第百十三話
第百十三話です。
イリスさんの初の依頼は無事に達成することができた。
依頼人のモニカさんも喜んでくれていたし、何よりイリスさんもまともな収入が入って嬉しそうにしていた。
その一方で僕は、今日色々とあった。
酒瓶の入った木箱に押し潰されそうになったアレン君を助けるために、封印していた肉体強化を使ってしまったり、僕を守るためにユランが謎の力を発揮したりとか。
あの後は、アレン君を家に送り届けたあとに改めて、倒れてしまった酒瓶を管理していたお店の方に事情を説明することになった。
店側の不手際で起こった事故というので、何かしらの償いはしたいと言ってきたのだけれど、僕としては今後こういうことが起こさないようにしてくれればよかった。
だけど、それで納得しなかった店長さんが酒に濡れた僕の姿を見て、店に備え付けられている魔具製のシャワーを貸してくれた。その後に従業員の服もくれたので、それを着てイリスさんの元へと帰ってきたわけだけど……。
「まさかの肉エプロンとは……。というより、この世界にも焼肉ってあったんだな……」
夜、皆での夕食を済ませた僕は昼間のことを思い出しながら、焼肉店の店長さんからいただいたエプロンを広げてなんとも複雑な気分になっていた。
「まあ、肉を焼いたらうまいのはどの世界でも同じって考えれば、おかしくないか」
「カイトの知る焼肉というのはどういうのかは分からないが、焼いた肉が美味いことには同感だぞ。味付けをすればさらに美味しさ倍増だっ!」
目を輝かせるシフ。
そんな彼に苦笑しながらいただいたエプロンを畳んだ僕は、改めてシフの方へと身体を向ける。
「シフ、僕の身体のことなんだけど」
「うむ、分かっている」
今日、肉体強化を使ってみて分かった。
間違いなく僕の肉体強化には何かが起こっている。
「カイト、おぬしの肉体強化は以前よりも強さを増している」
「僕の身体は、どうなっているの?」
「分からん。ただ、手放しで喜んでいいことではないだろう。その成長の行く末が分からない限りな」
現状はただ身体を強化するだけに留まっているけど、それから先はどうなるのかはシフにも分からない。
それが、僕にとっては怖い。
いや、意味不明に強くなっている今の状況も怖いけれど、今まで人間として生きていた自分が変わってしまうのがこれ以上になく恐ろしい。
「カイト、ハクロを呼んでくれ」
「え? どうして?」
「ハクロはおぬしの身体に取りついている存在だ。ならば、おぬしの身体の異変もある程度は把握しているかもしれないからな」
「そういうことなら。……おいで、ハクロ」
ハクロの名前を口にすると、風と共に半透明のオオカミ、ハクロがベッドの上に現れる。
ゆったりと降り立ったハクロは、僕の傍らに身体を寄せるように座り込む。
「ハクロ、おぬしは何かカイトの中で感じなかったか?」
「ウォン」
ハクロが一鳴きすると、シフはこくこくと頷く。
僕からしたら何を言っているかさっぱり分からないけど、シフの表情を見る限りあまり良い答えではないようだ。
「……こやつも、カイトの中にある異変を感じ取っているようだ」
「ハクロもか……」
ハクロのひんやりとした柔らかい毛並みを撫でつけながら、不安を押し隠した声でシフに話しかける。
「僕は、魔物になるのか?」
「かもしれん。もしくはリーファと同じ、魔人のような存在になるかもしれん」
「それは……ちょっといいかもしれないね。ははは……」
恐怖を紛らわすために、乾いた笑みをこぼす。
素の状態でリーファは僕の肉体強化と同じほどの身体能力を有しているから、それほど悪いというわけじゃない。
「いや、よくないぞ」
しかし、割とマジなトーンでシフに否定されてしまう。
「よく考えてみろ。純魔の魔力を持つおぬしが魔物の力を得るのだぞ?」
「……あっ」
「うまくいけば後にも先にも存在しない魔人が誕生するだろうが、それ以外の可能性は悲惨なものになる」
「た、例えば?」
小さな前足を口元にあてたシフは、数秒ほど考えるそぶりを見せた後に顔を上げる。
「常に暴走リーファだ」
「それは、嫌だな」
瞬間、僕の部屋の壁からドンッ! という音が鳴る。
どうやら聞き耳を立てていたリーファが壁を殴ってきたようだ。
「全く……」
ため息をつき立ち上がった僕は、すぐに隣の部屋の扉の前に移動する。
そのままノックをすると、空いた扉の隙間から不機嫌な様子のリーファが出てくるが―――、
「リーファ! 夜中に壁を殴るのはやめなさい!」
「ひぅ!?」
―――怒っているのは僕の方だということを忘れないで欲しい。
ジト目だったリーファは、びくりと身体を震わせる。
「イリスさんもライラも休んでいるんだよ?」
「……ごめんなさい……」
「話に参加したければ言えばいいのに……」
「だって……」
僕がシフと大事な話をして、話に入り込めないと思ったのか?
