第百二十二話
第百二十二話です。
オロチとの戦い。
頭の数が多く、素早さも力も優れている奴を相手する上で、僕はひたすらに思考を続けながら立ち回っていた。
肉体強化により強化された足で、絶えず動き回り、オロチの巨体を翻弄し続ける。
「ジャァァ!」
「ぐぁ!?」
オロチががむしゃらに振り回した頭の一つが迫る。
避けるのが無理と判断した僕は、ライムを盾へと変形させオロチの頭を防御する。
全身の骨が軋む音が聞こえ、僕の体は後方の壁へと勢いよく叩きつけられる。
「ガハッ……!」
「キゥ!?」
「だ、大丈夫だ……だんだんと慣れてきたから……」
額から生暖かい液体が流れ、眉間を通る。
それを袖で拭いながら、壁を支えにして立ち上がる。
「きっついなぁ……」
「「「シュルル……」」」
こういう時、シフがいてくれたら……。
弱気になりそうな僕を励まして何度でも奮い立たせてくれたんだろうけど、ここにはいない。
今ある力だけで戦わなくてはならない。
「来い……!」
「ジャァァ!」
オロチの真ん中の頭が牙を剥き出しにして襲い掛かってくる。
棍棒を構え、迎え撃とうとしたその時、突然僕とオロチの間に黒い何かが割って入ってくる。
そいつは、鱗の文様が刻まれたオーラでオロチの噛みつきを正面から受け止めた。
「ユラン!?」
「———!!」
黒い鎧―――ユランは、両腕を必死に前に突き出している。
僕を守ろうとしてくれたのか!?
咄嗟にメリアを見れば、彼女は相変わらずの笑みを浮かべてこちらを見ている。
「よせ、ユラン……!」
オロチは生半可な魔物じゃない。
いくらユランの防御力が強くても、到底敵わない。
「ッぐ!」
すぐさま噛みついているオロチを引きはがすべく立ち上がろうとするが、不意に足に力が入らなくなる。
肉体強化の反動。
今になって襲い掛かってきたソレに歯噛みしながら、無理やり立ち上がる。
「うおおおお!!」
身体の痛みも何もかもを無視して、ユランへと駆け寄る。
僕を庇った所為であの子を死なせるわけにはいかない!
その思いのまま、振り上げた棍棒をユランに噛みつこうとしているオロチへ叩きつけようとしたその時―――ユランの左右から、もう二つのオロチの頭がその右肩と、左足に噛みついた。
「ジュラァァ!!」
「ギシャァァ!!」
「———ッ! ———ッ!!」
二つの頭に噛まれ、持ち上げられたユランがもがく。
しかし、その抵抗も関係なしとばかりに、二つの頭は鎧の上半身と下半身を引きちぎるように分断し、そのまま空中に放り捨てるように噛み砕いた。
「ユ……ラン?」
オロチに噛み砕かれ砕け散った鎧が僕の視界で四散する。
金属音を響かせて落ちていく鎧の残骸の中、兜が無機質な音を立てながら僕の足元へと転がってくる。
「あ、ああ……そんな、ユラン……」
「まあ、残酷。かわいそう」
メリアのそんな呑気な声にすら反応できない。
ユランの体が砕けた。
身体を分断されて、これ以上に無く残虐に。
死んだ。
僕を守るために。
まだ、この世界に生まれ落ちて少ししか経っていないのに、僕なんかのために死んでしまった。
「———貴様が」
これ以上にない怒りを籠め、オロチを睨みつける。
もう、僕の体なんてどうでもいい。
どんな代償を払ってでも、こいつを、ユランを殺したオロチを始末する。
身体の痛みを全て無視し、全力の肉体強化をつぎ込む。
「ライム、僕の動きに合わせて自由に変形しろ」
「……キュ」
「ああ、命令する余裕なんてないからな」
不定形のままのライムを右手に纏った僕は、そのまま体勢を低くさせると同時に全力で前へと飛び出す。
石畳の地面を踏み抜くほどの力でオロチの左の頭の眼前に突っ込んだ僕は、迷いなく右手の―――メリケンサックのような拳に突起が生えた形態へと変形したライムを力の限りに叩きつける。
———拳への衝撃と、腕全体の痛み。
それを無視して全力で振り切る……!
「ガギェ、グ!?」
「「ッ!?」」
牙を飛ばし、口内から血をまき散らしながら横の壁に叩きつけられる、自身の頭の一つを目にしたオロチは血に塗れながら腕を振り切った僕を、驚愕の眼差しで見る。
「一つ……」
「ギィァァ!!」
攻撃してきたのは真ん中の頭。
先ほどの余裕な面持ちから、恐怖の入り混じった形相で毒液を飛ばしてくる。
しかし、欠伸が出そうなほど遅く見える。
「遅い」
跳躍と共に天井へさかさまに着地した僕は、そのまま重力に従い落下しながら右腕のライムへと魔力を注ぎこみ―――一気に解放する。
「縛れ、“オロチ”」
右腕から伸びるオロチを模した三つ首の蛇。
それらは以前とは比べ物にならない速さと大きさ、そして強さを伴ってオロチの体へと巻き付き一時的に動きを拘束する。
「部分強化。ハクロ」
左腕を強化し、その上でハクロの風の力を纏わせた僕は、天井を蹴りオロチの右の頭の脳天に拳を叩き込む。
上から押し潰す形の一撃に、思い切り地面に叩きつけられるがそれでも気絶に至らなかったのかかろうじて起き上がろうとする―――が、駄目押しに何度も何度も殴りつける。
「……」
「ガッ、ギィ!? ギャ……!?」
ようやく右の頭が完全に意識を失ったところで、返り血に構わず最後の真ん中の頭を見る。
「これで、二つ」
「ッ!!? ギ、ギギェ!?」
意識を失った二つの頭と大きな体を引きずりながら僕を見て逃げ出そうとするオロチ。
あそこまで恐ろしかった怪物が、今や僕に恐怖している。
それに少しばかりの愉悦と、怒りを抱いた僕は左手でオロチの巨体を掴み取り、その動きを無理やり引き留める。
もう、肉体強化の痛みは身体にはない。
まるでいつもの身体で、僕自身の力を引き出しているようにすら思える気分で、逃げようともがくオロチへと静かに話しかける。
「どこに行く。逃げるなよ」
「ギッ、シャァァ……!」
「お前だけが、見逃される都合のいい話があると思うのか?」
僕が殺されかけたことは、今となってどうでもいい。
それよりも、ユランをあんな無残な形で殺したのに自分だけおとがめなしで逃げられると思っているのか?
