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閑話 誤算 / 窮地

今回は閑話となります。

二話構成となります。

 私は、人が嫌いだ。

 無責任に私の前から消えた人間の父親も、安易な考えで里に居続けた母も……嫌いだ。


『汚らわしい混ざりものが』

『誇り高い一族の恥さらしが』


 人間とエルフの混血である私を見下し、軽蔑し、虐げた里の奴らも皆嫌いだ。

 今の時代に混血は珍しくないはずなのに、里の慣習に染まり切った俗物共はひたすらに私と母を追い詰めた。

 母が死に、一人で里を抜けた後は人間に捕まり、奴隷にされかけた。

 逃げて、逃げて逃げたその先で、ふと、自分の今まで歩いてきたどうしようもない人生を振り返った私は―――


「……」


 嫌な夢を見て、目が覚める。

 柔らかい布団に横になったのはいつぶりだろうか。

 心地よい感覚に身を任せ、再び微睡みの中に入り込もうとしたその時、私はふと我に返り、現在自分が置かれている状況と、気絶する前に何があったのかを思い出した。


「……や、やってしまったぁぁぁ……! うわぁぁぁあ……」


 ベッドの上で頭を抱えて、枕に顔を押し付ける。

 ここまでに至る経緯が酷すぎた。

 久しぶり、というか初めての休養で我ながら高揚していたのか、肝心の金銭の有無を考えていなかった私は、ヘンディル王国に入るなり所持金不足という深刻な問題を抱えることになってしまった。