だとしたら、リーファを呼ばなかった僕が悪いけれど……でも、言っておくべきこともある。
「君に隠し事をするなら、わざわざ自分の部屋で話をしないよ」
「うん……」
「君が盗み聞きすることも織り込み済みだ」
「その言い方はさすがに信用なさすぎだと思う」
「どの口がいうの? この口かな?」
笑顔でリーファの頬を軽くつまむと「ふふぁぁぁ!?」と、よく分からない声を上げるリーファ。
すると、僕の後ろの扉が音を立てて開く。
そちらを見れば、寝間着ぎに着替えたイリスさんが戸惑いの表情のまま、僕とリーファを見ていた。
「か、カイト……?」
「あ、イリスさん。すみません、うるさくしてしまって」
「い、いや、それはいいんだが……何かを話していたのか?」
「ええ、まあ……でも、大した話じゃないですよ」
僕の話をイリスさんに聞かせるわけにはいかないだろう。
というか、聞かせても混乱させること間違いなしだ。
怪訝な表情のイリスさんが扉を閉めたのを確認していると、廊下にあるもう一つの扉が開かれ、暗い部屋の中から黒い鎧―――ユランが顔を出していることに気付く。
「?」
「あー、君も起こしちゃったかな?」
「!」
ふるふると首を横に振るユラン。
相変わらず部屋は暗いままなんだな……。
……そういえば、ユランにも聞きたいことがあったな。
「ユラン、ちょっと話があるから裏庭に来てもらってもいい?」
「? ……!」
首を傾げながら頷いてくれるユラン。
次に涙目で頬を押さえているリーファを見る。
「君も来る?」
「……うん、行く」
部屋で眠っているライムはハクロに任せて、僕、シフ、リーファ、ユランは宿の裏庭へと移動する。
裏庭は人気もないし、何よりそれなりにスペースもあるので秘密の話をするのにも便利だ。
「さて、ユラン。昼間のことについてだけど……分かってるよね?」
「……」
僕の質問にユランが頷く。
昼間と聞いて、事情を知らないリーファが首を傾げる。
「昼間のこと?」
「ちょっと危ない目にあってね。その時、ユランが僕を助けてくれたんだけど、僕を守る時に彼が不思議な力を使ったんだ」
腕から放出された龍の鱗のような魔力。
壁のように木箱をはじき返したソレは、普通の魔力とは異質な感じがした。
「ユラン、今から私がいくつか質問する。首を振って答えるだけでいい」
ユランが了承したのを見て、小さく息を吸ったシフが質問を投げかける。
「おぬしは生前の記憶が戻ったのか?」
首を横に振る。
「あの力がなんだか、分かっているか?」
首を横に振る。
「おぬしは自分がどのような存在か分かっているか?」
少しだけ躊躇してから、首を横に振る。
「もう一度、昼間に見せた力を扱えるか?」
ここで、ようやくユランが首を縦に振る。
それに驚いていると、ユランはすぐに両手を僕達に見せるように掲げ―――そして、紫色の龍の鱗を思わせる紋様の入った魔力を引き出した。
近くで見ると、綺麗な紋様だなぁ。
リーファも目を丸くさせながら、まじまじと鱗模様の魔力を見ている。
「蛇? 龍? 見分けがつかないけど、綺麗だね」
「うぅむ、まさか力は使えて記憶が戻っていないとはな」
魔力は、ユランの鎧の内側から放出しているようにも見える。
今の認識としては、攻撃から身を守る手段にしか見えないけれど、他に用途があるのだろうか?
「触ってみてもいいかな?」
「!」
ユランは僕に魔力を纏わせた腕を見せてくる。
それに軽く指先で触ってみると、冷たい感触が伝わってくる。
「魔力なのにひんやりしているんだな」
「え、私も触ってみたい」
僕に続いてシフとリーファが触れてみると―――バチッと静電気が走ったような音がする。
「……なんかビリッとしたんだけど」
「うむ、弾かれたな」
「え、そんなはずは……」
もう一度触れてみるも、リーファとシフとは違い普通に触れることができる。
どういうことなのだろうか?
首をひねっていると、シフが興味深そうにユランの魔力を見る。
「純魔の魔力を持つカイトは触れられるということなのか?」
「……?」
「……ああ、いや、すまない。おぬしも自分の力のことはよく分かっていないんだったな」
ユランの記憶が戻らない限り、どういう能力かは分からずじまいか。
現状、分かっているのが鱗のような文様、とてつもなく硬く、僕以外を弾いてしまうことということになる。
「難しいなぁ……」
ユランは、もう疑いようもなく悪い魔物ではないのは分かっている。
だけれど、肝心のその正体は全く分からないのがどうにももどかしくなってくる。
純魔持ちの魔人という、セルフ超強化できるやべーやつ。
普通の魔物混じりなら金以下の純魔の魔力をもらっただけでも、自我を保てず我を失い暴走します。




