第十一話
第十一話です。
ライラに紹介され、僕が泊まることになった宿はありえないほどに安かった。
ライラ曰く『人によって額を決めてる』って話らしく、僕が払うお金が少ない理由は単純に僕がお金を持っていなさそうという理由であった。
……なんというか、事実なんだけどもなんとも悲しくなってしまった。
なにはともあれ、二階の手前の部屋に泊まることにした僕は、一階の食堂にてメルクさんが作ってくださった夕食を食べることになった。
「うむ、美味だった」
「きゅー」
食事ののせられた皿を空にさせたシフが、上機嫌に尻尾を揺らしている。
ライムは僕の魔力が食事みたいなものなので、シフの隣で彼の様子を見守っている。
「……ごちそうさまでした」
食事を終えた僕も、手を合わせる。
メルクさんの作ってくれた夕食は、予想していた以上に美味しかった。この世界のスープ以外のまともな料理を始めて食べたけれど、料理文化は元の世界と遜色がないようだ。
それどころか、僕にとって未知の食材を使っていることから、こっちの食べ物に俄然興味が湧いてきた。
「メルクさんのご飯は美味しいんだー。もう、他の人が出て行っても私だけは居座るくらいに気に入ってるの」
「お前は、はよ出ていけ」
「何と言われようが残ります。むしろ根づきます」
メルクさんは食堂のカウンターによりかかり、ライラを睨みつけている。
そんな視線を無視して、彼女は空になった食器を整理している僕に話しかけてくる。
「カイト君、明日君の魔法の系統を調べにいってみる?」
「……そういうのを調べる機械か何かがあるのか?」
「機会? いや、ギルドでいつでも調べられるよ」
あ、この世界に機械はないんだったな。
しかし……僕の魔法の系統か。この世界で生きていくには必要なものらしいし、調べておくべきだな。
「私としても気になる。カイト、明日調べてみよう」
「そうだね。また君にお世話になっちゃうけど……」
「いいのいいの、君を見ていると他人事と思えないしっ」
手を横に振ったライラは、照れくさそうに手元のコップに視線を移す。
「カイト君ほどじゃないけど、私も田舎のほうの生まれでさ。実家での生活に嫌気が差して、村を飛び出して三年くらい前にここに来たんだ」
「すごいな……」
「考えなしだっただけだけどね。でもそれで、当時は右も左も分からなかったから迷子になったりして大変だったんだ。それでも、色々な人に助けられて冒険者になれたの」
顔を上げた彼女の目は真っすぐに僕を見ていた。
「だからさ、あの時の私と今のカイト君が重なっちゃったから、放っておけなかったんだ。怪我をしている君を見つけた時も思ったけれど……君は、私以上に孤独に思えたからさ」
「……」
孤独。
その言葉を聞いて、僕はようやく自分の感情に気付いた。
シフとライムがいてくれるのは分かっている。
でも、僕が今まで暮らしていた世界も、両親も、友達も、もう会うことができないかもしれない。自分でも意図しないうちに、それを深く考えないようにしていた。
「……」
この世界で一定の立場にいることを無意識に拒んでいた。
“もしかしたら、帰れるかもしれない”
心のどこかでそう考えてしまっていたから、先のことを曖昧にしか考えられない。
「……まずは、最初の一歩を踏み出してみるか」
「カイト君?」
「どうした、カイト?」
「キュ?」
心配するように僕の顔を覗き込む一人と二匹を安心させるように笑みを浮かべる。
「決めた。僕、冒険者になるための試験、受けてみるよ」
「うぇ!? いや、それはいいと思うけれど、突然すぎじゃない!?」
「うん。今、なんとなく決断した」
僕の宣言にシフは驚きこそするが、満足げに頷く。
「なにか心境の変化があったようだな。主よ」
「……考えているだけじゃ、前には進めないからね。まずできることからやってみようかなって」
「その意気だ。だがその前に、おぬしの魔法の系統を調べることの方が先決だな。その後に、遺跡でやったような連携を復習しよう」
まだ試験をやってみると宣言しただけで、全然準備ができていないんだよな。
「おい」
そう考えていると、カウンターに肘をついて無言でこちらを見守っていたメルクさんが声をかけてきた。
少しだけビビりながら、メルクさんの方を見ると、彼女は相変わらず面倒くさそうなそぶりを見せながら外を指さした。
「訓練やら何やらで騒ぐなら、裏庭でやりな。間違っても中でやるんじゃないぞ」
「……え?」
「分かったか?」
「は、はい!」
「よし」
戸惑ったまま返事をすると、それで納得してくれたのか彼女は僕から視線を外した。
い、今のは練習する場所を提供してくれたってことでいいのかな?
怖いけれど、すごく親切な人なんだな……怖いけれど。
●
食事を終えた後、今日から住むことになった部屋のベッドに横になった僕は、無言のまま天井を見つめていた。
物らしい物が置かれていない生活感のない部屋。
泊っている人がいない間も掃除はされていたのか、目立つ汚れもなく、安心してベッドに横にはなれたけれど、未だに眠れない。
「きゅ……」
ベッドの下ではタオルにくるまれたライムが、もぞもぞと震えながら眠っている。
スライムでも睡眠はとるのかと疑問には思ったが、魔物であれど生物には変わりないので一定の睡眠はとるそうだ。
「眠れんのか。カイト」
僕の枕もとで黒猫のまま丸くなって眠っていたはずのシフが、耳元でそう語り掛けてくる。
「ああ」
「元いた世界について考えていたのか?」
「……いいや。この世界でどう生きていこうかなって」
天井を見上げながらそう口にする。
元の世界については、さんざん考えたけれど帰る方法が分からないままじゃ、いつまでも考えてもしょうがない。
「おぬしは、元の世界でも同じように考えて生きてきたのか?」
僕の言葉にシフはそんな問いかけを投げかけてきた。
元の世界で、か。
思えば、普通に生活していただけで将来に対する目標とか全然考えていなかったなぁ。
「いいや、そんなこと一度も考えずに生活してたよ」
「生きることは生物に与えられた義務だ。魔物だってそれは変わらない。おぬしは深く考えすぎだ」
ぺしりと戒めるように僕の額をシフの尻尾が叩く。
全然痛くない。
むしろ、ちょっとだけ和んだ。
「おぬしは異世界という新しい環境に入り込んだせいで、難しく考えすぎているのだ。どう生きていく、のではなく生きて、どうするのか? という目的を考えるべきだ」
「たしかに……」
目的を考える。
この世界で生きるために冒険者になり、この世界に召喚されてしまった獅子原さんの安否をたしかめる。
今の状況では、獅子原さんを探すに探せないので、この世界のことをある程度知らなければならない。
「そのために、強くならなきゃな」
「うむ。しかし、あまり張り切りすぎないようにな」
「分かってるって」
気遣ってくれる相棒に苦笑交じりにそう返していると、瞼が重くなってくる。
ようやく訪れてきた眠気に苛まれながら、僕は目を閉じるのであった。
冒険者になる過程はなるべく丁寧にいきたい(建前)
早く主人公暴れさせたい(本音)
次回の更新は本日16時を予定しております。