第百七話
第百七話です。
イリスさんの冒険者試験が行われる日。
僕はライラと共に、試験が行われるギルド裏手の訓練場へと足を運んでいた。
訓練場の客席に座った僕とライラ、そしてユランは訓練場に集まっている人々を見下ろす。
「カイト、あそこにイリス殿がいるぞ」
「あ、ホントだ」
膝の上のシフが顔を向けた方向にイリスさんと、これから試験を受けるであろう四人の人達がいる。
イリスさんは特に緊張してもない自然体だけど、他の四人は緊張した面持ちだ。
「僕の時もこんな感じだった?」
「うん。あの時のカイト君は、滅茶苦茶緊張してたね」
「そりゃするよ。試験って時点で慣れてないものだったから」
元々は学生だったわけだし。
今やその面影がないのは自覚しているけど。
「あ、そろそろ始まりそうだね」
ライラの声に訓練場へと目を向けると、ちょうど訓練場へと続くギルドの裏口が開くのが見える。
出てきたのは赤い髪の毛が印象的な女性、僕の先輩テイマーでありランクゴールドの冒険者、セラさんであった。
『はじめましてだね! 私の名はセラ、今回の試験を任された者さ!』
「セラさんかー」
「セラさんだね」
なんとも微妙な声が僕とライラの口から発せられる。
予想外ではある。
腰に手を当て、ビシッと指を立てた彼女は無駄に様になっているのだけど、どうして不安が拭えないのだろうか……。
『とりあえず、君達好きな魔物はいるかな!?』
『『『……』』』
『フッ、冗談だ。しかし今のでちょっとだけ君達への心証は微妙なものになったかな。……おっと、今のも冗談だよ?』
その不安が即座に現実になったことに、頬を引き攣らせる。
セラさんは、テイマーとしても先輩冒険者としても尊敬のできる人なんだけどなぁ。
そのまま状況を見守っていると、セラさんが今回の試験の内容は話し始める。
『今回、私が執り行う試験は単純。私に君達の特技を見せてもらうことだ』
特技……?
リックさんの時は彼との模擬戦だったけれど、セラさんは各々の特技を見せるだけでいいのかな?
「カイト君の時は、受験者全員が戦える人達だったからね。リックさんも、面倒を省くために手っ取り早い模擬戦闘を選んだんだと思うよ」
「そうだったのか……」
「まー、物凄く試験が厳しいんだけどね。今回の試験には、戦闘が得意じゃない人もいるから特技を見せるって形式の試験なんだと思う」
たしかにギルドの冒険者は戦いが強いだけで成り立つものじゃないからな……。
感心しながら訓練場の様子を見ると、既に試験に参加した一人がセラさんに魔法を見せている。
どうやら、チサトと同じ水系統の魔法だけど、彼女とは違って穏やかに水を放出しているように見える。
『———うん、水系統の魔法だね。一度に出せる水量こそ少ないけれど、応用の利くいい魔法だ』
その後、一人ずつ冷静に受験者の特技を評価していくセラさん。
しかし、四人目の受験者である少年が、必死な面持ちで炎の魔法を操ろうとしている。
歳は僕と同じか少し違うくらいだろうか?
「む、カイト。あやつ、危ういぞ。魔力の制御ができていない」
「え?」
次の瞬間、少年の手から花火のように炎が飛び散り四方へと弾けた。
魔法の暴発。
咄嗟に、水筒にいるライムに手を伸ばして対処しようとしたその時———セラさんが腰に伸ばした手から何かを取り出す姿を視界に捉えた。
『おっと』
セラさんから蛇のように素早い何かが伸ばされる。
それは生き物のように動き、周囲へはじけ飛んだ火を一瞬にして全て消し飛ばしてしまった。
『はりきりすぎるのもいいけど、もう少し落ち着いてね』
彼女の手に握られていたのは鞭。
巧みに手元に戻したそれを腰にしまった彼女は、安心させるように少年へと笑いかける。
「……すごい、まるで手足のように操ってたな」
「セラ殿は真っ当なテイマーではあるが、彼女自身も十分に戦える実力を備えているということなのだろうな……」
正直、今の服装的に鞭は憧れる。
でも、絶対自滅しかしないのは分かる。
「キュっ!」
「どうした、ライム?」
「あの鞭を覚えたらしいぞ」
「……」
僕の使い魔が優秀すぎて逆に怖い。
とりあえず、ライムを撫でながら少年の次に特技を見せる最後の受験者、イリスさんを見る。
なんだかんだで彼女の魔法を聞く機会がなかったけれど、一体どんな魔法を使うのだろうか……。
『よろしくお願い、します』
『むむ、これはまた……』
ややぎこちない敬語を口にしたイリスさんが、自らの魔法を発動させる。
すると、彼女の足元の地面に変化が起き始める。
「土の魔法?」
「……でも、ちょっと違うね」
地面が隆起し、三つの人型の土の塊が現れる。
剣を持った顔のない女性型の土くれの人形。
それらは、生きた人間ように動き、イリスさんの前に並ぶように整列する。
『造形・土人形』
彼女が指を動かせば、ゴーレムが別々に動き出し騎士のように剣を構える。
イリスさんの魔法は、土を操るもの……なのか?
