第百三十話
第百三十話です。
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怖い。
心の中が恐怖で埋め尽くされる。
軽く喉に添えられた指先は、冷血動物のように冷たくただ触れられているだけのなのに、刃物を突き付けられているように動くことはできない。
カイトは白髪———いや、間近で見ると銀色の光を帯びた髪を持つ少女をメリアと呼んだ。
まさか、今私とリーファの“命”を握っている少女が、カイトを攫った神獣だというのか?
「カイト様」
「……なんだ?」
「もう一度、名を呼んでください」
「……メリア」
ゆっくりと起き上がったカイトが少女の名を呼ぶ。
名を呼ばれた彼女の頬が綻ぶ。
「カイト様。手加減をしましたね?」
「……っ」
「ええ、ええ、分かりますとも。ですが、私は怒ってなどいません。それどころか……感服しております」
メリア、と呼ばれた少女はカイトに朗らかに笑いかける。
「私の手の中にいた貴方様ならば、どのような残虐な手でも使った。その想像力のままに生物を確殺する武器を作り上げていたはずだった」
「……」
「ここにいる者達が生きているのは、貴方様が必死に、それはもう必死に抗っていたからと言えるでしょう」
……悔しいが、その通りかもしれない。
たしかにカイトは戦闘中に危険な技を繰り出してはいたが、やろうと思えばそれ以上の攻撃を繰り出せていた場面もあった。
少なくともリーファを地面へ叩きつけようとした時、その膂力のままに彼女を圧殺しようとしなかったのは、彼の抵抗のおかげなのかもしれない。
「しかし、この獣がカイト様の血を取り込むのは誤算でしたね」
「……お前が、カイトを……!」
「こんな獣のどこがいいのか、理解に苦しみます」
「うくっ」
リーファの喉にかけられた指に力が籠る。
小さくリーファが悲鳴を上げると、カイトがメリアを強く睨みつける。
「おぬしは、いったいなんだ……?」
シフの困惑した声に、ようやく彼女がカイト以外に目を向ける。
シフのすぐ近くにいたユランは、恐怖に体を縮こまらせるが、そもそもメリアじゃ眼中にしてない様子だ。
「貴方はよく働いてくださりました。まさしく生まれてきたその意味を全うし、抜け殻となり果てていたとしても、その功績は賞賛に値するでしょう」
「な、なにを……」
「その力を、これからもカイト様の役に立てるというのなら、傍で仕えることを許してあげますよ?」
話が全くかみ合わない。
いや、そもそも彼女はカイト以外とはまともに言葉を交わそうとする気さえないのか?
メリアの言葉に困惑した様子のシフは、疑問の言葉を口にする。
「生まれてきた意味? おぬしは、私のなにを……」
「貴方は、本当に自らがここで生まれたと思っているのですか?」
最初シフは、カイトと共にこの遺跡を脱出した。
その際にシフがこの遺跡で生まれ育った魔物だということは聞いている。
「恩人に言葉を教えてもらった? 魔術を教えてもらった? 不完全なシェイプシフターだから変身も得意ではないと?」
「なぜ、それを……」
「逆に問いましょう―――」
―――その記憶は、本当に貴方のものなのでしょうか?
シフの小さな体が震える。
リーファとカイトも信じられないという目でメリアを見ている。
それでも信じられないのか、シフが気丈な様子で声を上げる。
「そんなはずはない! 私はたしかに彼女を、彼女の遺体を―――」
「顔は覚えているのですか? その彼女の名前も覚えているのですか?」
「あ、ああ、勿論だ! 彼女は、金色の……金髪の……」
そこまで口にしたシフが、地面を見つめる。
「な、なぜだ……私は、知っているはずなのに……忘れるはずがないのに! 思い出せない……!」
「あれは遺跡に迷い込んだ愚かな人間の亡骸です」
か細い声で顔を上げるシフに、メリアはあくまで笑みを浮かべ答える。
「魔術も扱えず、ましてや女ですらない。ただの人間」
「わ、私は……いったい……」
「もう一度、聞きます。貴方の記憶は、本当に―――」
「やめろ」
震えるシフを両腕で抱きしめたカイトが、メリアを止める。
強い怒りを抱いたカイトに少しだけ動揺した彼女に、彼はシフを抱えながら声を振り絞る。
「シフは、シフだ。少なくとも僕にとっては、ここで出会ってずっと一緒に過ごしてきた大切な仲間だ。その事実だけは、誰にも―――君にさえも否定させない」
「ですが、カイト様―――」
カイトの目が細められる。
疲労し、弱々しいとさえ思える彼だが、どこか違っていた。
少なくとも彼が攫われる以前とは……なにかが決定的に変わっているように思えた。
「メリア、それ以上の言葉は、僕が許さない」
「ッぁ……かしこまりました」
カイトの怒りを目にしてメリアは僅かに指を震わせた。
恐れている? いや、これは歓喜している?
