第百三十四話
第百三十四話です。
メリアと別れた僕はフィリによって水を介した転移を行った際に意識を失った。
しかし、そのすぐ後に―――体感的には、目を瞑った次の瞬間には、確かな意識を保ったまま再び誰かの過去の記憶を覗き込んでいた。
『私は、大きな過ちを犯した』
その場でうずくまり、そう呟いたのは夢で何度も見た金髪の女性の姿。
懺悔するように何かを呟いている彼女の後ろでは、この視界の主が無言で見守っている。
『もう時代の流れは止められない。私がなんとかして、彼らがバカなことをしないように手を打たないと』
『……』
『例え、この身に代えても……』
視界の主が金髪の女性へ近づく。
視界に見える手が人のものではない、視点こそ高いが四足で歩いているように見える。
その前足には、炎が灯されている。
『———ガゥ』
『ごめん。愚痴を聞かせちゃって……貴女は一番口が堅いから、なんでも話せちゃうのよね』
『……』
『ええ、メリアは我慢することはできないでしょう。私も……この世界の破滅を望んでいるわけじゃないから、なんとしてでも止めなくちゃならない』
視線の主から発せられたのは、獣の唸り声。
その様子に笑みと共に振り向いた女性の表情は相変わらず霞がかったままだが、その表情は無理に笑っているように思えた。
『貴女は……貴女達は自由になる。それから先の景色を私が見ることは許されない。これを、始めてしまったのは私だから……』
そこで躊躇するように口をつぐんだ彼女は、視界の主の首元に手を添える。
身に纏う炎が揺らめくが、まるで熱を感じないように、彼女は視界の主の毛並みを撫でつける。
『きっと、これから先とても酷いことは起きる。私のような者が現れないために、多くの純魔が謂れのない罪で囚われ……殺されてしまう』
『……』
『でも、もしも……遠い未来、世界の人々が悲劇を忘れた頃に―――私と同じ力を持つ者が現れたら……私のような過ちを繰り返さないように、見守ってあげて』
視界の主がこくり、と頷く。
儚げに微笑む彼女―――その時、僕の中で炎のように湧き上がったのは、並々ならない決意と使命感であった。
まるで視界の主が自分そのものと勘違うほどに共感してしまっていると、前触れもなく意識が引き戻される。
「……ぅ」
身体が怠い。
なんだ? 僕は、誰かに担いで運ばれているのか?
ゆっくりと瞳を空けると、少しだけ見覚えのある景色が視界に映り込む。
朝日を迎えようとする空に照らされた道は、ヘンディル王国の傍の湖の近くのものだ。
「目覚めたようだな」
僕を肩で担いでいる誰かの声。
その思いもしない声の主に僕は驚く。
「……メルクさん?」
僕が借りている宿の主人であり、いつもお世話になっている人。
彼女が僕を豪快に肩に担いで、都市へ入る道を歩いている。
「どうして、僕は貴女に担がれているんですか……?」
というより、普通に軽々と担がれているんですけど。
僕の疑問にメルクさんは相変わらずの面倒くさそうな声を発する。
「暇つぶしに散歩してたら、湖近くにお前が気絶してんのを見つけたんだよ」
「散歩って……宿から大分遠いように思えるんですけど。……も、もしかして心配で探しに来てくれたんじゃぐぅ!?」
僕の胴体に回している腕に力が籠る。
アッ、これは下手に訊いちゃいけないやつだ。
悶絶しながらなんとか話題を変えようと試みる。
「リーファ達は……?」
「蹴り飛ばして治癒魔法使いの元に向かわせてやった。……ま、それでも訊きやしなかったがな」
あれ、よく見ればメルクさんは脇で抱えるようにもう一人誰かを持っている。
脱力したまま、四肢を投げ出した黒髪と、見覚えのある獣耳は―――、
「リ、リーファ!?」
なんで君まで気絶してんの!?
というよりメルクさん、僕達二人を軽々と持って歩いていたのか!?
驚く僕にメルクさんは大きなため息をついた。
「お前が気絶していた場所で、白目向いて倒れてたんだよ。手前も疲れきってんのに無理した結果だ。心配するだけ無駄だ」
「えぇ……」
……後で謝らなくちゃな。
多分、ものすごく心配をかけさせてしまっただろうし。
シフ達は、イリスさんのところかな? 多分、彼女を安全な場所に連れて行った後に僕を探しにきてくれたのだろう。
「うなされていたな」
「え? あぁ……なんというべきか、夢を見まして。それほど気にする事でもないです」
「そうか」
さっきの夢はなんだったのだろうか。
メリアとフィリに触れて偶発的に見たものだろうか?
まさか、僕が寝ている間に別の神獣が触れてきたなんて考えられないし。
「それで、騒ぎは終わったか?」
不意に、メルクさんがそんなことを聞いてきた。
宿で騒ぎを起こしちゃったし、さすがにメルクさんも僕が何かしらの騒ぎに巻き込まれたことは知っているか。
「ええ、なんとか」
「随分と難儀な生き方をしてるな。お前は」
「そう、でしょうか?」
「早死にしそうだ」
「ははは……」
事実その通りなので苦笑いするしかない。
そんな僕にメルクさんは、前を向いたまま低い声を発する。
「もう止められねぇぞ」
「え?」
「お前は前に踏み出した。時代も、隠れていた奴らも動き出すだろう。その全ての渦中にお前も、リーファも巻き込まれることになる」
「メルク……さん?」
なんで、そんな僕のことを知っている風に話すんだ?
彼女の口ぶりは、まるでメリアのようだ。
唖然としている僕に気付いたのか、もう一度ため息をついた彼女は面倒くさそうに続きの言葉を発する。
「お前が勇者の従者だってことは、こいつから聞いている。もちろん、こいつが勇者だってこともな」
「え?」
「ついでに、ライラも知ったぞ」
「えええ!?」
まさか僕が捕まったから話してしまったという感じなのか!?
担がれたまま頭を抱える。
「……全く、私も面倒なことを頼まれたもんだな……」
「え?」
「いや、なんでもねぇよ。大人しくしてろ、運びにくい」
本当に不思議な人だ。
いつも美味しいご飯を作ってくれる人なのは分かっているけど、それ以外は全然知らない。
視線を上に向けると、青みがかってきた空が見える。
今夜、僕達は大変な経験をした。
メリアに攫われたり、オロチと戦ったり、洗脳されてリーファたちと戦わされたり……本当の本当に大変だったけれど、不思議とこの騒動の原因であるメリアに悪い感情は抱けなかった。
「人間と神獣か……」
まだまだ自分の取り巻く状況を理解できていない。
これから先、僕の身体がどうなるのかも分からない。
だけどそれでも、僕は前に進むことができる。
その後、僕とリーファはギルドにある診療所へと担ぎ込まれた。
診療所には王国から事情を訊いたベルセさんと、すっっっごい不機嫌そうな顔のニトさんが、治癒魔法を掌に浮かべながら僕達を待ち受けていた。
イリスさんも、シフも、ライムも、ユランも……皆無事だ。
そこで安心してしまったのか僕は再び眠りについてしまった。
その翌日———僕が目が覚めた時には、また別の事件が起こってしまっていた。
診療所で眠っていたはずのイリスさんが、書置きを残していなくなってしまったのだ。
なんだかんだでざっくりと見守っていました。
なお、出会ったのは本当に偶然。
次回、第三章エピローグとなります。




