第百十一話
第百十一話です。
見慣れたヘンディル王国の街並みを眺めながら、花束が積まれた荷馬車を引いていく。
綺麗なレンガ造りの家々が並び、ところどころに店が立ち並んでいるこの場所は、街の中心から端の方にある住宅街だ。
時間帯はお昼より少し前くらいなので、それなりの人も通っている。
『あら、カイト君。こんにちは』
『お、カイトじゃないか』
『今日は別の依頼なのか? 無理しないようにな』
公園広場の掃除をしていたこともあって、僕のことは知られているようで、ちょくちょく見知った人から声をかけられる。
ギルドからの報酬は少ない依頼だったけれど、これだけの人と知り合うことができたんなら、お釣りがくるくらいだ。
「この世界に来た時のことを考えると、今の自分が信じられないな」
「それは私もだ。カイトと出会う以前は、私も一人ぼっちだったからな」
「キュー!」
……そうだな、シフもライムもあの遺跡を出る前までは孤独だった。
シフは、主となる人を待ち続けて。
ライムは、自身の特異性ゆえに同族から虐げられていた。
「そう考えると、僕達も似た者同士だね」
全てはあの遺跡を出た時から始まっていた。
そう考えると、色々と感慨深いものがある。
そこまで考えて、ふと背後で荷馬車を押してくれているユランのことを思い出す。
記憶がない彼は、自分の帰る場所が分からない。
そういう意味では、彼も僕達と同じように孤独なのかもしれないな。
「ユラン。君も……自分の居場所を思い出せるといいね……」
「……」
後ろのユランにそう言うと、彼は僅かに肩を震わせながらこくりと一度だけ頷く。
……そろそろ配達先の近くだな。
「さて、教えてもらった家はこの近くなんだけど……」
モニカさんに書いてもらった地図を片手に、ゆっくりと馬車を引いていく。
あまり時間を掛けすぎると花がしなびてしまうので、できるだけ早く届けたいのだけど……。
「あ、カイト兄ちゃん!」
「ん?」
後ろからの元気いっぱいな声に振り返る。
そこには10歳くらいの男の子がこちらへ駆け寄ってきていた。
「こんなところでなにしてんのっ!」
「僕達は冒険者としての依頼をしているんだ。君はどうしたの? アレン君」
公園広場の掃除をしてくれている時、最初に掃除を手伝ってくれた子供たちの一人、アレン君。
子供たちの中で一位二位を争うくらい元気な子だ。
「ムッちゃんと遊んだ帰り! もうお昼だから!」
ムッちゃん……? ああ、ムル君のことか。
昼時だから家に帰ろうとしていたんだな。
……もしかしたら、この子なら配達先の人のことも知っているかな?
ダメ元で聞いてみるか。
「アレン君、知っていたらでいいんだけど、この人の家は分かる?」
アレン君に渡された地図と配達先にいる人の名前を教える。
すると、考えるまでもなくアレン君は道の先を指さした。
「その人の家なら、すぐ近くだよ! おれがつれて行ってやろう!」
「それじゃあ、お願いしてもいいかな?」
「まかせろー!」
楽し気な様子で僕の前に立つアレン君。
彼の歩幅に合わせながら道を進んで行くと、他の家と比べて大きな家の前へとたどり着く。
「ここだよ!」
本当に近くにあったな。
歩いて数分たらずだったけれど、アレン君が案内してくれたからこそだろう。
路地の端に荷馬車を止めた僕は、花束を受け渡すべく、大きな家の扉を叩くのであった。
●
大きな屋敷で僕達を出迎えたおばあさんは、やはり会った覚えのある人であった。
相手も僕のことを知っていたようで、花束を届けてくれたお礼に、昼食をもてなしてくれようとしてくれたが、依頼の途中ということもあり遠慮させていただくことになった。
「カイト兄ちゃんって真面目なんだね」
「はは、冒険者だからね」
「母ちゃんも、この国の冒険者は真面目でしんようできるって言ってたよ」
それはいいことだな。
花束を届けたあと、僕達は空の荷馬車を引きながらアレン君と帰り道を歩いていた。
「むぅ、荷馬車の上というのも中々だな」
「きゅ」
空と言っても、シフとライムが日向ぼっこしているけどね……。
シフはともかく、ライムは銀色のアイスが溶けているようにしか見えないのが、ちょっと怖い。
「なんだか……テイマーって、たのしそうだな」
荷馬車の上にいるシフとライムを見たアレン君がそんなことを呟く。
「皆、頼もしい僕の友達だよ。でも野生の魔物は危ないから、間違っても近づかないようにね」
「うっ、わ、分かってるよ」
一般的に魔物は危険な存在だ。
テイマーの良さを伝えるのはいいけど、それで野生の魔物に近づいちゃうこともあるから、ここはしっかりと警告しておかないとな。
不貞腐れるアレン君に苦笑していると、道端に積み上げられている木箱に気付く。
僕の身長を優に超える高さまで積み上げられた木箱が五つほど並んでいるが、やや雑に積み上げられているように見える。
「……」
やけに高く積まれているけど、大丈夫なのかな?
酒場のものなのか、木箱の中には酒瓶がぎっしりと詰め込まれており見たところ中身もしっかり入っているように見えた。
「じゃ、近くにおれんちがあるから、そろそろ帰るよ!」
「え? あ、うん。気を付けて帰るんだよ?」
「分かってるよー! じゃあね、カイト兄ちゃん!」
元気よく手を振りながら走っていくアレン君。
僕も笑みを浮かべて手を振り返したが、彼が走っていった先の―――先ほど見た木箱が今にも倒れそうになっている。
「アレン君!?」
「えっ? どうしたの、カイト兄ちゃ―――」
声をかけるも既に遅く、今まさに自分めがけて倒れてくる木箱に気付かない。
あの中身は、いくつもの酒瓶が入っている。
あんなものが頭上から落ちて来れば、怪我だけじゃ済まない。
馬車に乗っているシフとライムは?―――間に合わない。
ハクロを召喚して助け出す?———命令を与えている時間がない。
「———!」
迷いなく、肉体強化を発動させる。
これまでの間、使わないように封印してきた力が、金色の光となって四肢へと流れ込む。
「カイト!?」
シフの声を聞くと同時に、強化された脚力で前へと踏み込む。
これまでの肉体強化と隔絶するほどの力強さを伴って、今にも頭上から木箱が降りかかろうとしているアレン君へと飛び出す。
感覚が研ぎ澄まされ、周囲の動きがスローになる。
「……」
木箱が当たる前になんとかアレン君の元までたどり着く。
即座に彼をその場から助けるべく、手を伸ばしてから―――嫌な想像が頭をよぎる。
―――この力で、子供を掴んでいいのか?
奥底から湧き上がり続ける力。
だけど、こんな力で華奢な子供を抱えて、加減を間違えたら―――、
「……くっ!」
アレン君に伸ばしかけた手を止め、すぐさま彼を護るように覆いかぶさる。
今の強化された僕がアレン君を掴んだら、間違いなく潰してしまう。
なら、強化されている僕が受け止めるしかない……!
そう自分に言い聞かせながら、目をつぶった僕の背に―――強烈な衝撃が叩きつけられていく。
ここで子供を抱える選択肢を選んでいたら、どんなことがあっても絶対に忘れることができないトラウマがカイトに刻まれていました。




