第百十九話
第百十九話。
今回はちょっと情報量が多い話かもしれません。
また、夢を見た。
フィリに触れた時のような誰かの目を通して見る景色。
場所は、薄暗い洞穴の中―――それも、地下世界とでも表現できるほどに広大な空間の中で、僕はとてつもなく大きな生物の視界を通じて、目の前の景色を見ていた。
『よぉぉっし! 私の勝ちだぁぁ!!』
眼前に立つは、いつかフィリを通して見た金髪の女性。
額から血を流し、ボロボロの身体のまま達成感に満ち溢れた表情で右拳を空高く掲げている。
『これからはもう人に迷惑かけたり、遊びで殺しちゃ駄目だからね! 約束したんだから守ってよね!!』
『———』
『え? 他の神獣の力を借りるのは卑怯? 私、人間だから許してね!』
僕の見た時とは時間が違うのか、活発な印象を受ける女性。
彼女は視界の主の大きな頭の、身の丈以上の大きさのある瞳を覗き込むと、腰に手を当て晴れやかな笑顔を浮かべる。
『そういうことでもう一つの約束通り、君は今から私の配下に入るわけだけど……まずは名前からだね。貴女の通り名、舌噛みそうだしっ!』
『———』
『とりあえず、デュラってのはどうかな? え? 嫌なの? いいと思ったんだけどなー。……じゃあ、メデュラ? リアン?』
不機嫌な唸り声を漏らす視界の主に数秒ほど唸った末に手を叩いた彼女は、人差し指を立てる。
『よし、貴女の名前は―――』
その名を聞いてから、目の前の景色から引き離されるような感覚が襲い掛かる。
思わず目を閉じてしまうと、不意に誰かが僕の額に手を置いた。
冷たい地面の上に寝かされている。
でも、頭だけは枕のような何かの上に乗せられている。
覚醒していく意識に任せ、ゆっくりと瞳を開くと―――、
「お目覚めですか?」
「え……?」
僕の視界にいたのは会った覚えのない白髪の少女であった。
リーファよりも長い髪。
特徴的な切れ長の瞳。
黒と白のドレスのような服を着ている少女になぜか膝枕をされている状況に、僕はひたすら困惑するしかなかった。
「ど、どなた……?」
「……」
少し驚いたように目を見開いた少女はすぐに笑みを浮かべる。
「メデュラリアム―――メリアと申します」
「え?」
「私の、名です」
まずはこの状況を説明してほしいのだけど、名乗られてしまった。
そもそもどうして僕はここにいるのだろうか?
眠る前の記憶があやふやだ。
「僕の名は、アリハラ・カイトです。あの、メリ―――ッ!」
その時、僕の頭に突如として夢の中でみた記憶が思い起こされる。
暗い洞窟の中で虐げられる三つ首のオロチ。
そして、苦しむオロチを怒りのままにいたぶる少女の姿。
穏やかな雰囲気こそ纏っているが、今僕の頭を膝に乗せている少女は、間違いなく夢で見た彼女であった。
思わず彼女の名前を呼びかけて口を噤んでしまうと、少女はあどけなく微笑んだ。
「あら、残念です。ようやく、名前を呼んでくれると期待していましたのに……」
「君は、夢で見た……っ、いや、僕はユランじゃない誰かに攫われて……! ここはどこなんだ!?」
ここでようやく気絶する前の記憶を思い出す。
僕は就寝前にユラン―――を乗っ取った何者かに攫われた。
周囲を見ると、異様に薄暗い廃墟の中にいるようだ。
心なしか、僕が最初に飛ばされた遺跡と似ている感じがする。
「っ」
「まだ、起きては駄目です」
すぐさま起き上がろうとすると、胸に置かれた手で元の位置に押し戻される。
女性の細腕からは想像もできないほどの腕力。
少しも抗うことのできない力に呻いている僕に、メリアと名乗った少女は傍らに置いてある見覚えのある水筒を僕に見せてくる。
『キュ、キュー!?』
「ッ、ライム!?」
「暴れないでくださると、とても助かります。私も貴方様を傷つけたくはありませんから」
口の閉じた水筒からはライムの声が聞こえる。
それをゆっくりと床に置いた彼女は、抗うのをやめた僕を見下ろして微笑んだ。
「まず最初に約束しましょう。私は、貴方様と敵対するつもりはありません、と。少しばかり手を回しはしましたが、全てはこの時のため……と、ご理解ください」
「手をまわしたって……もしかして、ユランは……」
「はい。私の一部を切り離した分身のようなものです」
メリアが正面に視線を向けると、そこには座り込んだまま動かない黒色の鎧がある。
いや、それだけじゃない。
他にも同じ形の鎧が、いくつも無造作に捨てられている。
「ご心配なく。あの子は少しばかり眠っているだけです」
「君が、ユランを操ったのか……?」
「貴方様をここに来させたくはなかったようなので、手荒にする以外に方法はありませんでした」
……。
まだ信用するべきじゃない。
どんな思惑があったにせよ、僕を無理やり攫ってきたのは間違いないのだ。
それに、フィリの時を考えればこの娘の正体は―――、
「君は、神獣なのか?」
「はい」
「……人の姿をしているけど」
見た目は少女だ。
この世界の基準からしても現実離れした容姿をしているけど、それでも人間の形をしている。
「一部の神獣は人と同じ姿になる術を持っております。あくまで人としての魂の形を現実に反映させるだけなので、見た目を変えることはできませんが……」
「そ、そうなんだ……」
「フィーリヘルトは人化は苦手なので、こうやって話すこともできません。そういう意味では、私の方が優れているといってもいいでしょう」
ちらりと、僕を見て微笑むメリア。
心なしか少し自慢げに見える。
「カイト様、私を恐れる必要はありません。そもそも、私はこの遺跡に封印されているので、ここから出ることすらできない矮小な存在なのですから」
「……」
だから、ユランを使って僕を攫わせたのか?
