第百二十五話
第百二十五話です。
蛇の魔物、ユラン。
地面を這うことに慣れていないのか、私の手に巻き付くように乗ったユランは、必死な様子でシフにカイトになにが起こったかを教えていた。
「よりにもよって、神獣か……」
ユランを通してシフが話した内容は、常軌を逸したものであった。
簡潔にまとめるならば、カイトは神獣に捕まっている。
ただ捕まっているわけではない。
その神獣は、カイトをとても……いや、異常なほど気に入っているらしい。
あれ? 神獣は人間が近づくことすらできない、果てしなく遠い存在のはずだ? 生息地が判明している神獣でさえも、ただの人間が干渉しようとすれば命はない。
そもそもが神獣と人間が明確に接触したという話自体、カイトを除いて存在していないのだ。
「オロチはユランと同じ、神獣から生み出された魔獣だったとは……これほどまでに近くにいたことに驚きを隠せないな」
純魔の魔力を持つと言えど、ただの人間が神獣に執着される?
神獣との接触自体前例のない事態なのに、あまりにも異常だ。
カイトには、純魔の魔力とは別の―――神獣を惹きつけるなにかがあるのか?
「カイトを攫った時、おぬしの様子がおかしかったのは操られていたからか……」
「シャ……」
「謝るな。抗えなかったのだろう? ようやくおぬしの不可思議な行動も腑に落ちた」
手に巻き付いているユランが、しゅんと落ち込んだところで我に返る。
「おぬしが最後にカイトを見たのは、人の姿をした神獣にカイトが捕まっている姿だったな。……その神獣は、どのような姿をしていた?」
「シュル、シャァ!」
「白い髪の少女、か」
神獣の人化。
眷属の創造。
魔王軍にいた時では考えられないはずの情報に頭がおかしくなりそうになりながら、カイトが置かれている現状を踏まえて、どのように行動すればいいかを思考する。
「シフ、リーファ。カイトは神獣に囚われているとすれば、今の戦力で彼を救出するのは困難だ」
「……ああ、逆鱗に触れてしまえば間違いなくこちらが殺されてしまうだろう。ここは一旦、退いて城にこの情報を伝え、対策を練ることが最善だろうな」
悲痛な面持ちで私の言葉にシフが頷く。
しかし、リーファだけは足を止めずにそのまま階段を降りていく。
「リーファ、止まるんだ」
「カイトを連れ戻す」
シフの制止の声に、リーファは感情を押し殺した静かな声を返す。
無謀だ。
いくらリーファが勇者でも、あくまで人だ。
神獣と比べれば、格が違うどころか、次元すらも異なっているだろう。
「相手は神獣なんだぞ?」
「だから、どうしたの?」
リーファがこちらを振り向く。
松明の光に照らされ顔の半分だけ暗闇に染まった影は、松明の光とは別のゆらめきを見せていた。
「大事な人を奪われた。相手が神獣でも関係ない、絶対にカイトは連れ戻す」
強い意思と共に言い放たれた言葉。
そんな彼女の姿を見つめたユランは、私の手から降りるとリーファの元に向かっていく。
「……?」
「シャー!」
「言葉は分からないけど、分かった。一緒に行こう」
ユランを階段から持ち上げたリーファはゴーレムから松明を受け取ると前を向いて階段を降りていく。
その姿を見つめていたシフは、意を決したような顔つきを浮かべ、私を見上げる。
「……イリス殿」
「なんだ?」
「おぬしはここまでだ。あとは私達だけで先に進む」
「え? 君は……?」
「私も、本心ではリーファと同じだったということだ。……ここからは命の保証はない。私達の無茶に、イリス殿まで付き合う必要はない」
———ここだ。
ここが、私が確実に無事に生きて帰れるかどうかの選択だ。
これ以上進めば、神獣と相対するという絶望的な展開が待っている。
シフとリーファを見捨てて帰る選択肢を選べば、私は無傷で遺跡から脱出できる。
「……今更、生きて戻ってなにがあるんだろうか……?」
魔王軍に戻っても別にいいことがあるわけでもない。
実の父―――ベルセに会わせる顔もないし、会うつもりもない。
ここまでくるのに、魔王軍としての立場で理由をこじつけてきたが、ここで戻ってもどちらにしろ私にはなにも残っていない。
先に向かってしまった彼らに小走りで駆けよる。
「シフ、リーファ。私もついていくよ」
「だが……」
「気にするな。向こう見ずな戦力が一つ増えたと思ってくれ」
「……感謝する」
「ありがとう、イリス」
二人の感謝の言葉を受ける。
その時、終わりが見えないと思えた階段の先に、光のようなものが見えた。
「ようやく、階段の終わりが見えてきたね」
「カイトの存在も、かなり近くなってきたぞ……!」
先ほどよりも早足で階段を降りる。
降りた先に見えたのは、上層と同じほどの広い空間。
上とは違うのは、至る場所に周囲を照らすほどの光を放つ石のようなものが埋め込まれていることだろう。
「こんな深い場所にもう一つ階層があったとは……とにかく、捜索を続けよう」
「っ、待って! 前から足音が聞こえる!」
リーファの発した声に前方を警戒する。
耳を澄ませばたしかに、何者かの靴の足音が聞こえてくる。
ユランのいっていた神獣か!?
