い魔をさわさわさせてほしい」
「ナチュラルに僕の使い魔に手を伸ばさないでください……」
注意していると、僕のポケットからユランが顔を出してくる。
比較的小さな蛇であるユランは、セラさんの姿を見つけると怖がるように身を竦めさせる。
対してのセラさんは、笑顔だ。
「シャ、シャァ……」
「フフフゥ! やっぱり鎧の中を覗き込んだ時に見えたかわいらしい尻尾は君だったんだね! 神獣から作られた魔物とは思いもしなかったけれど、これはこれでそそられるよぅ!」
「シャァー!」
威嚇したユランが、手を伸ばしたセラさんの指にかぷり、と噛みつくが、それでもなお彼女は笑顔のままだ。
その様子に逆にユランがドン引きしながら、僕のジャケットのポケットの中に引っ込む。
僕はため息をつきながら、セラさんの方を向く。
「セラさん」
「あ、さすがに気安すぎたかな?」
「不平等です。あとでセラさんの使い魔を紹介してください」
「フッ、いいよ。等価交換ということだね?」
「カイト!?」
「シャ!?」
「使い魔大好き人間だから、根っこは同じなんだな……」
がびーんと驚いているシフにユランと、げんなりとしているリックさん。
今一度、シフの様子を見て、ちょっとだけ安心する。
あの時、メリアに言われたシフの記憶について。あれが僕達を動揺させる嘘か、事実なのかは今でも分からないけど、表面的にはそれを気にしている訳じゃなさそうだ。
……まあ、実際はかなり思い悩んでいるだろうけど、それは一緒に乗り越えていけばいい話だ。
「そろそろだぞ」
シフの声に我に返り、前を見る。
目の前には壊れた遺跡がある。
……着いたのはいいけど、ここからどうすればいいんだろうか?
最初の時みたいに入るのか? メリアのいる場所が分からないから、確実に迷うことになるけど。
そう考えていると、突然地面が揺れ、地響きのようなものが聞こえてくる。
「ッ、来るか?」
リックさんが剣の柄に手をかけたその時、瓦礫にまみれた入り口から大きな何かが出てきた。
メリアではない。
人間状態の彼女よりも大きいなにかに目を凝らすと、大きな三つの頭が見えた。
「オロチか!」
三つの頭だけを遺跡から出したのは、メリアから逃げる際に足止めをしてくれた魔獣、オロチであった。
身体のいたるところに怪我をしており、真ん中の頭に至っては片目に大きな傷を負ってはいたが、しっかりと生きてくれていた。
もしかしてメリアに頼まれて迎えにきてくれたのかな?
一応、いつでも動けるように肉体強化を発動できるようにしながら、オロチに近づこうとする。
「危険と判断したら、すぐに斬りかかるぞ」
「あのオロチがねぇ。これは見物だね」
背後のリックさんとセラさんの会話を聞きつつ、オロチのすぐ前にたどり着く。
依然として襲ってくる気配はない。
「助けてくれて、ありがとう」
「「「ジャァァ……」」」
「真ん中の頭は“借りは返した”。右の頭は“そんなことより眠い”。左の頭は“お腹空いた”……と言っておるな」
個性豊かすぎない? それぞれ性格が違うのか……。
大きな三つの顔に見られるとさすがに緊張するけど……ん?
「ジャァ……」
なにか口にくわえている?
