第百十八話
第百十八話です。
今回はイリスの視点から始まります。
朝になったら魔王軍に帰ろう。
予期せぬ形で自身の本当の父親のことを知ってしまった私は、複雑な想いに駆られながら荷物の準備をしていた。
「……はぁ」
まだ未練があるのか、思わず大きなため息をついてしまう。
そんな未練を振り払うように片付けに没頭していると、突然部屋の外から何かが騒ぐ音と、ガラスが割れる音が聞こえてきた。
「な、なんだっ!?」
あまりの音に本当にびっくりした私は、ベッドから落ちかけながらも音のした方を見る。
確実に今、何かが起きたぞ……!
まとめた荷物をベッドの下に隠したあとで扉を開くと、血相を変えたリーファがカイトの部屋に入り込む光景が見える。
「……だ、駄目だ。もうこれ以上踏み込むな……明日にはここを出ていくはずだろ……!」
どう考えても何かしらの騒ぎが起こってしまっている。
自分の性格はよく分かっているつもりなので、一度関わってしまったら後戻りできない。
「で、でも少し確認するくらいなら……」
カイト達には恩があるし、一応無事か確認するくらいはいいだろう。
というより、あれだけの音を響かせて気付いて出てこない方が怪しいので、ここは素直に確認してみよう。
もう一度、扉を開けて開きっぱなしになっているカイトの扉の入り口から中を覗き込む。
「っ!」
部屋の中は椅子やものが倒れ、窓のガラスも砕け散り酷い有様だった。
その真ん中で、シフとリーファが会話をしているのが聞こえる。
「……それで、ユランがカイトとライムを?」
「ああ、様子がおかしかったが間違いはない」
「そう……」
そう短くリーファが返事をするも、その様子は明らかに夕食で顔を会わせた時とは違っていた。
感情を表に出さず、その瞳からはとてつもない怒りが感じられたからだ。
「落ち着け、リーファ。おぬしまで暴走してどうする」
「……心配ない。まだ、抑えられる」
「すっごい音がしたけど、なにがあったの!?」
その時、私のいる入り口の前にライラとメルクさんがやってきた。
いつもの面倒くさそうな表情を浮かべたメルクさんは、部屋の様子を見ると露骨に顔を顰めた。
「ど、どどど、どうしたの!? あれ!? カイト君の部屋が滅茶苦茶だよ!? いったい、ここで何があったの!?」
寝間き着のままやってきたライラが驚きの声をあげる。
ゆらりと立ち上がったリーファは、剣呑さすらも感じさせる雰囲気のまま私とライラの方へと視線を向ける。
「シフ、説明して。……私とカイトのことを含めて」
「……いいのか?」
「ここまでの騒ぎになったら、しょうがないでしょ」
リーファの言葉に暫し口をつぐんだシフが、私達にここで起こった騒ぎと―――リーファとカイトが勇者と従者の関係にあったことを明かす。
私は表情だけ驚くそぶりを見せていたが、他の二人、ライラとメルクさんはそれほど驚いてはいなかった。
「なんとなくそうかもなー、と思ってたから驚かなかったよ」
「え?」
「知ってたぞ。普段のお前ら見てりゃ分かるだろ」
「えぇ!?」
バッと、こちらを見るリーファ。
元から知っていたなんて口が裂けても言えないので、精一杯の驚きの表情を浮かべる。
「わ、私は驚いているぞ……?」
「だ、だよね!」
まあ、普段を見ていれば分かるというメルクさんの言葉は分かる。
リーファはやけに城との関わりが多いし、ところどころボロが出そうになっている時があるし。
短い付き合いの私ですら分かるのだから、ライラとメルクさんにはバレバレだったことだろう。
「……シフ、カイトの追跡はできる?」
「可能だ。私とカイトは契約で繋がっているからな。どこにいようと―――」
「オロチの遺跡だ」
シフとリーファの会話にメルクさんが割り込む。
オロチの遺跡……たしか、この都市のそれほど遠くない地域に存在する―――危険な魔獣の住む場所。
「メルク殿、何を? ……それに、オロチの遺跡とは……」
「あの白いのが入っていた鎧は、半世紀以上前に行方不明になった上級騎士のものだ。オロチ討伐のために無謀にも、突っ込んでいった奴らの……な」
壁に背中を預け、そう語るメルクさんはどこか得体が知れない。
いや、それ以前に、オロチの討伐に向かったという上級騎士の鎧には何がいたんだ? 私が見る限り、ユランは比較的おとなしい存在だと認識していた。
「どうして、教えてくれなかったの?」
「脅威でもなかったからな。まあ……悪かった」
さすがに負い目も感じているのか、気まずそうにしたメルクさんが頭を押さえながら謝罪する。
元から攻めるつもりもなかったリーファは、小さく深呼吸をした後に、ライラの方へと顔を向ける。
「ライラ、お願いがある」
「うん?」
「城に、女王様にカイトが攫われたって伝えてきて」
「……任せて! この時間帯の城に行くのは、ちょっと怖いけど行ってくるよ!」
ドンッ、と胸を叩いて明るい笑みを浮かべたライラは、すぐさまその場を駆けだし外へと向かってしまった。
……彼女は寝間着のままだったが、あのまま城に行くつもりなのだろうか?
