第百十七話
第百十七話です。
あなたの役目はなに?
その古めかしい鎧を与えてなにをするべきか、あなたは忘れてしまったのかしら?
――もぐりこむこと
そう、潜り込むこと。
あなたはそれを見事に成功させてみた。
あの忌々しい神龍に気取られることなく、あの方の元に潜り込むことができた。
最初に転んで見せたのがよかったわ。
あれであの方は警戒を解いた。
新しく作り直したのも中々に、悪くないわね。
その幼さ、無知さがよかった。
――おかあさま
おかあさまと呼ぶのはやめなさい。
厳密には違うって何度言わせたら分かるのかしら?
あなたは、私の力を切り離した、ある意味で同一の存在なのよ?
断じて、母ではないの。
――……おねえさま
……よし。
それはそうと、そろそろ計画を実行に移してもいいんじゃないかしら?
――……なに?
あの方を私の元に連れてきなさい。
それで、あなたの役目は終わりよ。
今まで長々と人間の生活に入り込んでいたようだけど、それも終わり。
――いや
……なんですって?
――いやだ
逆らおうというの?
この私に?
――なまえ、もらった。ゆらん、カイトがくれた。
たかが断片の分際で自我を持ったのね。
“名”を与えられれば、命は宿る。
生まれたばかりでまともな思考力のないあなたには、いつのまにか考える頭も、感情も芽生えていた。
それがあの方ならば、なおさら……その可能性を見誤っていたわ。
腹立たしい。
憎たらしい。
羨ましい。
私は名を呼ばれないで、あなたは呼ばれている。
嫉妬のあまり、気が狂いそう。
――カイトに、てはださせない
本当に、私に反抗するというの?
私の小指ほどの力しか分けられていないお前に?
――おねえさまのもとには、もどらない
そう、勝手にしなさい。
ただし、あなたと私は繋がっていて、そして私の方が強いことを忘れないようにね。
――……。
私は、いつでも、あなたを好きにできるんですからね。
●
リーファとシフに、イリスさんがベルセさんの娘だということを知らせた後、夜中に一人明かりのついたテーブルの前で、ひたすらに悩んでいた。
ベッドの枕もとにはシフとライムが寝ているので、声を潜めながら呻く。
「……」
イリスさんとベルセさんのこと。
余計なことをするつもりはない……けど、やっぱり考えずにはいられない。
「そして、もう一つの悩み事が……」
肉体強化。
僕の身体を変えている魔術。
シフが、恩人である女性から教えてもらった支援魔術の一つだと聞いてはいるけど、まさかそれが僕にそんな影響を与えるだなんて思いもしなかった。
他の二つは、使っていても問題はないけど、この肉体強化だけは特別に見える。
「暴走リーファか……」
頭によぎるは、嬉々として僕に噛みついて来ようとするリーファの姿。
君、もう半分くらい意識あるよね? とツッコミたくなるくらいに思い切りのいい彼女には、何度も手を焼かされたものだ。
「……ポジティブだ。ポジティブに考えろぉ……!」
もうヘンディル王国に帰ってからの日々で受け入れようと頑張って考えていた。
けれど、どうしても自分が変貌するという不安感は拭えない。
普通に怖い。
僕、どうなっちゃうの?
皆に心配させたくなくて、こういうことを考えないようにしてたけど、皆が寝静まった後はどうしても考えてしまう。
ひたすらに静かに唸っていると、僕の部屋の扉から控えめなノックが聞こえてくる。
「……リーファかな?」
この時間はいつも爆睡しているはずだけど。
首を傾げつつ、扉を少しだけ開けると、そこには見慣れた黒色の鎧が立っていた。
「ユラン? どうした?」
「……」
なにやら元気が無さげだ。
妙にしょんぼりしてるユランを部屋に招き入れると、何を思ったのか彼は突然僕に抱き着いていた。
「おぐぅ!? ほ、本当にどうした?」
いきなり抱き着いてきたユランに驚く。
というより、鎧がごつごつしたり尖っている部分があって地味に痛い。
力も強いので、頬を引き攣らせながら引きはがそうとすると、黒い鎧が震えていることに気付く。
「……ユラン、君は……怯えているのか?」
「……」
「とりあえず、ここに座って」
腕から力を抜いたユランの肩を持ち、ゆっくりとシフとライムの眠っているベッドに座らせる。
僕は先ほどまで座っていた椅子をユランの方に向きを変えながら、向かい合う。
「もしかして、怖い夢でも見たのか?」
「……」
沈黙の後に、ぎこちなく頷くユラン。
反応が遅れたから夢じゃなくて、なにかしらの思いをしたのかな?