そう思い、焦燥していると―――前方の通路から白い服を着た何者かが現れる。
確かな足取りで、こちらへ向かってくる男の姿を見たリーファは、構えていたナイフを下げた。
「……カイト?」
やってきたのは、神獣に捕まっていると思っていた男、カイトであった。
肩にかける形式の白いマントのようなものを羽織っており、着ている服装も寝間着ではなく、これもまた白を基調とした騎士を思わせる服装に身を包んでいた。
右手には剣の形へと変わったライムを持っており、何よりその表情は前髪に隠れて見えなかった。
「カイト! 無事だったんだね!!」
さきほどの剣呑さを潜め、満面の笑顔を浮かべたリーファが駆けていく。
あまりにも、不自然だ。
この状況にカイトが一人で現れたこともそうだし、何より私達の姿が確認できる位置にきても彼がなにも反応をしていない。
「リーファ! 近づくなぁ!!」
誰よりも速く情報を分析したシフが叫ぶ。
その声に足を止めたリーファがこちらを振り向いたその瞬間、金色の光に包まれたカイトが右手に持った銀色の剣を、尋常じゃない速さで振るった。
「カ、イト……?」
「……」
リーファの首目掛けて振るわれる横薙ぎの剣。
それは、突如として現れた鱗模様の魔力によって防がれる。
「っ、ユラン!?」
「シャ、シャァ……!!」
いつのまにかリーファの首元にまで移動していたユランが発動させた魔力により、一生を得たリーファが、今にも泣きそうな表情のまま私達の元に下がってくる。
「シ、シフっ! カイトが、私を……!」
「分かっている! あやつと、ライムは操られてしまっているのだ……!」
剣を引き戻したカイトが顔を上げると、その瞳には怪しい光が帯びている。
今の彼に、意思は感じられない。
だとしたら、神獣に心を支配されてしまったということになる。
「シフ、どうする!」
「戦う以外に道はないだろう! 肉体強化を惜しみなく使っているあやつは、手加減して戦える相手ではない!! 下手をすれば、やられるのはこちらだ!! それに、あやつの着ているものは……!」
カイトが左肩から伸びるマントの裏に手を伸ばす。
すると、マントから白い蛇のようなものが伸び彼の手に収まると―――純白の矢へと姿を変える。
「な、なんだ、あの装備は……」
魔道具ではない。
より原始的で、生物的なナニか。
左手に持ちかえたライムを弓へと変形させ矢を番えた彼は、その矢先をこちらへと向けてくる。
リーファ達が戦うのは、あらゆる手段を使って“本気”で襲い掛かってくるカイトとライムとなります。
イベント限定UR装備【???の外套】
・???の寵愛
・特殊な矢の生成
・肉体強化の補助etc……
※私が投稿しているもう一つの作品『治癒魔法の間違った使い方』書籍版第11巻についての活動報告を書かせていただきました。
第11巻は今月、10月25日発売を予定しております。




