第百十二話
第百十二話です。
想像していたのは、背中にいくつも突き刺さる痛み。
木箱が割れ、砕けた酒瓶の欠片が強烈なアルコールの匂いをまき散らしながら、アレン君を守ろうと覆いかぶさった僕に襲い掛かってくることだ。
まず、重症だろう。
とてつもなく痛いだろう。
だからこそ、僕の下にいるアレン君を押し潰してしまわないように、歯を食いしばり身体を支える両腕に力を籠めた。
「か、カイト兄ちゃん!?」
背中への衝撃。
頭、背中へと降り注ぐ強烈な酒の匂い。
しかし、痛みはない。
たった数秒の間の衝撃に、目を空けると目の前には大きく目を見開いたまま僕を見上げるアレン君の姿があった。
とりあえず、状況を把握する前に背中に積み重なった木箱と酒瓶の破片を押し返す。。
「……ふ、ん!」
瓶の破片が飛び散らないように、肉体強化を用いながら気を付けてどかす。
それと合わせて、背中と頭に触ってみるも―――服はところどころ破れたり穴が開いているが、血も出てないし怪我一つしていない。
「……肉体強化のおかげか……」
以前なら、肉体強化を使っても無傷とまではいかなかったはずだ。
明らかに効果が強くなっている。
もしかしたら、僕が力を使わない間も少しずつ強化されていっているのか?
「カイトぉ!」
シフの叫び声が聞こえる。
声のする方を見れば、馬車から飛び降りたシフが血相を変えてこちらへ来ようとしているのが見える。
「シフ、ごめん。肉体強化を―――」
「まだ倒れてくるぞ!」
「っ!?」
シフの慌てた声に積み上げられた木箱のあった方を見れば、もう一つの木箱の山が雪崩のようにこちらへ倒れているのが視界に映り込む。
しまった! 一度目を防いだからか、完全に気が緩んでしまっていた!
もう一度、肉体強化を発動しアレン君を守ろうとしたその時―――僕達と木箱の間に黒色の何かが割り込んでくる。
「ユラン!?」
「!!」
黒色の鎧、ユランは木箱に対して両腕を前に突き出した。
それだけの動作で倒れる木箱の山が止められるわけがない! と、思ったその瞬間、ユランの両手から龍の鱗に似た紫色のオーラが浮かび上がった。
「え!?」
それは、壁のように木箱を防いでしまう。
これまでに見せることのなかったユランの力。
色々と聞きたいことがあるけど、まずはアレン君の安否の確認だな。
「……アレン君、怪我はない?」
「う、うん」
「良かった……」
服についた瓶の破片を払いながら、ゆっくりと立たせた僕は一応怪我の確認をしながら、周りを見る。
元から人の通りがあったので、そこそこ注目を集めてしまったようだ。
「カイト、無事か!」
「きゅー!」
シフとライムが僕の元にやってくる。
頭から思いっきりお酒を被った僕に、やや躊躇しながら近づいてくる彼らに苦笑する。
「シフ、さっき――」
「謝るな」
僕が全てを口にする前にぴしゃりとシフがそんな言葉を口にする。
彼は、座り込んだ僕の膝に飛び乗ると、視線を合わせてくる。
「私達が主と認めた男は、あの状況で動かないような者ではない。おぬしが私に謝る理由はどこにもない」
「……ありがとう、シフ」
「うむ」
自信満々に頷くシフ。
彼の気遣いをありがたく思っていると、木箱の積まれていた建物の裏口から二人の男が飛び出してくる。
壮年の大柄な男に、二十代手前ほどの男の二人は、路地の惨状を見て言葉を失う。
「お、おい、ここで何があったんだ!? あんた、大丈夫なのか!?」
大柄な男性がこちらへ駆け寄ってくる。
恐らく、倒れてきた木箱を管理していた人なのだろう。
一応当事者なので、僕がここまでに至った経緯を説明する。
説明を聞いた大柄な男は、若い男を怒鳴りつける。
「バカ野郎!! あれほど木箱は適当に積むなって言っただろうが!! 危うく、死人が出るところだったぞ!!」
「す、すみませぇん!!」
新人さんが積んだものだったのかな?
