第百一話
第百一話です。
気まずい沈黙がギルドを支配する。
混乱しながら、手探りで床に転がった兜を探そうとする首無しの鎧、デュラハン。
テイマーを連れているでもない、この場に現れたこともない魔物の出現に警戒するしかない相手のはずなのだけど、こんな光景を見せられると張り詰めていた空気が霧散する。
「なんなんだ、あいつは」
「うーむ、この王国にはデュラハンは確認されていないはずだけど、どこから湧いて出てきたのかな?」
リックさんもセラさんもデュラハンの行動に呆気に取られている。
僕は、床を必死に張って兜を探しているデュラハンが、どういうわけか放っておけないように見えた。
「ちょっと、行ってきます」
「え? 行くって、あのデュラハンのところにかな?」
「はい」
セラさんの言葉に頷くと、帽子に変形していたシフが僕の肩に跳び乗ってくる。
「用心はしておけよ。ライム、いつでもカイトを守れるように構えておけ」
「キュ!」
ライムが籠手の姿で僕の右腕にとりついたのを確認しながら、できるだけゆっくりとした歩調でデュラハンへと近づく。
周りの冒険者も迂闊に近づこうとしないのか、デュラハンに接近する僕に視線を向けてくる。
『か、彼はテイマーの……』
『まともな方のテイマーの子だ……』
『彼がやってくれるのか』
囁き声を耳にしないようにしながら、床に落ちている兜を拾い上げる。
中身は入っていない。
ただの空洞、何年前のものか分からないけど、とてつもない年季のはいった代物だということだけ分かる。
それを抱えるように持った僕はデュラハンの元へと歩み寄る。
「あの、これ……」
「!」
できるだけゆっくりと差し出してみる。
すると、デュラハンは僕の顔と手元の兜を交互に見るように胸を逸らせながら、恐る恐る手を伸ばしてくる。
『……』
その場にいる全ての人が固唾を飲んで見守る中、デュラハンの伸ばした手が兜に届く。
『おお!』
謎の歓声。
それに構わず、ずしり、と兜を手に持ったデュラハンは元あった場所にそれを戻す。
その後、先ほどの様子など微塵も感じさせないような雰囲気と共に立ち上がり、恭しく一礼してくれる。
嬉し気な様子で僕の手を取り、ぶんぶんと振ってくるデュラハン。
いきなり手を掴まれた驚きはあったけれど———、
「いや、あのさ……」
「?」
「頭、前後逆だよ?」
「!?」
頭の向きが前後逆であった。
慌てて頭の前後を治そうとするデュラハン、てんぱりながら外した兜を落としかけている彼? を見て僕は先ほどまで感じていた緊張を解き、肩の力を抜く。
こちらを伺っている冒険者たちに手を翻し害がないことを伝えておく。
「悪い魔物じゃなさそうだね?」
「うむ、しかし、どこから紛れ込んだのか……」
シフも検討がつかないようだ。
近くで見れば、鎧はところどころ罅割れ、表面は何か強烈な力で叩きつけられたように凹んでいる箇所がある。
「デュラハンか。珍しいね」
「うわっ!」
いつのまにか近くに来ていたのか、セラさんが僕のすぐ隣からデュラハンの様子を伺っていた。
彼女は好奇心に満ちた目でデュラハンの鎧を観察している。
「ふむ、これはヘンディル王国の鎧だね。それも古い……二世代ほどまでのものだ」
「博識なんですね」
「そうでもない。ただ魔物関係の歴史を漁るのが趣味なだけさ」
そこまでいくと最早、魔物博士なのでは?