それで納得はいくけど、次の問題はどうして僕を連れてきたかだ。
……今のところ、敵意は感じないし、話も通じる相手だ。
ここは少し踏み込んだ質問をしてみるか。
「君が僕に近づいたのは……僕が純魔の魔力を持っているからなのか? それで、自分にかけられた封印を解いて自由になりたい……とか?」
「違います」
はっきりと、強く否定したメリアに僕は面を食らってしまう。
「今となっては純魔の魔力はどうでもいいのです。そんな段階は、もう過ぎてる」
「過ぎてる?」
僕の疑問を笑みと共に無視した彼女は、頬に手を添えながら続きの言葉を発する。
「貴方様が外道に堕ちようと、どれだけの同胞を殺めようと、力を失おうと、私は貴方様の理解者であり、心からの配下であり続けます」
「どうして、そんな……」
「そうさせる素質が貴方様に備わっているからです。最早、純魔の魔力は私にとっては貴方様を構成する一つの要素でしかない」
そう言葉にしたメリアは、僕の心臓のあたりに掌を置く。
「それほどまでに、肉体強化―――純魔転生の術式は、貴方様の魂と結びついている」
「純魔、てんしょう?」
僕の疑問の声ににこりとだけ笑みを返した彼女は、遥か遠くを見るような瞳で中空を見つめる。
それはまるで、これから先の未来を見通しているように僕には見えた。
「貴方様は、王の器。この世界にただ一人の金の純魔」
白髪の隙間から覗く紫色の光を放つ瞳が、僕を見下ろしてくる。
「人間共が恐れ、摘み取ってしまった大罪の証。そして―――魔に愛されし運命の元に生まれた者」
「ちょっと待って、そんな、いきなり王の器とか……!」
「私達、神獣は主を失い繋がりを断たれた獣に過ぎない。だからこそ、貴方様を私達の王とするべく擁立することが、私の役目なのです」
話の意味が理解できるのに全然頭が分かろうとしてくれない。
いきなり王様とかぶっ飛んだことを言われてしまったが、正直そんな前途多難なことやりたくない。
そして、なんとなくだけど、目の前の神獣は嘘をついているような気がする。
こ、断れるのか?
いやでも、話はちゃんと通じているし、幾分かまともそうな人……人? だから、きちんと訴えれば聞いてもらえるはずだ。
「こ、ことわ―――」
「ですが、それは建前です」
「……え?」
「貴方様を、他の有象無象の神獣にくれてやるつもりはありません。貴方様を強くするのも、育てるのも、私一人だけでいい」
そこでようやく僕と彼女の瞳が合う。
なにも映さず無感情に見えたその瞳には、僕の姿だけが映り込んでいた。
「セントレアルの獣風情に協力するのはこれで終わりです。私達を理解しようともせず、恐れるだけしかできない人間との繋がりなんていらない」
「僕はそんなことは……」
「貴方様の居場所はここです。既に三匹ほど神獣に近づかれているようですが、心配はいりません。私が護ります」
いつのまにか背に回された腕で上半身を無理やり起き上がらされ、抱き寄せられる。
やばい。
このままじゃ、確実にやばい。
語彙力を失うほどの危機感を抱いた僕が必死に足掻こうとするも、どれだけ力を籠めても僕の身体に回された腕は微塵も動いてはくれない。
「カイト様、お願いします。私の名を、呼んでください」
とてつもなく、それでいて僕を絶対に逃がさないという意思を表すかのように腕を回したメリア。
彼女の拘束は、僕がどれだけ足掻こうともびくともしないほどに強いが、そこに息苦しさは一切感じられない。
しかし、今の僕の状況はまさに蛇に捕まった獲物を連想させるのに十分なものであった。
??? メデュラリアム(メリア)
・人間形態は白髪の少女。
・長い間封印されており、遺跡から出ることはできない。
・一人の例外を除いて全ての生物を見下している。
楽しくなってきました。