若い男をひとしきり叱った大柄な男、店長さんは申し訳なさそうに僕の方を見る。
「すまねぇ。俺達のせいでとんだ目に合わせちまったようだ。償いは別として、とりあえず着替えを出そう」
「ありがとうございます」
よかった……。
正直、服についた酒の匂いだけで酔いそうになっていたところだんだ。
断る理由もないので、店長さんの言葉に頷きながら、僕の背に隠れているアレン君へと振り向く。
「アレン君、家は近く?」
「……うん」
「それじゃあ、送っていくよ。まだ怖いだろうし」
「あ、ありがとう! カイト兄ちゃん!」
着替えた後は、まずはアレン君を無事に家へ送り届けて、その次はここで色々と話そう。
木箱が倒れたのは僕とアレン君のせいじゃないけど、当事者として説明しなきゃならないし。
「……」
「ん?」
アレン君と話していると、やや挙動不審な様子のユランが僕に近づいてくる。
「ユラン、ありがとう。おかげで助かったよ」
「……」
「さっきの、すごくかっこよかったぞ?」
「……!」
顔? を上げて嬉しそうにこくこくと頷くユラン。
彼から話を聞くのは後だ。
今は助けてくれたユランにお礼を言おう。
●
魔王軍にいた時とは違う、人の温かさのある仕事。
それが冒険者として活動し始めた私が、まず初めに抱いた感想だ。
「呑み込みが早いわねっ! イリスさん!」
「そ、そうだろうか。まだまだ基準には達していないと思うのだが……」
花屋の店主、モニカに教えてもらった花を鉢植えに移し替える作業。
土、肥料などを鉢植えに入れて、その後に花を植える。
それだけの作業が、私にとってはどうにも難しかった。
だから、その作業の末にできたものはお世辞にも見栄えがいいものとはいえなかった。
「最初から誰でも完璧にできるものじゃないわ」
しかし、モニカはそれを笑わなかった。
魔王軍にいたロクデナシの幹部共は人の粗を探して嘲笑うウジ虫のような性根をしている頭ゴブリン以下の外道共なのだが、この街で出会った人々は悉く違っていた。
「一つ一つ、自分にできることを積み重ねて形になっていくのよ」
「積み重ね……」
「そう。完璧を求めるのは大事だけど……」
私が作った鉢植えに植えられた不格好な花。
それを優しく両手で持ち上げた彼女は、優し気な笑みを浮かべる。
「私はこういう人らしさも好きよ?」
胸が痛い。
心が張り裂けそうになる。
私は、あのロクデナシ共と同じ類の人間なのに、罪悪感を抱いてしまっている。
リーファは、あの戦いだけしか頭にないゴリラアマゾネスのニーアと比べるまでもなく、純粋で優しい子だ。
カイトは、使い魔に懐かれるのがすぐに分かるくらいに心優しく、気遣いのできる少年だ。
ライラは、明るくこんな暗くて怪しい私にも普通に話しかけてくれるいい人だ。
私はここにいていいのだろうか?
ここにいて許されるのだろうか?
このまま……魔王軍に帰らなくても、いいんじゃないのだろうか?
「そういえば、カイト君達遅いわねぇ」
「! あ、ああ、そうだな」
モニカの声に我に返る。
自分が考えていたことを自覚しとてつもない自己嫌悪に陥っていると、私とモニカのいる花屋の前にカイトが最初に花束を積んで引っ張っていった馬車が止まる。
「あ、帰ってきたみたいね」
そうモニカが呟くと、帰ってきた黒い鎧の魔物、ユランと共にカイトが店内へと入ってくる。
カイトの姿を見たモニカは、驚愕の表情を浮かべた。
「ど、どうしたの? その服」
「色々、あったんです」
げんなりとした表情のカイトは、ここを出た時とは違う服だった。
そして首にかけたエプロンは、花屋のものではない。
なにせそれは胸に“やきにく”という文字がでかでかと刺繍してあったからだ。
「えぇ……」
思い出せば、今日に至るまでにカイトは私の予想を超える行動に出たことが何度かあった。
でも、さすがにこれは突拍子もなさすぎて困惑してしまう。
やきにくエプロンを着て街を歩くお掃除テイマーカイトでした。
お肉は焼くと美味しいのだから、当然異世界にも焼肉はある……はず!




