第百二十一話
第百二十一話です。
オロチは、僕にとってトラウマ同然の存在だ。
この世界に転移され、弾き飛ばされた僕の前に最初に立ちふさがった試練。
肉体強化で自分の体がぼろぼろになるまで酷使し、ようやく逃げることができた最悪の敵は、今予期せぬ形でまた僕の前に立ちふさがった。
「頑張ってくださーい!」
この状況を誰よりも楽しんでいる少女に、泣きそうになりながら棍棒へと変形したライムを構える。
瞬間、薄暗い明かりに照らされていた僕の立っている場所に影が差す。
それを認識すると同時にその場を跳び下がると―――、
「ジャァァ!!」
先ほどまで立っていた地面にオロチの尻尾が叩きつけられる。
まともに当たれば即死とまではいかなくとも重傷を負っているほどの一撃に、冷や汗をかきながらメリアを見る。
彼女は僕の視線に気づくと、笑顔を浮かべて手を振ってくる。
「死ななければどのような怪我も治せますので、思う存分に戦ってくださいね」
「……っ、く」
もう優しいのか酷いのか分からない!
悪意が一切感じられないのが何よりも性質が悪い!!
それに、僕の素の身体能力だけじゃオロチの攻撃を避け続けることは不可能だ。
本当はあまり多用したくないけれど―――、
「使うしかない! 肉体強化!!」
僕の全身を金色の魔力が包み込む。
最初の頃と比べ確実に強さを増している肉体強化ならば、オロチとだって戦えるはずだ。
「槍!」
棍棒の先端から刃を伸ばし、槍へと変形させる。
オロチの基本的な攻撃が三つの頭による噛みつき、三つの頭による叩きつけ、尻尾の薙ぎ払い、の三パターンだ。
毒を使ってこないのは僕を殺さない命令を守っているのだろうが、それだけでも十分脅威だ。
「ジャァァァ!」
「ギギシャァァ!」
「ハクロ! 攪乱!!」
僕が切れる手札の一つ、ハクロを呼び出しながら頭の叩きつけを転がることで避ける。
立ち上がりながら、槍を強く握りしめた僕は全力の力でオロチの脳天に槍を突き刺す―――、
「ッ、硬い……!」
―――が、その硬い鱗には刃が刺さらない。
まだ僕の力じゃ貫くに至らないってことか……!
頭を振り回すようにして槍を払われ、後ろに下がった僕は歯噛みする。
「このままま諦めてたまるか……ッ!」
ここでオロチに負ければ僕はここにずっといることになる。
脱出できる可能性はあるけど、それはメリアの隙を見つけられるかどうかに賭けることになる。
最悪、年単位でかかってしまう。
……もしかしたら、ここを出られずにずっと彼女と……?
「ぜ、絶対に倒すぞぉ! ハクロ! ライムゥ!!」
「ウォォン!」
「キュゥぅー!」
脳裏に浮かんだ考えに顔を青ざめさせながら、オロチへと向かっていく。
斬撃が効かないなら、試すしかない!
「ライム! 三節棍!!」
「キュッ!」
持っていた棍棒が三節に別れて分裂し、鎖で繋がった形状へと変化する。
「扱いは難しいけど!」
双剣を扱うようにそれを両端の部分を手にした僕は、一つの頭の噛みつきをなんとかいなす。
クソッ、重いなぁ!!
「ハクロ!」
「ウォン!!」
そのまま後ろへ衝撃を逃がすように一回転しながら即座に持ちかえた三節棍にハクロを纏わせ、遠心力に任せて振り回し、オロチの横っ面へと全力で叩きつける。
「オラァッ!!」
「ギィ!?」
……! 怯んだ!?
斬撃は鱗で防御されるけど、打撃なら中に衝撃が通るのか!!
「「ジャァ!!」」
「頭一つ怯ませても意味がない!!」
突きを繰り出すように天井へと三節棍を伸ばしながらロープへと変形させる。
跳躍と共に挟み込むように繰り出してきたオロチの噛みつきを避けながら、地面へと着地する。
「一応、戦えているな……!」
「キュ!」
「弓が使えたらよかったけど、多分置いてきちゃったしなぁ……」
遠距離攻撃できる手段があれば、まだ希望が見えるけど現状は近接戦闘で活路を見つけていくしかない!
「打撃メインで、やっていくしかないか……」
一つの頭を震わせるだけじゃ駄目だ。
オロチを沈黙させるには、三つの頭を沈めていくしか手はない。
正直、無謀としか言えない試みではあるけど、これしか手がないならやるしかない……!
●
「ふふ」
初めてこの目で見るカイト様の戦い。
人間の戦いは、私達にとっては次元そのものが違うけれど、それでも彼の戦いは、非常に興味深いものがあった。
私でさえも目にしたことのない武器を操り、肉体強化でオロチと持て囃されている愚図の頭を攻撃している。
『ライムゥ! ハンマァァ!』
『キュゥ!』
「あのスライムは拾いものでしたね」
アレはまさしく私達の計画になかった特殊な個体。
……少し前に、遺跡に足を踏み込み愚図に食い殺された騎士がもっていた剣を取り込んだのだろう。
剣自体は、この私から見てもそれなりのものだったという記憶があったが―――肝心の使い手が愚図にも劣る雑魚だったためか、記憶にも残ってはいない。
「そして、精霊の搾りかす。本体が憑いていれば別でしたが、まあまあですね」
本体が憑いているならばそれなりの評価もできただろうが、そうでなければ駄目。
多少は役に立っているだろうが、それもカイト様の純魔の魔力ありきのものだ。
「力が足りないことは弱いことではありません……。術式が完成していけば……ふふ」
想像していたよりもずっといい。
本当に、他の神獣にくれてやりたくないくらいにいい。
金の純魔を持っているだけの人間ならば、傀儡にするか他の奴らにくれてやろうかと思っていたが、彼の人間性と魔物と心を通わせる素質を、あの役立たずを通して見て考えを変えざるをえなくなった。
「異世界人だからこそ、人と魔の境界をはっきりと認識していないのですね……」
なにより、異世界人というのが最高だ。
この世界の人間は、魔物・魔獣・神獣を潜在的に恐れている。
恐れがある限り、人間は神獣を理解できない。
しかし、カイト様にはそれがない。
私が神獣と知っても彼は困惑こそすれど、恐怖の感情を向けることはなかった。
生まれ落ちたその日から、いつの時代も人間から憎悪と恐怖しか向けられることのなかった私にとってはそれが何よりも心地がよかった。
「ですが、優しすぎるのがいけませんね」
貴方様は戦っている魔物にすらその優しさを向けてしまっている。
だから、あのスライムの最も効率的な戦い方をしようともしない。
「いえ、そもそもそのような考えすらないのでしょう」
私の主となるならば―――その優しさを向けるのはこの私だけでいい。
口元に指を当てながら、微笑ましい様子で必死に抗い、戦っているカイト様を見つめる。
「これは少しばかり、心を弄った方がいいかもしれません」
これも貴方様のため。
貴方様が私の主となるために、不必要なものは全て切り捨てるべき。
本当の貴方様はもっと強いはずだから……私がしっかりと、道を正して―――本当の姿にしていかないといけません。
「そのためにまずは、使い捨てにするつもりだった役立たずにもう少しだけ働いてもらいましょうか」
必死な面持ちで戦っているカイト様から沈黙したまま動かない黒い鎧へと視線を動かす。
今は強制的に眠らせているけれど、それを解いてあげましょう。
メリアのなにが性質悪いって、全てカイトのためを思っての善意の考えだということ。




