第百二十八話
第百二十八話です。
カイトと出会う前までは自分の魔物としての力が嫌いだった。
常にイライラして、なにかに急かされるような気持ちにさせられていた。
姉さんが魔王軍で悪事を働いているということも知って、その苛立ちは余計に私の心を強くかきたてて―――酷い時は、夜もまともに眠ることもできなかった。
だから、カイトと出会ってからの日常は―――とても、楽しかった。
冒険者としての仕事も、勇者として関わった騒ぎも大変なものもあったけれど、カイトと一緒ならどんなことでも乗り越えられる、そんな思いがあった。
「———すぅ」
静寂が支配する遺跡の中。
石柱が並ぶ空間に、私は一人で佇んでいた。
真正面に向けた視線の先から、カツン、カツン、という靴の音が聞こえてくる。
その音が近づくにつれて、私はゆっくりと呼吸を整える。
「……ずっとカイトに頼りっぱなしだった」
いつまでもこのままじゃいけないって思うけれど、彼の優しさにいつも私は甘えてしまう。
今まで一人で戦ってきた私にとって、信頼できる誰かと行動を共にすることは何よりも心地がよかった。
前方の暗闇から、カイトが現れる。
マントから現れている半透明の蛇はマフラーのように彼の首にまきつき、その右手にはノコギリ状へと変化しているライムが握られている。
「私は、もう貴方だけには戦わせない」
「……」
いつも彼は騒ぎの渦中に引きずり込まれてしまう。
姉さん、巨獣、デウス―――そして、今カイトを後ろから操っている神獣の影。
この件で確信した。
カイトはこれから先、なにか大きな騒動の中心になるということを。
「その運命も、私が一緒に背負う」
「……」
「貴方は私の従者で、なにより大切な相棒だから……!」
カイトの魔力がストックされた最後の円筒型の魔具を発動させ、魔物としての力を解放する。
身体に力が漲ると同時に、足のベルトからナイフを引き抜き構える。
カイトは地面に左手をついて、こちらに突撃する構えをとる。
「私ももう遠慮はしない! 本気で、貴方とぶつかってやる!!」
その啖呵と同時に、金色の光を纏ったカイトが真っすぐ私へ向かって飛び出してくる。
縦に振り下ろされるノコギリ。
それを目にしてから、私は自身の影に入り込み短距離での転移を行い、カイトの影から飛び出しながら、ナイフを振るう。
「……!」
「ハァァ!!」
ノコギリでナイフをはじき返されるが、次は足でカイトの影を踏みしめる。
「影踏……ッ、駄目か!」
影を踏んで動きを止めようにも今のカイトの身体能力じゃ簡単に振りほどかれてしまう。
首への横薙ぎを、後ろに転がって避けながら起き上がりと同時に、自身の影を眼前の床と石柱にまで及ぼすくらいに大きく広げる。
「影槍!」
突き出される影の槍。
しかしそれらが眼中にないのか迷いなく走ってきたカイトは、それらを飴細工のように粉砕しながら突っ込んでくる。
そのまま目前にまで迫ったカイトは、ライムを双剣へと変化させて襲い掛かってくる。
それに合わせて、もう片方の手にもナイフを握りしめ、迎え撃つ。
「……!」
「姉さんの動きは私も見ている!」
怪力とともに繰り出される剣の一つ一つを、ナイフでいなす。
やっぱり力ではもう敵わない……!
身体能力に明確な差が出ていることから、どれだけ攻撃を受け流しても完全には防げない。
二つ同時に振るわれた双剣を受け止めると、両手のナイフは粉々に砕け散ってしまう。
「ッ、バカ力すぎる……!」
無手の私に右手の剣が突き出されるが、咄嗟に左足で蹴り上げ取りこぼさせる。
しかし、カイトはそのまま右手を突き出し、私の服を掴み取りそのまま引き寄せると―――背後に回ると同時に腰に腕を回してくる。
「え!? なに!? ああああ、やばい!?」
一瞬、破廉恥なことしてきてびっくりしたけど、これいつもカイトがやってるおかしな技だ!? 食らったら死ぬぅ!?
気づいたときには、カイトは尋常じゃない力で体を逸らし私を頭と背中から地面へ叩きつけようとしている。
普通ならピンチだけど、地面に落とされるのなら逆に好都合だ!
背中が触れると同時に私の身体は影に沈み込み、近くの石柱の影へと転移する。
「知らなかった? 影はいつも私の傍にいるんだよ!」
「……ッ!」
内心心臓バックバクだ。
あんな危ない技、普通のカイトなら絶対にしないのに……多分。
即座に起き上がったカイトは、振り向きざまに手に戻ったライムを鞭へと変形させ、こちらへ振るってくる。
よく見れば、鞭には鋭利な刃物のようなものがいくつもついており、慌てて屈んでそれを避ける。
「ッ、危な……ぁ」
鋭利な切断面を見せて、崩れ落ちる石柱。
下手に距離をとるのは危険すぎる。
棍棒を手にしたカイトが、強烈な突きを突き出してきたので、それを影に潜ることで回避する。
さすがに学んだのか、カイトは自身の影と近くの石柱へと注意を向けようとするけど―――、
「あえての転移しないって戦法もあるんだよ!」
「!?」
潜った場所から“影跳”で勢いよく飛び出し、今度はさらに力を籠めてカイトの影を踏みつける。
「影踏み!」
今のカイトの身体能力じゃすぐに解除されるのは分かってる!
なら、技を組み合わせて力技で動きを封じてやる!!
「影沼!」
影を踏みしめたまま、彼の影に干渉しその足を沈み込ませる。
その上で、三つ目の技を発動させ、周囲の影を伸ばしカイトを縛り付ける!
「ッ、影縛り! さらに、影繭!」
動き出そうとするライムと片腕をいくつも重ねた影で包み込む。
「影楔!」
そして、最後に床、天井にまで及ぼした影から杭のような形状の影を突き出し、カイトの身体を完全に固定する。
影踏、影沼、影縛、影繭、影楔。
五つの技を重ねて合わせた即興技——、
「束ねて五つ! 重影技!」
「……っ!! ぐ……!」
五つ同時は初めて使って、頭ががんがん痛い。
でも一時とはいえ、完全に動きを封じた。
このまま彼の血を―――、
『シャァァ!!』
「ッ、そう簡単にはいかないよね……!」
彼に巻き付いている白い蛇が牙をむいてくる。
今の私には成す術がない。
さきほどと同じように噛みつかれてしまうが―――今は、さっきとは違う。
「それはさせられないな」
地面からせりあがった土の人形が、横から白い蛇の頭を抱えるように捕まえる。
今の今までチャンスを伺っていたイリスが、厄介な蛇の攻撃を止めてくれた。
……動きは止めたけど、まだ不十分!
あと数秒するうちにカイトは自力で拘束を引きちぎり、脱出してしまう!
なら、当初の計画通りに―――、
「カイト、ごめん!」
私は魔物としての本能に従い、カイトの首元に牙を突き立てた。
酷く不快な感触と共に流れ込む鉄の味。
「う、ぁぅ」
―――私の中の魔物が、歓喜の雄叫びを上げる。
駄目だ、このままじゃ血に酔ってしまう。
酩酊したように視界が揺らぎ、顔から火が出るように上気する。
「……っ!」
だけど飲み込まれるわけにはいかない。
ここで、自分の中の魔物としての側面に打ち勝ち受け入れる。
今にも私の理性を打ち崩そうとする力に、必死に抗いながら―――私は、取り込んだであろう力を解放させる。
リーファは自力では完全にカイトに負けていたので、搦め手で翻弄しにいきました。