そもそもの熱意がすごい。
「ん? これは、かなり上級騎士の鎧だな。……はて、見覚えがあるんだが、どこのものだったか……。もっと近くで見て見なくては……」
そう言ってじりじりとデュラハンに音もなく近づいていくセラさん。
その様子にようやく気付いたのか、しっかりと頭を取り付けたデュラハンはびくりと身体を震わすと、僕の背に隠れるように移動してくる。
「おっとと……セラさん、怖がってますから……」
「はは、すまないね。害意がないのは確かなようだけど、迷い込んだようにも見えない。さて……君は、どうしてここに来たのかな?」
セラさんが僕の後ろを覗き込むようにしながら、デュラハンに問いかける。
対して、デュラハンは一瞬の逡巡の後に首を横に振るだけだった。
「記憶の欠落? だとすれば、憎悪でこの世に生まれるデュラハンらしくないのも頷ける。あてどもなく生前の未練のあった王国へ足を運び、ここにたどり着いたと考えれば辻褄は合うけれど……うぅん」
「セラさん?」
顎に手を当て、にやりと笑みを浮かべながら何かを呟くセラさん。
その様子にやや引いていると、彼女は僕へと視線を向けてきた。
「ちょっとそのデュラハンのことを調べてみようか」
「調べるって……」
「野生の魔物が国に入り込むなんて結構なことだからね。不吉な前兆の可能性もあるし、この件は慎重にことを進めなければならないかもしれない。……あの魔王軍の襲撃の後だからね」
「そう、ですね」
たとえ、そうじゃなくても未然に防げるように対策はしておくべきだ。
「デュラハンの監視の方は君に任せてもいいかな?」
「え、僕がですか?」
「魔物と仲良くなるのは、私達テイマーの領分だからね。私が怖がられている以上、君がデュラハンを見てもらわなくちゃならない。それとも、檻に閉じ込めて見張る方がいいかな?」
後ろにいるデュラハンを見る。
見たところ、武器は持っていない。
鎧もボロボロだし、少しの衝撃で崩れそうなほど脆そうだ。
……悪いこともしてないのに、閉じ込めるようなことはしたくないな。
「シフ、いいかな?」
「むぅ、得体が知れないが……まあ、今の様子を見る限りさほど脅威ではないだろう。だが、いざとなれば……分かっているな?」
「……もちろん」
この王国内で人を傷つけるようなことがあったら、僕が責任をもって対処する。
……いや、覚悟を決める前にデュラハンの意思を確認しておこう、もしかしたらこのまま元居た場所に帰りたいかもしれないし。
「えーっと、僕が君のことを監視することになったけど……どうかな?」
監視するからなんなんだ、的な反応をされるかと思ったけど、当のデュラハンはぶんぶんと頭を振る。
どうやら、それでもいいようだ。
というより、僕の身長よりも大きな鎧なのに、迷子の子犬を相手にしているようだ……あっ、迷子の子犬なんて遭遇したことないんだけどね。
●
あの後、ギルド長のベルセさんに事情を説明したあとに、僕は迷子のデュラハンを連れてメルクさんが経営する宿へと帰っていた。
使い魔にしようとしているわけではないが、デュラハンは一応監視対象だ。
一番近くで監視できるようにすればいいと思い、結構安易な気持ちで連れて行ってしまったが―――、
「元居た場所に帰してこい」
「そんなっ!?」
玄関に仁王立ちしたメルクさんが、デュラハンを見るなりそんなことを言ってきた。
背中を小さくさせ、座り込むデュラハンを庇いながら、僕は必死な面持ちで訴える。
「で、でも、この子帰る場所が分からないんですよっ!」
「どこに置いとくつもりだ。お前の部屋じゃ明らかに狭すぎて入らねぇだろ。つーか、なんで使い魔じゃねぇ魔物を連れて来てんだよ」
「ぐぅの音も出ないな……」
メルクさんの正論に唸るシフ。
エプロン姿のまま凄じい眼力で見下ろしたメルクさんは、デュラハンを指さした。
「大体、そいつは上級騎士部隊の鎧じゃねぇか。なにがどうして、消息不明になった奴らの鎧を着た魔物をうちにいれなきゃなんねぇんだよ」
「そ、そうなんですか!?」
「……チッ、いらんことを言っちまったか……」
消息不明になった人達の鎧……!?
なにやら訳知り顔のメルクさんだが、彼女は諦めたように大きなため息をついた。
「はぁ、もう一部屋用意してやる。そこに放り込んどけ。ただし、家賃は二部屋ぶん払ってもらうぞ」
「あ、ありがとうございます!」
お金が入った後でよかった。
今なら二部屋ぶんくらい楽に借りれる。
とりあえず、外で野ざらしにしておく心配がなくなったので、一安心していると僕の背後の扉が開かれる。
「ただいま」
「あ、リーファ、おかえり」
どうやら、リーファも城から帰ってきたようだ。
彼女を出迎えるべく、玄関へと振り返ると同時に―――呼吸が止まる。
なにせ、リーファは見覚えのない薄い金色の髪の女性を抱えていた。
しかし、その耳は普通の人間とは違っており、衰弱しているものの綺麗な人だというのは分かった。
「……リーファ、その背中の人は?」
「拾った」
「いや、拾ったって君……それ、思いっきりエルフの人じゃ……」
「お腹空いて倒れてた」
どうしよう、全く状況が理解できない……!
思わず、助けを求めるべくメルクさんへと振り返る。
メルクさんも、リーファの予想外の行動に目を見開いていたが、すぐに咳ばらいをして顔を上げる。
「……元居た場所に帰してこい」
「そんなっ!?」
奇しくもそれは最初に僕が言われたことと同じであった。
魔王軍幹部、行き倒れるの巻。
山暮らしが長かったため、当然ながらお金とか持っていなかったイリスさんでした。




