第九十九話
第九十九話です。
久しぶりにメルクさんの経営する宿に帰るとすぐに、先輩冒険者であるライラが出迎えてくれた。
その次に相変わらずの不機嫌そうな表情のメルクさんが出てきたところで、ようやく僕達はヘンディル王国に帰ってきたことを自覚するに至った。
「行ってきます……」
ヘンディル王国に帰ってから三日が過ぎた朝。
宿の玄関の前で、今にも死にそうな表情のリーファが、その小さな背をさらに縮こませている。
まるで夏休みに学校に行かなきゃならない学生がするような顔だぁ……。
「そんな顔をするほど嫌か」
「うん」
そんな自信満々に頷かなくても……。
しかし、リーファにとっても城で学ぶことが大事なことだというのは分かっているのか、嫌がりこそすれどちゃんと行ってくれるようだ。
「知識を得ることは、考えることを許されたおぬし達に備わった力だ。それを生かすのは、他ならぬおぬしだ。励めよ、リーファ」
「だってさ」
シフの激励にリーファは頷く。
日程としては、半月から一か月くらいだっけか?
期間の方はあやふやだって話だけれど、僕達は日常面でリーファが心が折れないように助けていかなくちゃな。
「とりあえず、頑張ってみる」
「うん、その調子だ」
「まあ、午後には普通に帰ってくるけど」
そう言った彼女は、手を振りながら城の方へと向かっていく。
彼女を見送っていると、背後から青髪の少女―――ライラが話しかけてくる。
「あれ? リーファはどこかに行っちゃったの?」
「ああ、ついさっきね」
「そうなんだ。……カイト君は?」
「僕は、今からギルドの方に行こうかなって」
ジェシカ様から許可をいただけたわけだから、早速ギルドで簡単な依頼でも受けてこよう。
「あ、それじゃ、私も行くから待ってて!」
そう言って慌ただしい様子で上階へと上がっていくライラに苦笑しながら、僕も先ほど準備していた荷物を確認する。
いつも持ち歩いている戦闘用の道具ナイフは持っていかず、今はライムの入る水筒と、この世界のお金や薬草などの入ったバッグしかもっていない。
「ま、戦わないんだし、こんなもんでいいかな」
「うむ。当分はのんびりと、依頼をこなしていこうぞ!」
「キュ!」
僕の呟きに同意してくれるシフとライムの呟きに頷く。
久しぶりのギルド。
ちょっと楽しみではあるな。
●
荷物の準備を終えたライラと共に向かった冒険者ギルド。
そこまでにいく道中で、僕が戦闘系の依頼を避けることを伝えたけれど、彼女はそれほど驚く様子はなかった。
『んー、遠征帰りとかは、大人しい依頼をしたくなる気持ちは分かる! しかも、カイト君、あの騒ぎがあったフィルゲン王国の帰りだし、なおさら分かる! 超分かるよ!!』
———と、物凄い理解してくれたので、色々と考えていた言い訳と、いうか……説明する手間もいらなかった。
……やはりベテランは違うな!!
そう思いながら、ギルドの中でライラと別れた僕は、見慣れたギルドの面々の顔を見回しながら受付へと向かう。
「マイさん、お久しぶりです」
「……あ! 本当に久しぶりだね、カイト君! シフもライムも元気そうだねっ」
「うむ、おぬしも相変わらず明るいな」
「キュ」
初めて会ったギルド職員のマイさん。
今日は彼女が受付をしているらしく、僕の顔を見るなり表情を明るくさせた。
「たしかフィルゲン王国に遠征任務に行ってたって聞いてたけど、大丈夫だった!? 巨獣の進軍にあったって聞いたけれど!」
「ははは、撃退の手伝いはしましたけど、危険はありませんでしたよ。リーファも、今はここにはいませんが、元気です」
「そっか。良かったよぉ」
当たり障りのないように説明しながら、依頼の話に移ろう。
僕の場合、あまり詮索されるとボロが出そうだからな。
「それより、今依頼を受けても大丈夫でしょうか?」
「もちろん大丈夫だよ。いつもみたいに戦闘系かな?」
「いえ、しばらくの間は、討伐や駆除関係ではない依頼を受けようと考えているんですけど……」
「あー、大きな戦いに巻き込まれたあとだからねー。んー、分かった。探してみるよ」
マイさんが、依頼書が束ねられたものをぱらぱらと捲る。
いくつか候補を割り出してくれているのか「これかなー」「これもいいかなー」と呟きながら、一枚一枚丁寧に僕の前に差し出してくれる。
「えーっと、今から始められるものとかありますか?」
「それならこれだね」
その中の一枚の依頼書を見せてくれる。
『急な人手が必要だ! 力自慢な奴を頼む!』か。
見たところ、建築関係の仕事かな? 今日の朝に依頼を張って、すぐに来て欲しいということは相当切羽詰まっていると見た。
