第百十話
第百十話
「依頼は花屋の手伝いだ」
ギルドを出た後、イリスさんが受けた依頼の説明を受けたのだけど、その内容はちょっと意外なものだった。
「花屋か、カイトもやったことはなかったな」
「まだやったことのない部類の依頼だね」
色々な仕事の手伝いを依頼として頼まれてきたけれど、花屋関係の依頼は初めてだ。
正直、男の僕が受けにくい依頼という理由もあったし、どういう内容が俄然気になる。
「イリスさんは、花とか好きなんですか?」
「いいや? 私の魔法は土系統だから向いていると思ってな」
「そ、そうですか……」
思ったより現実的なコメントが返ってきた……。
「内容の方がこれだ」
イリスさんが依頼書の写しを見せてくれる。
歩きながらそれを受け取り、目を通して見る。
『皆にお花を届けるお手伝いさん、集まって!』
相変わらず、パンチの利いた依頼名はスルーしておくとして……。
「依頼内容は土の入れ替えに、掃除に水やり……花束の配達? 思ったより大変そうですね」
「前よりはマシだな」
「え?」
「んんっ! なんでもないぞ」
今、何か小さく呟いたような……。
すると、道を歩いている僕達の前方に鉢に植えられた花がたくさん並ぶ、おしゃれなお店が見える。
多分、あれが依頼主のいる花屋なのだろう。
「あら、いらっしゃい」
花屋の前で止まると、入り口の解放された道の中からエプロンを着た女性が出てくる。
イリスさんは、温和そうな印象の女性に自分たちが依頼で来たことを伝えると、女性は朗らかな笑みを浮かべる。
「まあ! 来てくれたんですね! それにこんなに沢山の人が来てくれるなんて、とても助かるわ!」
「よろしくお願いします」
「私はモニカ、よろしくね!」
嬉し気な様子の女性、モニカさんはイリスさんから僕とユランに視線を向けると一転して驚いたような表情を浮かべた。
「かわいい使い魔さん達に、黒い鎧さんがいるということは……貴方、もしかしてお掃除テイマーさん?」
「え、ええ。巷ではそう呼ばれているらしいですね……」
ここはあの公園広場からそう遠くない場所にあるんだったな。
お掃除テイマー、という異名については深く考えないことにしよう。
悪気でつけられた名前じゃないし。
「あの公園を綺麗にしてくれてありがとうね。あの公園には、今度はうちのお店の花を植えることになったの」
「え、そうなんですか?」
「植えたら、見に来てくれると嬉しいわ」
掃除と手入れこそしたけど、あの公園広場は基本的に緑一色だからな。
花を植えれば、かなり違って見えるだろうなぁ。
「それじゃあ、さっそく手伝ってほしい仕事があるのだけど、構わないかしら?」
「「はい」」
花屋の手伝いか。
ある意味でイリスさんと同じく、初めての依頼なので僕としても頑張らないとな。
●
花屋の手伝いをするにあたって、最初にモニカさんから三人分のエプロンを渡された。
僕、イリスさん、ユランの分のエプロンだが、鎧姿のユランにはエプロンは意外と合っていて驚いた。
始まった作業については、イリスさんが入荷した花を店先に置く鉢植えの土に移し替える作業。
僕とユランが水やりと、肥料などが詰められた袋を運んだりする力仕事をすることになった。
「ふぅ……結構大変なんだな」
「いい訓練になるぞ。これぞ、暮らしの中の修行というやつだ」
「ははは、ものは言いようだな」
水がなみなみに注がれた桶を地面に置いた僕は、額に滲んだ汗を拭う。
「ユランも疲れてない?」
「!」
僕と同じように桶を地面に置いたユランが腕を掲げて元気を表現する。
その様子を確認しながら、ライムにひしゃくの形に変形してもらった僕は、桶から花の根っこに近い土の部分にひしゃくで掬った水をかける。
「ごめん、ライム。こんな使い方して」
「キュ!」
ひしゃくとして扱っているライムからは元気な鳴き声が返ってくる。
それを聞いたシフは、僕へとライムの言葉を翻訳してくれる。
「今日は太陽も照っているし熱いからな。冷たい水に触れて楽しいらしい」
「キュー!」
「!」
ユランはもう一つある木製のひしゃくで水を掬い、それを兜と鎧の隙間から中に流し込んでいる。
食べ物のように飲んでいるわけではないようで、脚の鎧の隙間から水が零れ落ちている。
「君は鎧そのものだけど、熱とか大丈夫?」
「……!」
頑張って首を縦に振るユラン。
試しにユランの鎧に触れてみると、ハンパない熱を持っていたので、僕はすぐに手元の桶の水を掬いユランの鎧へとかける。