「よ、よりにもよって、勇者に助けられるなんて……!」


 あまりの空腹に気絶してしまった私が次に目覚めたのは、覚えのない部屋のベッドの上。

 そこで出会ったニーアと瓜二つの黒髪の獣人の少女と、優し気な印象の少年に助けられたのだが、そこからが問題だった。


「なにがどうして、純魔持ちとニーアの妹の世話になってしまっているんだ私はぁぁぁ……!」


 しかもニーアの妹だ。

 普通にいい子だった。

 いっそのこと、交換してほしいくらいに素直そうだった。

 いや、違うそうじゃない。

 正直、久しぶりに優しい言葉をかけられ涙もろくなってしまったし、久しぶりに食べた調理された食べ物に感動してしまったのは事実だ。


「いや、待て。これは……好機なのでは?」


 ここまでに至る経緯は事故のようなものだが、今の状況はある意味で都合がいい。

 本来なら距離を置いたまま確認するはずだった、ニーアの妹と純魔の魔力を持つ少年、アリハラ・カイトの偵察。

 彼らに身分を隠した上で、近づくのもよさそうだ。


「……」


 その時、私の脳裏に、行き倒れた私に親切にしてくれた二人の姿がよぎる。

 私を含めてろくでなし共しかいない魔王軍では考えられないほどの善性に満ち溢れた彼らに、決して小さくない罪悪感を抱く。


「……情に絆されるな。この道を選んだのは、私だろう……」


 自分に言い聞かせるようにそう呟きながら、思考を切り替える。

 偵察とはいうが、それをするにもまだまだ問題がある。

 まず私が無一文だということだ。


「なにか、金策を考えなくては……」


 それについても考えなくてはならないが、今は柔らかいベッドの魔力に抗えないので、睡魔に任せてこのまま眠ることにしよう。

 そう言い訳しながら、私は再び目をつぶるのだった。




「ニーア様! こちらの方はどうすればいいですか!?」

「ニーア様! 魔物が暴れ出しています!」

「ニーア様! 部隊の編制指示をお願いします!」


 地獄だ。

 常に私の名前が呼ばれ、その後ろには決まって仕事の内容が叫ばれる。

 もうイリスがいなくなった数日間がずっとこの有様だ。

 正直、気持ち的に黒の冒険者と戦っていた時より辛いし、楽しくない。


「い、イリス、助けて……たすけて……」


 洞窟の奥に設置されたテーブルに椅子にランタン。

 その上にこれでもかと乗せられた魔王軍の各幹部の所有する勢力、魔物のデータに目を通しながら、各人員に連絡を送っていく。


「カリーナ、君達の部隊表が遅れてるけれどどうしているかな?」


 その中で報告の遅れている魔王軍幹部の一人、カリーナへと魔具での連絡を繋ぐ。

 魔具を通して、やや間延びした声が聞こえてくる。


『あ、ごめーん。さっき、返り血を拭う時に間違って使っちゃった♪』

「……は?」

『新しいの送ってね♪』

「は?」

『頼むわね♪』


 私の返答を待たずに切られる魔具。

 暫しの沈黙の後に、私の中で何かが切れた。


「ぶっ殺すぞ、このアバズレェ!」


 怒りのまま魔具をテーブルに叩きつける。

 駄目だ、落ち着け。

 まだこんなものは序の口だ。

 深呼吸をして気分を落ち着けた私は、次にハムガルド王国を壊滅させた幹部、プレガスへと繋ぐ。

 こいつも報告が遅れている。


『あ、はいもしもーし』

「プレガス。以前の侵略で部隊に出た損害を報告してほしいんだけど」

『いやいや、聞いちゃう? そんなもの聞くまでもないでしょー。ボクの部隊の損害は0だよ、0!』


 耳元で癪に障る声を発する男か女かよくわからない声。

 思わず魔具を素手で潰しかけるが、理性を以てして押さえる。


「いや、それは分からないから、しっかりと報告を―――」

『おや? おやおやおや、その声はイリスじゃないね。もしかしてニーアかい? 黒の冒険者にボコボコにやられたニーアちゃんじゃないかぁ! もう傷は大丈夫なの!? ねぇ!』

「……。ああ、ええ、怪我は大丈夫だよ」


 私は強い。

 心が強い。

 この程度の挑発に乗せられない強い女だ。


『それは良かった! ボクが一番の成果を上げている間に、君が怪我をしていたことを心配していたんだよ! いや本当さ!』

「そうかい? 心配かけてごめんね」

『いやいや、謝ることはない。君には荷が重い任務だったんだ! ボクは運よく侵略を成功させたけれど、君は気に病まなくてもいいんだ! だって、相手が黒の冒険者じゃしょうがない! うん、ボコボコにされるのもしょうがないよね!』

「そうだね」

『じゃ! 報告書はすぐに出すから、よろしくねー!』


 ぶつり、と連絡が途切れる。

 そのまま無言で立ち上がった私は、壁際に立てかけられている双剣を装備しながら外へ向かおうとする。

 すると、イリスの部下を務める兵士が資料片手に声をかけてくる。


「ニーア様、どこかに向かわれるのですか? まだまだイリス様のお仕事は大量にありますが」

「大丈夫、一時間で戻ってくるから」

「はい?」


 私はこれ以上に無い笑顔を兵士へと向ける。


「ちょっとプレガスを三枚に卸してくるだけだから」

「……皆! ニーア様がご乱心だ! 全員で押さえろぉぉぉ!!」

「「「うおおおおお!!」」」

「離せぇ!! 幹部の一人や二人消えても穴埋めはできるだろ!」


 あいつだけはこの私自らぶっ殺さなきゃ気が済まない!

 離せ! 私にッ、あいつを斬りにいかせろぉぉぉ!!


 結局、奴の挑発のせいで暴走しかけていた私は、その場と洞窟の周囲にいた数十人の兵士に抑えられ、また作業に戻る羽目になってしまった。

 もう精神的にも肉体的にも疲労しながらひたすらに作業に追われ続けていると、ある専用の魔具が紫色の光を発し始めた。

 これは―――幹部用のものではない、魔王が連絡と魔具を送り込んでくる特殊なものだ。

 すぐにそれに手を伸ばすと、魔具の表面に黒づくめの何者かの姿が映り込む。


「ま、魔王ッ……様!」

『———』


 慌てて、敬称をつける私に反応を示さない魔王。

 そのまま無言と共に送られてきたのは、気味の悪いデザインをした魔具と、文だけであった。


「……なんだ、これ」


 魔王からの通信が途絶えたことに気付きながら、二つ折りの文を開くと、そこに短い一文が記してあった。


“作業が遅れている。さっさとしろ”


「魔王死ねぇ!」


 無駄に綺麗な文字で記された文を地面へと叩きつけ、怒りのままに踏みつける。

 ただ指示だして放置ってどういうことだこの野郎!

 この魔具の用途すらも説明なしか!?

 あまりにも魔王と幹部勢がやばすぎる。

 イリス、ずっとこんなクソみたいな場所で生きてたの!?

 やばくない!? これもう侵略始まる前に、魔王軍滅ぶよ!?


「うわぁぁぁん、イリスぅぅぅぅ! 助けてぇぇぇ!」


 いつもなら絶対にしない情けない悲鳴を叫びながら、私は遠い場所で休息を楽しんでいるであろうイリスに助けを求めるのであった。


本編とは関係なく心が折れかけるニーアでした。

そして、個性豊かな魔王軍幹部たちよ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なんだかんだ言って真面目に仕事できるの草
[一言] 流石魔王軍、ブラックだ。(小並感)
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