「この依頼、受けます」
「はーい。それじゃ、頑張ってね」
手早く手続きを済ませた僕は、手を振ってくれるマイさんにお辞儀を返し、依頼人のいる場所へと向かう。
●
依頼の内容は予想していたように建築関係の仕事であった。
依頼人は魔法を使わずその手で建築を行う大工らしいのだが、今日は彼の部下の一人が急病で来れなくなったことから、依頼をすることになったらしい。
「あっつ……」
「無理をするなよ、カイト」
馬車に大量に積まれた木材を、建築予定の建物の場所に運ぶ。
最初に指示されたことは、結構単純なものだったけれど、今日に限ってはその作業すらも辛く感じてしまう。
なにせ、空は曇りのない青空。
照りつける太陽が常に僕に降り注ぎ、無茶苦茶暑くて辛い。
「ハクロ、ごめん。風を頼んでもいいかな?」
「わぉん!」
僕の身体から現れた半透明のオオカミ、ハクロは風を起こしてくれる。
よし、照りつく太陽の熱さは変わらないけれど、これは少しはマシになった。
肩にかついだ木材を指示された場所に下ろしながら額を拭うと、不意に僕の背中が叩かれる。
「わっ」
「ハッハッハッ、いやぁ、助かったぜ。兄ちゃん! うちの若いのが腰やっちまってなァ!」
すっごい元気に背中を叩いてくるのは今回の依頼人のキタンさん。
御年六十二歳の大工さんなのだが、年齢からは想像できないくらいに元気な人だ。
「ははは、こちらも依頼を受けていますから、最後までしっかりとやらせていただきますよ」
「ああ、ここのギルドの冒険者さんのことは信頼しているからな!」
ギルドとは信頼に成り立っている、って冒険者になる試験の時にリックさんから聞いていたな。
先達の冒険者達が、この国の人々の信頼に応えてきたように、僕も頑張らなきゃな。
「ん? 少し重いな」
次の木材を運ぶべく、馬車に積まれた一つを持つ。
しかし、先ほどのものとは一回りほど大きい木材だったので、かなりの重さがある。
「肉体強化を使うなよ」
「分かってるって。よいしょ、っと!」
とりあえず馬車から下ろすべく、脇で抱えるように木材を持ちそのまま引き上げる。
手に強く力を籠めたその時、不意に引っ張る形で持った右手からバキャッ! という何かが砕ける音が響いた。
その瞬間、バランスを崩し後ろへ体勢を崩してしまう。
「———え?」
地面に木材が落ちる音。
ぎりぎり倒れずに済んだけれど、手元から聞こえた音はなんだ……?
手元を見れば、僕の手の中には砕けた木材の破片があり、足元には部分的に削れた木材が転がっていた。
「これは……」
僕が素手で砕いたのか?
たしかに力は込めたけれど、どんなに柔らかい木でも素手で木材を抉るなんて……そんな……。
「おうおう、どうした!?」
木材が落ちる音を聞きつけ、キタンさんがやってくる。
彼は僕の手元と木材を交互に見て、大きなため息をついた。
「こりゃ腐食してたみたいだな。全く、腐ってる木材寄越してくるとはどういう了見だ? ……おっと、怪我はねぇか?」
「え、ええ……」
「すまねぇな。他の木材が腐ってねぇかどうか確認すっから、お前さんは少し休んでもいいぞ。顔色も悪いし、今のうちに水分をとったほうがいい」
「は、はい、ありがとうございます……」
自分の掌を見つめながらその場を離れる。
今まで自分の力がどれほどのものかはさっぱり理解していなかった。
けど、さっき起こったことはもしかして……。
「……シフ」
「いや、おぬしは肉体強化を使ってはいなかった」
「そう、か」
肉体強化を使わずに木材を素手で抉り取った。
本当に木材が腐っていたかもしれないけど、もし素の力でやってしまったとしたら元の世界にいたときじゃ考えられなかったことだ。
シフがすごい心配そうに僕を見上げているが、僕自身自分に起きた変化に戸惑っている。
僕が肉体強化なしで、かなりの腕力を発揮したということは―――、
「ついに、僕も筋肉デビューか」
「いや待て、私が心配していたのと違う」
――これまでの訓練を経て、僕の握力が爆上げしたってことになるからだ。
片手でリンゴ潰しとか心のどこかでめっちゃ憧れていたけど、今ならできる気がする。
「でも、それよりも依頼だな! もしかしたら腐食のせいじゃないこともキタンさんに説明しなきゃいけないし」
「お、おう。時々、おぬしのよく分からない前向きさには驚かされる……」
次は誤って砕かないようにしよう。
そう考えながら、僕は再び木材運びの仕事に戻るべく、馬車の方へ向かうのであった。
変なところで発動するポジティブ。
他愛のない日常から少しずつ変わっていく様が楽しい……タノシイ……(本性)