すぐに水が蒸発し、水蒸気が立ち上る。
「あっつ!? 一旦、日陰で休んだ方がいいんじゃ……?」
「!」
首を横に振ったユランは、おもむろに僕の手を軽く掴むと、自分から兜と鎧の隙間に引き込んでくる。
突然の行動におどろいた僕だが、すぐに手先から感じる涼しさに気付く。
「おお、ひんやりしてる……」
「亡霊だから冷気を纏っているのか? ますます不思議な生態だな」
外は卵焼きが焼けそうなほど熱いけれど、鎧の中はクーラーが効いたようにひんやりしているんだな。
感心しながら、ユランの鎧から手を抜———きだした瞬間、指先に何かが触れるのを感じた。
「ん?」
「どうした、カイト」
「なんか指先に舐められたような感覚が……」
……気のせいか。
外と中の温度の差に感覚が鈍ってしまったのだろう。
当のユランは普通にしているし。
「キュー」
「おっとごめん、手が止まってたな」
水を上げる手が止まっていたことをライムに気付かされた僕とユランは、再び花に水をあげる作業に戻る。
ふと、視線を店内へと向けると、そこにはお揃いのエプロンを着ているイリスさんとモニカさんの姿がある。
「イリスさん、もっとお花は優しく扱ってね。……そう、ええ……よくできているわ」
「こ、こうだろうか?」
「ええ、上手よ」
イリスさんは、モニカさんから指導を受けている。
ぎこちなくはあるが、着実に上手くなっているようで、イリスさんの表情もどこか楽しそうに見える。
「イリスさん、楽しそうでよかった」
「うむ、今の今まで張り詰めていたからな。まったく、どのような環境にいたのか……私達といる時でさえ、何かを恐れていたからな」
このまま普通に生活していくうちに、過去のトラウマとかを克服してくれればいいな。
そう思いながら店先の花全てに水を上げ終える。
ユランも僕と同じタイミングで終わったのか、空になった桶を見せてくれる。
「モニカさん、水やり終わりました」
「ありがとう。本当に男の人がいると助かるわ。……まだお願いしたいことがあるけど、いいかしら?」
「もちろん構いませんよ。むしろ、遠慮せずにどんどん頼んでください」
それが僕達冒険者ですから……! と、臭いセリフまでは口にはしない。
こんなこと街中で言ったら“お掃除テイマー”以外の異名がつきそうな気がするし。
「それなら、花束を送り届けてもらってもいいかしら? 少し量が多くて、私だけじゃ大変で……」
「そういうことなら、お安い御用です」
「ありがとう!」
ぱぁぁ、と表情を明るくさせたモニカさんは、裏手からやや小さめの荷馬車を引っ張り出すと、そこに注文されたであろう花束を積み始める。
一つ、二つ、三つ、どんどんと敷き詰められていく花束。
数分後には、花束は荷馬車いっぱいにいれられていた。
「えーっと、この花は……何に使うのですか?」
「注文してくれたのは私の両親の代から懇意にしてくれているお婆さんなんだけどね。お孫さんが結婚するから、そのお祝いの飾りつけにこんなに頼んでくれたの」
ご、豪快だなぁ。
大切なお孫さんのためと思えば、おかしくはないのか?
こういうことって僕の元居た世界でもあるのだろうか? 地味に、この世界と元居た世界の違いが気になる時があるな。
モニカさんから、届ける家の場所を教えてもらうと……どうやら、僕が掃除した公園広場の近くらしい。
もしかしたら、会ったことのある人かもしれないな。
「それじゃ、早速いってきます」
「あまり激しく運ばないようにね。花が痛んじゃうから」
「了解です」
荷馬車の前に立ち、取っ手を握りしめる。
「イリスさん、ここをお任せします」
「が、がんばってみる」
目の前の花と鉢植えに四苦八苦しながらもイリスさんは頷いてくれる。
その姿を確認した僕は、苦笑しながら握りしめた取っ手に力を籠める。
「じゃあ、ユラン。荷馬車の後ろから軽く押してくれ」
「!」
できるだけ勢いで進めないようにしていかなくちゃな。
ユランに後押しされ、ゆっくりと静かに馬車が動いていく。
「あまり、力をいれると壊しちゃうからな。そこも気を付けよう」
誤って肉体強化を使ったりしないように、僕はモニカさんに言われたとおりに花束を運び始めるのであった。
花をまともに植えるのも初めてで、仕事を親切に教えてもらうのも初めてなイリスさんと、鎧の中は意外と快適空間なユランでした。