「シフ、カイトのいる場所はオロチのいる遺跡かもしれないけど……大丈夫?」
「我が主のためだ。そのためならば、オロチと相対する覚悟もある」
「……じゃあ、すぐに準備を済ませてくる」
そう言葉にしたリーファが自室に向かおうとする。
———私はどう動くべきか。
恐らく、リーファは私達を巻き込むつもりはない。
シフと自分だけで、オロチの遺跡に向かいカイトを救い出そうとしているようだ。
ここで連れ去られた場所がオロチの遺跡でなかったのなら、城からの援軍を待てばいいはずなのだが、あの遺跡には強力な力を持つ魔獣、三つ首のオロチがいる。
そんな中に無防備なカイトを一人にしておくわけにはいかない、と考えているのだろう。
「……」
魔王軍の幹部としての私は彼を見捨てこの件に関わらないようにするべきだと考えている。
あわよくばリーファ共々オロチに片付けてもらえるかもしれないからだ。
「だが……」
私の本心はカイトを助けにいきたいと思ってしまっている。
彼には恩があるし―――ここでの暮らしも、冒険者としての生活も素直に楽しかった。
そんな彼がユランに連れ去られ、オロチの遺跡に―――ッ!?
―――待て、なぜ彼がオロチの遺跡に連れ去られたんだ?
最初に思い浮かんだのは、彼がフィルゲン王国の襲撃の際に、神龍フィーリヘルトと心を通わせた話。
アリハラ・カイトは神聖存在と心を通わせた特異な存在だ。
彼の特別な力を手中に収めようとしている者は腐るほどいるだろう。
それも、人間・人外を問わずにだ。
元より、あの無垢な子供のような精神をしているユランがカイトを攫う時点で違和感があった。
記憶のない鎧の魔物と、思われてきたユランだが、それがもし本当に生まれたばかりの子供だとしたら、その背後にはそれを生み出し、操ることのできる存在がいるとまで仮定できる。
確たる証拠はない。
だが、仮定を現状に当てはめてゆけば、気持ち悪いほどにしっくりと嵌ってしまう。
「……隠れた、神獣の存在……」
小声でそう呟いて、身体が芯から冷める感覚に苛まれる。
もし……もしもの話、カイトをオロチが―――知性のある神獣並みの力を持つ者が狙っていたとするなら、ここで私は手を引くべきじゃない。
絶対に、知らねばならない。
「リーファ、シフ、私も行こう」
「危険だよ……?」
「そうだぞ、これから向かう先は魔獣オロチの住まう危険な場所だ」
純粋に心配してくれるリーファとシフの言葉に呻きかけながら、私は自身の本心を半分ほど引き出す。
「私もカイトを助けたいんだ。それに、そんな危険な場所に行くのなら、少しでも人手が多い方がいいだろう?」
「……ありがとう、イリス」
「礼は、彼を助けた後だな。私も準備をしてくる」
感謝の言葉を口にするリーファ。
その言葉に耐えられず、後ろを振り向いた私は胸の奥を苛む罪悪感を抱きながら、自室へと戻り装備を整えに向かうのであった。
まともそうに見えるイリスも精神的にかなり不安定で、冷静そうに見えるリーファもカイトがいなくなって激おこなので、多分シフが一番大変な立ち位置にいます。