「作り出したゴーレムを意のままに操れるのか。作ったゴーレムの形状で、多くのことができそうだ」
「私も土魔法の使い手は何人も見たことあるけど、ゴーレムを作る人まではいなかったね」
隊列を組んだゴーレムを、セラさんは興味深そうに見ている。
『うんうん、魔法の使い方としては複数のゴーレムを操らせて、別々の作業を行わせるとかかな?』
『はい』
『何体まで同時に操れるのかな?』
『個々の制御ができるのは6体、全体に同じ行動をさせるだけなら20体ほど操作できます』
『お、それはすごいね!』
セラさんからの評価も高そうだ。
まあ、魔法に関して素人の僕から見てもすごいと思えるんだ。
これは最初の試験も大丈夫そうだな。
「一次試験が終わったことだし、ギルドの方に戻る?」
「そうだね。イリスさんもいることだし。ユラン、行こうか」
静かにじっと試験を見ていたユランに声をかけ立ち上がる。
そのまま移動しようとすると、訓練場の方からセラさんが僕達の方へと近づいてくる。
「カイト君、少しいいかな? そこの鎧君も」
「え? ……ライラ、先にギルドに向かってもらってもいいかな?」
「分かったー」
ライラに先を行かせ、ユランと共に訓練場へと移動する。
僕を呼び出したセラさんは、ユランを一瞥しながら手を振ってくれる。
「ごめんね。呼び止めちゃって」
「いえ、構いませんよ。それよりどうしたんですか?」
「その鎧の子のことさ」
セラさんの視線がユランへと向けられる。
最初の印象が尾を引いているのか、ユランはやや怯えたように僕の背に隠れてしまう。
「その子の名前は分かったのかな?」
「まだ記憶は思い出せていないようですけど、僕はユランと呼んでいます」
「ユランか、うん、いい名前だね」
セラさんにも好評でよかった。
すると、名前を褒められて照れているユランにセラさんが歩み寄る。
「初見で私はこの子をデュラハンと呼んだけれど……やっぱり、違うね」
「ユランはなんの魔物なんでしょうか?」
「可能性があるのはリビングアーマー。人間の魂が憑りついた鎧の線だね。ちょっとごめんね」
「?」
首を傾げるユランに近づいた彼女は、おもむろにユランの頭を掴み、そのまま外してしまった。
驚き、あわてふためくユランを他所に、その鎧の中を覗き込むセラさん。
「せ、セラさん!?」
「……んー、待って、今何かいた気がした」
豪快に鎧に頭を突っ込みはじめた彼女にさすがに僕もシフも止めにかかる。
ユランもめっちゃあたふたしているし、なにより訓練場にいる冒険者たちが何事かと集まり始めたからだ。
「ユランもびっくりしていますからやめてあげてくださいっ!」
「ん? え、あ、ごめんごめん。でも、鎧の中を覗き込んでも呪われた様子はないから、リビングアーマーの線も薄いかもしれないね……」
「カイト、こやつヤバいぞ! 色々と!」
もし呪われたらどうするつもりだったのだろうか……。
というより、そういう幽霊系の魔物って呪ったりするの?
「ごめん、ユラン。少し無遠慮すぎたみたいだ」
「……」
ユランの頭から頭を引き抜いた彼女は、ぐったりとしているユランに謝る。
数秒ほどして、ゆらりと立ち上がったユランは、セラさんを見て先ほど以上に怯えながら僕の背に隠れてしまう。
「……! ……!」
「あはは、さっきよりも怖がられちゃったみたいだね。……っと、そろそろ試験の報告をしにいかなきゃならないね」
気にしていないようにからからと笑った彼女は、ギルドへ戻ろうとする。
しかし、その前に不意に僕の方へと振り返る。
「カイト君。その子、ちょーっとだけ気を付けたほうがいいかもしれない」
「え?」
「目に見える形が、本物とは限らないということだよ。カイト君」
意味深な忠告をした後、ニヒルに笑った彼女はそのままギルドへと向かっていく。
残された僕は、未だに背中に隠れるユランに苦笑しながら、足元のシフに話しかける。
「どういう意味だと思う?」
「ユランから目を離すな、ということなのだろう。少なくともデュラハンではないことは確定したが、まだまだそやつには謎が多いからな……」
「そうか……」
目に見える形が、本物だと限らない、か。
いやに心に残る言葉に、何か胸にひっかかる感覚に苛まれながら、僕はライラとイリスさんと合流すべくギルドへと向かうことにするのだった。
イリスは土系統の魔法でゴーレムを作ることを得意としています。
魔王軍内では信頼できる人も、頼れる人もいなかったので自分で作ったといった感じですね。




