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第百二話

第百二話です。

 城での勉強は予想通りに大変だった。

 礼儀作法とか言葉遣いとか、あとは“しゅくじょ”らしい振る舞いを心掛けよとか、口を酸っぱくして言われたりした。

 というより、私の先生として雇われた人は、カイトみたいに叱ってくるお婆さんだった。

 カイトの怒り方は苦手だ。

 私のことを考えている分普通に怒られるより、精神的にくるし。

 もう一日に何度怒鳴られたか分からないくらい、怒鳴られて精神的にふらふらになりながら、城を出てカイト達の待つ宿へと帰る道を歩く。


「おなかすいた」


 昼食を用意してもらった一環で礼儀作法の練習をしたけれど、ほんの一食分しか食べられなかった。

 なので、無茶苦茶お腹が空いている。

 帰ったら、メルクさんのおいしいご飯を食べよう。

 そう思い街の中を歩いていると、何やら目の前に数人の人だかりができていることに気付く。


「ん? なんだろ」


 気になって近づいてみると、そこには倒れている一人の女性と、彼女を心配そうな様子で見下ろしている街の人がいる。

 あの人、以前果樹園のレイニークロウを追い払う依頼をした人だ。


「どうしたの?」

「あ、前に依頼を受けてくれた……。それが、この人、さっきうちのお店で果物を買おうとしたら、いきなり倒れちゃって……」

「倒れた?」


 しゃがみこんで顔色を窺うと、ややげっそりしている。

 まず目が向かうのは、その特徴的な長い耳。

 恐らく、エルフだろうけど……もしかして、お腹が空いて倒れちゃったのかな?


「も、もしかしたら怪我や病気なんじゃ……お、おお、お医者様か、治癒魔法使い様をお呼びしましょうか?」

「うん、それだったら私が―――」


 その時、ぐぅぅぅ、とどこからか音が鳴った。

 とりあえず後ろを振り向くと、店員の女性が真っ赤な顔をしながら首を横に振る。

 なるほど、これは目の前のエルフの人のお腹の音か。


「じゃあ、お腹が空いてただけ?」

「かもしれませんね……。あ、自分の持ち物を見て絶望したような顔をしていましたし……」


 そうか、お腹が減ると辛いもんね。

 多分、はるばるヘンディル王国に来て何かしらの理由でお金がなかったのだろう。

 ここで置いていくのは簡単だけど、私はヘンディル王国で選ばれた勇者だ。

 なら、人のために。

 今を苦しんでいる人のために行動するべきだろう。


「よし、私が連れてく」

「え、いいんですか?」

「それが、役目だから」


 エルフの人を肩で担ぐように持ち上げながら、少し汚れた彼女のカバンを肩にかける。

 私よりも身長が高いのに、ここまで軽いということは、もしかしたら長い間まともなものを食べていなかったのかもしれない。


「困ってる人は見逃せない」


 とりあえず、宿に連れて行って美味しいものを食べさせてあげよう。

 もしかしたら、カイトには怒られちゃうかもしれないけど、今の行動に後悔も何もない。



「と、いうわけ」


 宿の一室。

 エルフの女性をベッドに寝かせたリーファは、僕にここまでの顛末を説明してくれた。

 うん、まあ、そうだね。


「成長したなぁ……」

「もっと褒めろ。私は褒めて伸びる。もっと頑張って伸ばして」


 なぜに上げた評価を落としにいくのか。

 とりあえず、僕の方に起こったことも説明しておく。


「カイトの方も色々あったんだね。……あれ? シフとライムは?」

「あの子達は、別室にいるデュラハンに色々教えているところだよ」

「あっ、そうなんだ」


 素直な性格をしているし、今のところは見た目以外は危険と判断する要素がない。


「でも、この人はどうするんだ?」

「そのまま放っておくこともできないし、助けてあげることはできないかな?」

「うーん、そう簡単には言うけど……」


 まずはこの人が目覚めるのを待ってからだな。

 倒れてから時間が経っているし、そろそろ目が覚めるはずなんだけど……。

 そう思って彼女が起きるか確認していると、この部屋の扉が開け放たれ、湯気の立つ皿とスプーンののせられたおぼんを持ったメルクさんが入ってくる。


「おい、そいつの飯持ってきたぞ」

「ありがとうございます」


 メルクさんからおぼんを受け取ると、皿にはスープがあった。

 野菜スープだろうか?