「記憶が戻るのが怖い?」
この質問には無言。
なんとなくだけど、ユランは別のなにかを怖がっているようだ。
……セラさんのこととか?
あの人の魔物愛は、人間の僕から見ても割と怖いから分かるっちゃ分かるけど。
「怖いなら、ここにいてもいいんだよ?」
「!」
バッ、と勢いよく顔を上げるユラン。
その様子に苦笑しながら、僕は彼に話しかける。
「シフは僕の使い魔になればいいっていいそうだけど、君が今のままでいいっているなら、これまでと変わらずここに住むといい」
「……」
「もう、知らない仲でもないしね」
こく、こくこく、と勢いよく兜が取れそうな勢いでユランが首を縦に振る。
元気を取り戻してくれたようでよかった。
さて、僕もそろそろ眠くなってきたし、明日に備えて眠りたいところだけど……。
「寝る場所をどうするか……」
というより、ユランはどんな風に寝ているんだ?
前見たときみたいに座ったまま眠るのか?
「ユラン、君はどうやって眠……って、どうした?」
顔を上げてみれば、そこには糸が切れたように動かなくなってしまったユランがいた。
それに驚きながら声をかけて、次に肩をゆすろうと手を伸ばすと―――、彼はいきなり頭を抱えて苦しみだした。
「お、おい! いきなりどうした!? ユラン、大丈夫か!?」
すぐに立ち上がり駆け寄ると、ユランの鎧の節々から紫色の光が漏れ出していることに気付く。
な、なんだか分からないけどまずい気がする!
「シフ! 起きてくれ!」
「にゃ……どうしたのだ……カイト……」
「ユランが―――」
その時、僕の視界はユランの甲冑と兜の隙間から飛び出してくる白色の何かを見た。
それは真っすぐに僕の首へと飛んできて―――噛みついた。
「うぐ!?」
ちくりとした痛みと共になにかが送り込まれ、猛烈な眠気に襲われる。
な、なんだこれ、視界が歪む……酒の匂いを嗅いだ時以上に、酔っている感じがする……!
足元がおぼつかなくなり、倒れようとした僕の身体を黒色の鎧が支える。
その兜の隙間から感じる意思は、いつものユランとはかけ離れた冷たさがあった。
「ユ……ラン、じゃないな、誰だ……」
「……」
しっかりと離さないように僕を抱える黒い鎧。
微睡みの中で、この騒ぎに目を覚ましたシフとライムがベッドで僕を抱えている鎧を睨みつけているのが見える。
「ッ、カイト!? ユラン、貴様……! 何をしている!!」
「キュォォ!!」
ぴょんぴょんとベッドを跳ねたライムが怪しい光を宿した黒い鎧へと飛び掛かるが、鎧は机にある水筒を引っ張り出すと、飛び掛かってきたライムをそこに飛び込ませ蓋をしてしまう。
『キュ!?』
「ライム!? おぬしが捕まってどうするのだぁ!? あ、おい! 待て!! どこへ行くつもりだ!!」
僕を抱え、ライムが閉じ込められた水筒を肩にかけた鎧は、窓を突き破り暗闇に包まれた外へと飛び出していく。
そこまでなんとか見届けた僕は、これ以上の睡魔に抗えず呆気なく意識を落としてしまうのであった。
囚われのヒロインと化したカイトでした。
ライムはついでで捕まりました。




