第百十六話
第百十六話です。
カイトに疑われている。
私がそう感じたのは、今日の彼の様子。
どこかよそよそしく、緊張したような面持ち。
「———もしかして、バレてしまって……いるのか?」
宿の自室に戻り、ベッドに腰かけながらギルドでのカイトの不自然な反応を思い出す。
たしかに彼がなぜ戦闘系の依頼を受けないのかと踏み込んだ質問をしてしまったが、どこも怪しい部分はなかったはずだ。
いや、まさか、それで怪しまれて私の出自を探ろうとしたのか?
「わ、分からない……」
アリハラ・カイトという男は一言でいえば善性に溢れた少年だ。
基本的に人当たりも良く、話しても苛立ちも感じないし不快な思いもしない。
「……?」
がちゃり、と向かいの部屋の扉が空けられる音が聞こえる。
場所からしてリーファだろうか?
特に気にするほどでもないが、足音はその隣の、カイトの部屋へと向かっている。
「まさか、そういう関係……いや、それはないな」
普段の様子を見ていれば分かるが、リーファという少女は少し残念な部分がある。
姉のニーアと比べれば、本当にかわいい程度のものだが、私がここに住み始めてからもその残念さはいかんなく発揮されている。
見て分かるくらいにカイトに懐いてはいるのは分かるが、そこまでの関係じゃないのは分かる。
では、なんのためにリーファは彼の部屋に向かったのか?
「……聞いてみるか?」
いやでも、勝手に聞くのは悪……って、違う!
「わたしは何を考えているんだ……! 甘ったれるな! ここには偵察に来ているんだぞぅ!」
駄目だ、ここに住んでいると魔王軍にいた時の自分を忘れてしまう!
頭を振って罪悪感と甘い考えを追いやりながら、カバンから通信用の魔具を二つ取り出す。
「……これと、予備を繋いで……と」
離れた距離から連絡を取り合える魔具は、使いようによっては少し離れた相手の会話を盗聴することもできるようになる。
その場合、片方の魔具を手動で作動させなくてはならないが―――私に限っては問題はない。
先日、花屋のモニカからいただいた鉢植えに手を伸ばす。
できるだけ植えた花に触れないように、一握りだけの土を手に取る。
「造形・森の小人」
掌の土に魔力を籠めると、それが一人でに動き出し帽子を被った小さなゴーレムへと変わる。
ゴーレムを手にのせながら扉の傍に腰を下ろした私は僅かに開いた扉の隙間から、通信用の魔具を持たせたゴーレムをカイトの部屋の前へと向かわせる。
「行け」
とてとてと魔具を掲げて扉へと向かうゴーレム。
所定の位置についたところを扉の隙間から確認した私は、互いの魔具を作動させカイトの部屋で行われている会話を盗み聞きする。
『まさか、イリスさんが……』
『ああ、実はイリスさんが……そうなんだ』
「っ!」
私のことを話している。
それに心が空っぽになるような空しい気持ちになる。
覚悟していなかったわけじゃない。
ここに来た時の私は怪しいってレベルじゃなかったし、カイト達が私を魔王軍に捕まっていたと勘違いしてしまっていること自体、奇跡のようなことだったのだ。
「夢は、もう終わりだな」
もう、バレてしまったのなら私はここを去らねばならない。
できることなら、もう少しここにいたかったが、私は魔王軍でリーファは勇者だ。
決して相いれない存在だ。
そう思い、魔具を切ろうとしたその時―――、
『———イリス殿の父が、まさかな』
———シフの声に魔具を切ろうとした手が止まる。
なんだ、今の声は。
私が魔王軍だとバレたわけじゃないのか?
私の父が、どうした?
手を震わせ、もう一度魔具を耳元に当てる。
『本当に、ベルセさんがイリスさんの実の父親なの?』
「……は?」
……チチオヤ?
誰が? 誰の? 私の?
どういうこと、訳が分からない。
全く予想していない内容を聞いてしまい、私の頭は真っ白になる。
『奥さんの……ソランさんと離れ離れになって、十二年ぶりに再会したらしい』
母の名前。
ベルセとは、たしかギルド長の名前だったはずだ。
『そうか……では、君の母は今……どうしているのかな?』
脳裏に浮かぶのはぎこちない笑顔を浮かべ、面接を行う男性の姿。
私が母が既に死んでいると伝えると、彼は浮かべていた笑みを消し、ただただ呆然としていた。
それがどういうことかは分からなかったが―――今、理解できてしまった。
『死……!? 死んだって……!? それは、本当……なのか?』
『すまない、取り乱した。君にも、辛い思い出だっただろう……』
変な男だと思った。
人の家族の死に、嫌に感傷的になる男だとも思った。
奴が、私の父親? そんな都合のいい偶然があるのか?
『どうして、十二年も離れ離れだったの? 会いに行けなかったの?』
『会おうとしたけれど、会わせてもらえなかった……らしい』
悲しそうにそう口にするカイトの声に耳を澄ます。
これから先は聞くべきじゃない。
聞いてしまったら、確実に私の中のナニカが大きく変わってしまう。
しかし、それを分かっていながらも聞かずにはいられなかった。
――母と父が引き離れたのは、集落の奴らが脅したから。
——母は父が殺されるのを恐れて、私と共に集落へ戻った。
——父は母が死んだことを、私が来るまでの間知ることがなかった。
——父は十二年もの間、ずっと集落に足を運び、私と母に会おうとしていた。
愕然とした。
今まで私の中で憎悪すら抱いていた父親の姿がガラスのように砕け散っていくのを感じる。
ベルセは、私の父親だった。
正真正銘、嘘偽りのない事実。
だが、私の中に湧き上がった感情は嬉しさなどではなかった。
「あいつらッ……あの時代遅れの老いぼれ共は、どれだけ私達の人生を滅茶苦茶にすれば……!」
ずっと、迎えに来ようとしていた……!
近くに来てくれていた……!
それを、あの集落の奴らは、今の今まで私にすらも黙っていたのか……!
そして、既に私と母がいないことを父にも黙っていた!!
きっと奴らのことだ。
いない私達に会おうとするベルセを嘲笑っていたことだろう。
その悪辣さ、醜悪さに強く嫌悪する。
「——もう遅い、遅すぎた」
私は、魔王軍だ。
項垂れ、膝を抱える。
「今更、家族になんか戻れるはず……ないじゃないか」
自らの手で行ってこそはないが、作戦を立て協力した時点で私の手は血で汚れている。
それに、この胸の奥で燻ぶる憎悪が、当たり前の家族に戻ろうとすることを許さない。
「魔王軍に、戻ろう」
ベルセが実の父親だとして、どうすればいいのか。
彼は、ギルドの冒険者たちに篤い信頼を寄せられる善良な人間だ。
断じて私のような、はぐれものなんかじゃない。
『できるなら、僕は二人には元の家族に戻って欲しいなって……思う』
「……っ」
優し気なカイトの言葉。
今、それがどうしようもなく私の心を揺さぶる。
私の心が変わる前に、明日の朝にでもここを出ていこう。
瞳からとめどめなく零れ落ちる涙を強く拭った私は、未練を断ち切るように魔具を切るのであった。
本当は、迎えにきてくれるのを待っていたイリスさんでした。
やっぱり、こういう複雑な感情を描写している時が楽しい……タノシイ……。
土日の更新は休みなので、次回の更新は来週の月曜となります。