 リーファがそれを覗き込むと、首を傾げながらメルクさんを見る。


「え、これで足りるの? お肉とかいれないの?」

「アホか。腹減って倒れた奴にんなもん食わせたら、死ぬぞ。まずは消化のいいもんから食わせるんだよ」

「そうなんだ……」


 そうなのか……。

 リーファと同じように驚いた僕を見て、大きなため息をついたメルクさんはそのまま部屋から出ていく。


「冷めたら、言え。新しいのを持ってくる」


 そうぶっきらぼうに言い放ったメルクさんに、なんともいえない表情になりながらスープのいれられたお皿のあるおぼんをベッドの傍のテーブルへと置く。

 すると、ベッドで寝ているエルフの女性が目を覚ましたのか、身体をみじろぎさせた。

 それに気づいたのか、リーファがベッドの傍らに近づく。


「こ、ここは……」

「目が覚めた?」

「……っ!?」


 リーファの顔を見た女性は、跳ね起きるようにベッドから起き上がり、壁際へと後ずさった。

 突然の行動に僕もリーファも唖然とする。


「も、もう手が足りなくなったのか!? 私にまたやらせるつもりなのか……!?」

「え? え?」

「い、いやだ! あそこには戻りたくない! ッ、うぐぐ……」


 そこで、ぐぅぅ、とお腹のなる音が決して広くない部屋の中に響く。

 気まずい沈黙。

 せめてもと、僕は視線を逸らして聞いていない体を保つ。

 動揺しながらもリーファは傍らのテーブルに置いてあるスープを彼女へと差し出した。


「お腹、空いてるなら……」

「す、すまない……」


 顔を真っ赤にさせた女性は、俯きながら湯気の立つお皿とスプーンを手に取るのだった。



 エルフの女性の名はイリスさんというらしい。

 遠いエルフ族の集落から一人でヘンディル王国やってきた旅人らしく、大陸の遺跡などを見て回ることを生業としているとのこと。

 行き倒れていた理由については、旅の最中にお金を盗まれてしまったらしく、それで無一文になった彼女はヘンディル王国についたものの食べ物が買えず、その末に倒れてしまったらしい。

 涙ながらにスープを飲み、落ち着きを取り戻した彼女―――イリスさんの話を聞いた、リーファは確認するような声で話しかける。


「あの、初対面だよね?」

「すまない。気が動転していたんだ……。まさか、君のような優しい少女と、奴を間違えるなんて……本当にすまない」

「ううん、気にしないで。それより、身体の具合はどう?」


 僕とリーファは、あえて彼女が起きた時の錯乱した理由は聞かないようにしていた。

『私にまたやらせるつもりなのか!?』

『いやだ! あそこには戻りたくない!!』

 これだけで彼女が何かしらの場所から逃げ出してきたのは分かる。

 そして、リーファの顔を見て取り乱した。

 これから導き出せる推測は―――、


「リーファ」

「うん、もしかしたら、この人は姉さんに……」


 魔王軍に捕まっていたところを、逃げ延びた人かもしれないということになる。

 その結論に至った時、イリスさんに背を向けて話しているリーファが苦渋の表情で拳を握りしめる。


「ついに外道に堕ちたんだね……見損なった……ッ!」

「ああ、まさかそこまでやる人だったなんて……ッ! 許せないな……ッ!」


 初めて戦った時は、戦いが大好きでハクロを無理やり隷属させたりする、自己中心的な人だと思ったけれど、まさか人を攫って酷い目に遭わせているだなんて……。

 改めて魔王軍は危険な存在だと思い知らされてしまう。


「ど、どうかしたのか?」

「いえ、なんでもありません。スープのおかわりは持ってきますか? ゆっくりしてもらって構いませんから」

「あ、ありがとう……」


 すると、不意にイリスさんが目元を覆うように拭う。

 一瞬、見えたのは彼女の瞳から零れ落ちた涙。

 突然、泣きだした彼女に僕とリーファがあたふたとしていると、涙を拭った彼女が弱々しく微笑んだ。


「いや、ここまで人に優しくされたのは、とても久しぶりな気がしたから……ありがとう」

「「……」」


 おのれ魔王軍……ッ!

 おのれ、ニーアァ……ッ!

 僕とリーファの中で魔王軍に対する怒りが三段階ぐらい上がった。


「今更だが、名前を……聞かせてもらってもいいだろうか。さすがに、命の恩人の名を知らないのは失礼だからな……」


 ややぎこちない様子で尋ねてくるイリスさんに、僕とリーファは苦笑しながら頷く。

 そういえば、僕達も自己紹介をしていなかった。

 驚きの連続で、する暇がなかったな。


「私は、リーファ・ウルガル」

「……ん?」


 リーファの名乗りに耳を疑うような反応をするイリスさん。


「すまない、よく聞こえなかったようだ。もう一度、名前を教えてもらっても?」

「? リーファ、リーファ・ウルガルだよ。あ、獣人に見えるかもしれないけど、私は人間だよ」

「……」


 人形のように固まってしまう彼女に、首を傾げる僕とリーファだが、そんな僕達の元に扉からシフとライムがやってくる。


「おお、目が覚めたのか。カイト、デュラハンは部屋で大人しくしているぞ」

「キュ、キュー」

「うん、お疲れ様。シフ、ライム」


 僕の膝に飛び乗ってきたシフとライムを撫でつけながら、ぽかんと口を空けているイリスさんに向き直る。

 きっと、僕の使い魔たちにびっくりしているのだろう。

 そのついでに自己紹介も済ませちゃおうか。


「僕はカイト。アリハラ・カイトです。この子達は、僕の使い魔のシフと―――」

「……」

「ん? イリスさん?」


 前触れもなくベッドに倒れたイリスさんに声をかけるも反応はない。

 寝てしまったのだろうか?

 リーファが彼女の様子を見ると、いぶかしげな様子で僕を見上げてくる。


「……気絶してる。カイト、何したの?」

「待って、まず僕が何かをした前提で話すのはやめてくれないかな?」


 それはいくらなんでも濡れ衣過ぎる。


ニーアとかいう人を捕えて酷い目に合わすド外道ゴリラを許してはいけない(印象操作)



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