第百四話
第百四話です。
デュラハンとエルフの人、イリスさんを僕達の住む宿に連れてきたその翌日の朝。
朝食後、リーファを城へと送り出した僕とライラは、未だに食堂にいた。
食堂の椅子に、やや緊張した面持ちのイリスさんが座っており、彼女の前に座っているのは、この宿の主人であるメルクさんであり、いつもの不機嫌そうな面持ちのまま腕を組んでいる。
「で、話ってなんだ?」
「しばらくの間、ここに住まわせていただきたいと……お願いしたいと思いまして……」
「金はあんのか?」
メルクさんの言葉にイリスさんは頷く。
「冒険者の、試験を受けてみようと」
今日の朝食、イリスさんが同席することになった時、彼女は僕達に冒険者について聞いてきたのだ。
しばらくヘンディル王国に滞在するので生活費を稼ぎたい彼女が選んだ手段が冒険者になることらしい。
その話を聞いた僕とライラは、彼女が冒険者になれる手伝いをすることに決めた。
ライラは僕の時と同じように親切心から。
僕は、この国に初めてきた時の自分とイリスさんを重ねたから、力になりたいと思った。
「そうだな……ある程度は腕が立つようだから、そっちの心配は無用か」
……腕が立つ、ということはイリスさんも戦えるのだろう。
なんとなく、強い感じがするのは分かっていたので、それほど驚きはなかった。
「住むなら勝手にしな。部屋は適当に選べ」
「あ、あの、宿泊料は……?」
「ん? そうだな……」
じろりとイリスさんを見るメルクさん。
これはあれか? 泊まる人の幸薄さに応じて宿泊料を決めているのだろうか?
僕の時は十五日で銅貨三枚だったし、イリスさんはどうなるのだろうか。
「十日で銅貨一枚でいい」
「え?」
ど、銅貨一枚……?
この世界の金銭の価値を理解した今となって、破格すぎる値段だ。
「マジすか、イリスさん……」
「イリス……」
僕とライラの同情するような視線をイリスさんへと向ける。
僕よりも幸薄い判定されるとか今までどんな人生歩んできたんですか……。
隣にいるデュラハンは話がよく分からないのか、おろおろしている。
「それじゃ、忙しいんで戻るぞ。詳しい話はそいつから聞け」
そう言って面倒くさそうにため息をついたメルクさんは、そのまま厨房の奥へと歩いて行ってしまった。
残されたイリスさんは、顔を青ざめさせながら僕へと振り向いた。
「わ、わわわ、私はなにか悪いことでもしてしまったのだろうか……?」
「いえ、違いますよ。メルクさんの言った通り、貴女がここに泊まるには十日で銅貨一枚でいいんです」
「嘘だ! そんな甘い話があるはずないだろう!?」
その気持ちも分かるけれど、今のイリスさんからは並々ならない気迫を感じる。
ハッ!? もしや度重なる魔王軍からの仕打ちに人間不信に……!?
「……大丈夫です。メルクさんは見た目は威圧感のある女性ですが、良い人です」
「うん、カイト君の言う通り、口も態度も基本的に悪いけれど、なんだかんだで面倒見がよくて優しい人なんだ」
地味にライラが酷いことをいっているけど、あながち否定できないんだよな……。
なんというか、第一印象は怖いけれど接していくと良さが分かってくる、不思議な人だと思う。
「ほ、本当なのか? 世間知らずの私を騙しているわけじゃないんだな?」
「ええ。信じてもいいんです」
とりあえず落ち着かせてから、ゆっくりとこの宿について説明する。
「あ、朝食と夕飯はメルクさんが作ってくれて、事前にお願いすれば昼食も作ってくれます」
「……あ、ああ、そうか。それで追加で料金を支払えばいいんだな」
「いえ、宿泊料込みなので払わなくてもいいですよ?」
「……やっぱり、私は幻覚にかかっているのではないのか?」
イリスさんが再びネガティブになる。
本当にここに来るまでにどんな仕打ちをされてきたのだろうか。
●
なんとかイリスさんを落ち着かせた後、ギルドへ出かける準備を済ませた僕は、シフ、ライム、そしてデュラハンと共に玄関へと移動する。
玄関には既にライラとイリスさんがいる。
「あれカイト君、そのデュラハン君の監視をするんじゃ?」
「今は監視というより観察だね。記憶がないらしいから、街の中をあるかせて何か思い出さないか試してみようかなって」
「そういうことなら、ギルドの依頼を受けながらやってみるといいんじゃないかな?」
……それもそうだな。
ライラの言葉に頷きながら、背後でぼんやりと佇んでいるデュラハンを見る。
昨日の時点で害意がないのは分かっているし、もしかしたら記憶を取り戻すきっかけになるかもしれない。
「僕の仕事、手伝ってみる?」
「!」
元気よく肯定してくれる。
意外と乗り気なようだ。
すると、僕の肩に跳び乗ってきたシフが話しかけてくる。
「では、名前をつけてやったらどうだ? いつまでもデュラハンでは呼びにくいだろう」
「確かに、でもいいのかな? 君には本当の名前があるはずなんだけ―――」
ど、と言い終わる前にデュラハンは勢いよく僕に詰め寄り、兜が取れそうな勢いで頷いてくる。
さ、さっきより食いつきがすごいな。
そんなに名前をつけてもらえるのが嬉しいのかな?
「でも、デュラハンか……んー、デュラってのはどうだ?」
「……」
ふるふると首を横に振られる。
どうやらお気に召さないようだ。
結構、かっこいい名前だと思ったんだけどなぁ。
ならどうしようか。
デュラハン、デュラン、ラハン、デラン、ユラン……うん。
「ユランは?」
「!!」
「おお、気に入ったようだな」
じゃあ、この子の名前はデュラハンの“ユラン”で決まりだな。
ガシャガシャと音を立てながら喜ぶユランに苦笑していると、さきほどから僕達の様子を見ていたイリスさんが興味深そうな表情で話しかけてくる。
「……感情豊かな魔物だな。君の使い魔なのか?」
「いえ、昨日。ギルドに迷い込んだ子で、テイマーの僕が預かることになったんです」
「なるほど……しかし……」
イリスさんの視線がユランへと向けられる。
「この魔物がデュラハン? 私の知るそれとは全く異なっている気がするのだが……」
「え? それは――」
「はいはーい、そろそろ出発しよう! 朝は受付が混んじゃうから!」
イリスさんに質問をしようとすると、ライラが出発を急かしてきた。
……イリスさんの話も気になるけど、まずは急いだほうがいいな。
もう一度、カバンを開いて荷物を確かめる。
「———よし、ちゃんとある」
カバンの奥にある一冊の手帳。
僕が訓練をするときに書き込んでいた日記ではあるが、それだけで使い捨てるのも勿体ないので、この際別のことに使おうと考えたのだ。
すると、僕のカバンの中身が気になったのかユランが、ずいぃ! とした動きで覗き込んでくる。
そんな子供のような動きを見せるユランに苦笑した僕は、日記帳を見やすいように手に取る。
「これは君の観察日記」
「?」
「大丈夫、変なことは書かないよ。君に危険がないことを皆に知ってもらわなくちゃならないしね」
ある意味で、今日からが大変そうではあるな。
イリスさんの冒険者試験。
デュラハン改め、ユランの観察日記。
そして、リーファが城に行きたくなくならないようにするためのサポート。
荒々しい依頼を受けなくても、僕達の日常は慌ただしいものになる。
転移直後にオロチと遭遇して死にかけたカイト……より高い不幸判定食らったイリスさん。
そして次回、観察日記。