目つきの鋭い真ん中の頭が、口の端に紙のような何かを食んでいることに気付く。
それを受け取り、開いてみると―――、
「……手紙?」
イリスさんに続いてまた手紙か。
どうやら、メリアからの手紙だ。
あの遺跡のどこに書ける場所があるか分からないけど、読んでみよう。
●
この度は、約束を守ってくださり本当にありがとうございます。
貴方様がこの場に来てくださったこと、心の底から嬉しいです。
だからこそ、私が貴方様に会うことができなかった、本当に、本当に申し訳なく思います。
しかし、私は貴方様に多大な迷惑をかけた身。
その所業を忘れたまま、貴方様の優しさに甘えるのも虫の良すぎる話です。
なにより私との邂逅を機に、貴方様の周りはより一層騒々しいことになっているはずでしょう。そんな忙しい貴方様に、これ以上の迷惑はかけられません。
約束を守ってくれた。
また、会おうと口にしてくれた。
それその事実だけで、私は至福の想いであります。
私はあの後、長い封印から解き放たれ久方ぶりの自由を得ることとなりました。
自由を得て、真っ先に貴方様に会いにゆこうと考えましたが、それはまだ早いと結論を出しました。
まずは、この幾百年の時を経た世界で貴方様の見たものと同じ景色を見てきます。
もし、それでもなおこんな私と会ってくれるというのなら、その時は万感の想いを籠めて貴方様の元へと馳せ参じます。
その間、この遺跡はオロチに任せます。
主は貴方様です。
そのまま遺跡に留まらせるか、修練相手にするなりいかように扱ってくれても構いません。
●
「外の世界を見る、か」
「……色々と聞きたいこともあったのだがな」
小さな声でそう呟いたシフの頭を撫でる。
封印から解かれ、外の世界を見るために出たメリア。
控えめに言って大事だけれど、僕が嫌うようなことを彼女はしないだろうし、それほど心配することでもないだろう。
「何も企んでいなければの話だけど」
彼女を信じたい気持ちがあるけど、なんだか引っかかるところがあるんだよなぁ。
まあ、メリアは僕に引け目を感じて会えないらしいから、今はそれでいいか。
「さて、君はどうする?」
「ジャァァァ」
僕の前にいるオロチに話しかけてみる。
真ん中の頭が眠そうにしている右の頭を頭突きで起こしている。
「うーん、とりあえず、今まで通りにこの遺跡にいてくれないかな? 他のところだと、皆怖がっちゃうから」
「ジャァァ」
「あと、今度からは無闇に人を襲っちゃ駄目」
オロチの真ん中の頭の下あごに手を添え、語り掛ける。
使い魔契約こそするつもりはないけど―――というか、明らかに僕のテイマーとしての実力の容量を超えているからできないだろうけれど、あのオロチを撫でる日が来るなんて思いもしなかった。
「どうやら、襲われる心配はないみたいだな」
「はい。もう警戒しなくてもいいですよ」
後ろから剣を納めたリックさんと、うずうずしているセラさんがやってくる。
一応、もう一度オロチに人間を襲わないようにと伝えてから、彼らへと振り返る。
「もう、オロチは人を襲いません。さすがに襲われたら反撃はするでしょうけど、前ほど危険な魔物ではないです」
「オロチが護っていたのは、地下にいる神獣だったってわけか。ようやく謎の一つが解けたってわけだな」
「謎?」
リックさんの言葉にオロチを見てから首を傾げる。
「オロチは、特殊な個体でな、強さ自体は俺らでも倒せなくはない強さなんだが、下手に手を出すべき存在じゃないって結論が国から出ていたんだよ」
「え、そうなんですか?」
「オロチは、その存在を確認されてから数百年単位で住処を変えることのない魔獣だ。まあ、住処の遺跡自体、なにもねぇがらんどうの洞窟みてぇなところだから、何十年か前に放っておいてもいいって結論も出てたんだよ」
だからこの遺跡の周辺に魔具製の結界が張られているのか。
まさに、藪を突いて蛇を出さないようにしていたんだな。
そして、今回の騒ぎで―――今まで謎だったオロチの存在理由が分かったんだな。
「これには城の学者連中も度肝抜かすだろうよ。なぁ、セラ……って、んん?」
「む、カイトよ。セラ殿がいないぞ?」
え、セラさんがいない?
いつの間にか姿を消した彼女に僕も驚いていると、後ろから不機嫌そうなオロチの鼻息が聞こえてくる。
「おおお! すごい、すごいぞ! この手触り、年季のはいった鱗だ……!」
「「「ジャァ……」」」
いつのまにかオロチに跨ったセラさんがその胴体に抱き着きながら頬ずりをしている。
「なにやってんのアンタ……?」
素直に引いた。
この人には恐怖がないのか? いや、そんな考えが僕にもなかったわけではないけれども……!
てか、全然知識欲発散されてねぇじゃねぇかよ!?
オロチが困ったようにこちらをチラチラと僕を見ている。
すると、お腹空いたと言っていた左の頭がおもむろにセラさんに噛みつこうとする。
「って、おおおい!!? その人は食べちゃだめだからっ!」
「お、お前ぇ! セラこの野郎! いい加減にしろぉぉ!」
セラさんってある意味で度を越してやばいテイマーだ。
改めてその事実を再確認しながら、僕とリックさんは必死に彼女がオロチに噛みつかれるのを阻止しに向かうのであった。
オロチ君、ブラックからホワイトへ。
イリス、休暇が終わる時。
次回、いくつか閑話を更新した後に第四章へと入ります。