「今まで何人の人や魔物を意味もなく殺してきた? ここにある鎧の残骸も、魔物も、オロチと恐れられるほどにまで、どれだけの命を奪ってきた?」
「ッ……!」
「お前はここで絶対に殺す。どこに逃げようと、必ずその首を断ち切る」
湧き上がる感情のままに言葉を吐き出す。
それに一切の疑問も抱かないまま、握力のみでオロチ体を引きずりだそうとすると、不意にオロチが恐怖の声を上げてこちらへ振り向いた。
「ジャ、ジャァァァ!!」
恐怖に耐えきれなかったのか、大きく口を空けて飛び掛かってくるオロチ。
僕は冷めた目でそれを見て、後ろに三歩ほど下がってそれを簡単に避け、右手を掲げライムを変形させる。
「キュゥ……!」
右手に握られていたのはこれ以上になく禍々しい形状へと変わり果てたノコギリ。
鈍器ではなく刃物ではあるが―――今の僕なら、こいつの強固な鱗を断ち切ることができる確信があった。
「ハァ!!」
両手で柄を握りしめ晒された胴体へとノコギリを叩きつける。
刃は鱗に阻まれるが、さらに両腕に魔力を送り込めることで無理やり削り取りながらオロチの表皮を切り裂く。
このまま始末する。
ユランの仇だ。
楽には殺してやるものか。
このまま苦しめて―――、
「ギュ……ァ……」
「……ッ!?」
か細い声で鳴いたオロチの声。
声に籠められた“死にたくない”という意思が嫌というほど伝わって来てしまう。
その声を間近で聞いた僕は我に返った。
いや、我に返ってしまった。
「……ぁ、ぼ、僕は……」
今まさに自分がやろうとしていた行動を自覚し、強烈な吐き気に見舞われる。
なんだ今のは、僕が……やろうとしていたのか?
笑みを浮かべながら、こんな残虐な武器でいたぶろうとしていたのか?
「楽しんでいたのか、僕は……!」
先ほどまで笑みを浮かべていた口元を押さえながら、激しい自己嫌悪に陥る。
依然として握られたままのライムが変身したノコギリは、オロチの表皮を浅く切り裂いているだけだが、当のオロチは未だに悲痛な鳴き声を上げている。
「ユラン……ごめん……ごめん……ッ!」
あまりにも悲惨な状況の中でユランを失った悲しみが押し寄せてくる。
ここでオロチを始末したとしても、ユランは戻ってこない。そもそも、この戦い自体がメリアの戯れによって引き起こされたものだ。
もうオロチも戦意を喪失させているから、これ以上戦う必要はないんだ。
「もうオロチは戦えない。これで終わ―――」
「いいえ」
そう呟きライムから手を離そうとした僕の手に、背後から白い手が重ねられる。
背筋が凍り付くような悪寒に苛まれながら横を見ると、ひどく嬉しげな様子のメリアがそこにいた。
彼女は優しくもう片方の手で僕の肩に手を回してくる。
「満点。いえ、もう満点を超えて大満点です」
「手を、離してくれ」
「お見事でした。ふふ、まだその愚図には勝てないと思っていましたが、まさか……ふふ……すみません、喜びが抑えきれなくて、ふふふ」
僕の血が手に着こうと、純白のドレスが赤く染まろうがメリアは朗らかな笑みを浮かべている。
ライムから離そうとした手が押さえつけられて、動けない。
「なにが、おかしいんだ?」
「私達、意外と似た者同士かもしれませんね」
意図の読めない行動に苛立ちを感じていると、ようやく笑みを堪えてくれたメリアが口を開く。
「このような愚図に情けをかける必要はありません」
「……っ」
「最後の仕上げをしましょうねっ」
ライムを握る手に掌を添えたメリア。
彼女は僕の方を見ると、あまりにも場にそぐわない笑みを向けてきた。
「大丈夫、私がお手伝いしますから♪」
次の瞬間、感じたのはオロチの首の一つに切り込まれている剣にかかるとてつもない力。
僕の全力の肉体強化すらも優に超える力は、あまりにも簡単にオロチの命を断ち切ろうとしていた。
……もしかしたらメリアは、別作品を含めたキャラの中で上位三人に入るくらいにやばいキャラかもしれない。