横目で見えるメリアの横顔は、薄っすらと笑みを浮かべているだけだ。
「話が、逸れてしまいましたね」
高揚を押し隠すように吐息を零した彼女は、再びカイトへと視線を戻す。
「本来ならば、この二人を始末し、貴方様を力づくで従える方が早い。それをしない理由は、お分かりですね?」
「……ああ、ちゃんと分かっているよ」
カイトの視線がリーファと私に向けられる。
リーファは、弱々しく首を横に振っている。
「僕が残れば、二人は見逃してくれるんだな?」
「っ、カイト! 駄目! うぐっ」
「ええ、その通りです」
動こうとしたリーファの首に力を籠め、黙らせられる。
リーファと同じ状況にいる私は、こうしているだけで生きた心地がしない。
もう、自分の命が自分のものではないと、強く錯覚させられ、支配されているようだ。
「分かった。君の元に行く。……二人を離してくれ」
「はい♪」
上機嫌に頷いたメリアが私とリーファの首から手が放した。
ようやく首にかけられた指が離れたところで、私はその場で地面に手をついて必死に呼吸をする。
生きた心地がしなかった……!
だが、助けにきたはずのカイトが、また囚われる羽目になってしまった……!
なんて、情けない……!
私とリーファを解放したメリアは立ち上がると、冷めた目で私達を見下ろしてくる。
「どこへなりとも行きなさい。ただし次にここに踏み入れた時は、カイト様が止める間もなく殺しちゃいますので、気を付けてくださいね」
そう言葉にして嘲笑った彼女は、すぐさまその表情を柔らかな笑みに変えて座り込んでいるカイトに手を伸ばした。
「さあ、私だけの主、私の、私だけの王よ。私達の居場所に帰りま……ッ!」
目を瞑り、諦めたように吐息を零したカイトが手を伸ばす。
リーファも私も動くことができない。
メリアとカイトの手が触れようとしたその時———前触れもなくメリアの足元から轟音と共に砕けた。
「……チッ」
「「「ギュァァ!!」」」
不快そうに機嫌を悪くした彼女の足元から現れたのは、三つの頭を持つ巨大な蛇の頭。
その頭の一つがメリアに噛みつくとそのまま壁に叩きつけながら、穴を這い出てくる。
「なっ!?」
「オロチだと!? なぜ奴が主である彼女を!?」
オロチ、と呼ばれた三つ首の大蛇。
続けて二つ目の頭がメリアへと噛みつき、動きを止めている間に残り一つの頭がこちらを向く。
その視線の先にいるのは、カイトだ。
「お前、なんで……」
「ギュァァ!!」
「やめろ! 殺されるぞ!!」
驚愕しているカイトに吠えるオロチ。
魔物の言葉は分からないが、私にはそれがカイトへ向けて“逃げろ!”と言っているようにも思えた。
「あらあら、まさか恩を返すために私に歯向かおうだなんて」
「ギィ、ギュァァ!」
「あぁ、やはり王の器。ふふ、ますます手放したくなくなってきました」
オロチの噛みつきを片手だけで押さえ込んだメリアは、頬に手を当て嬉し気に笑っている。
王の器?
先ほどもいっていたが、カイトがまさにそれなのか?
いや、たしかに公園清掃をしていたら、いつの間にか人が集まり最終的には彼らを率いてはいたけれど。
「もしかして、私がここに来た本当の意味は……」
神獣を惹きつける魅力。
人ならざる力。
王の、器。
全てが私の頭の中で繋がり、それを理解し手が震えてくる。
その時、荒唐無稽で、愚かとさえ思える考えが私の頭に思い浮かんでしまう。
「イリス殿! 逃げるぞ!!」
「あ、ああ!」
すぐに考えを振り払い、我に返る。
すぐさまゴーレムを作り出し、カイトとライムを抱えさせた私達は暴れるオロチを背にして、その場から逃げ出した。
ゴーレムに抱えられているカイトが、オロチとメリアのいる方へと手を伸ばす。
「ま、待ってくれ! このままじゃオロチが!」
「おぬしとオロチの間になにがあったかは知らないが、おぬしの身の方が大事だ!! 今は我慢してくれ!」
「く……ッ」
予期せぬ助けによりカイトを連れ出すことに成功した。
だが、今いる場所は出口も分からぬ遺跡の中。
最早、迷宮といってもいいこの場所で私達は神獣を相手に逃げ回らなければならなくなってしまった。
オロチ
・暗い遺跡の中で初めて向けられた優しさと慈悲。
・小さな恩に報いるために、生まれて初めての反抗期を行う。
メリア
・名を呼んでもらえてご満悦(好感度up)
・王の片鱗を見せられてご満悦(好感度up)
・叱られてご満悦(好感度up)
そして、明かされていくシフに隠された秘密の一部分。




