第九十八話
第九十八話です。
ヘンディル王国に帰還した僕達はすぐさま城にいるジェシカ様に呼び出された。
ここまで護衛してくださった騎士さん達にお礼を言った後に、そちらへと向かうとそこには―――、大量の書類に囲まれノイローゼになっているジェシカ様の姿があった。
周りにはせわしなく侍女の方や大臣と思わしき人たちが動いているが、それでも次から次へと書類が増えていく中で、僕達の姿を見つけたジェシカ様はまるで救世主を見つけたように表情を明るくさせた。
「き、来たわね! あ、それじゃ、私はこの子達に話があるから休憩!」
「「「えー!?」」」
ジェシカ様以外の方々の悲鳴にも似た声を聞き流したジェシカ様は、僕とリーファの背を押して別室へと連れていった。
どうやら、あの書類は今回の魔王の進軍に対する情報共有とその対策、そして壊滅寸前に追いやられたというハムガルド王国への援助に関する予算などについてのものらしい。
それに加えて、チサトとリーファの従者問題と、僕の問題についての執務作業に追われているらしく、ここ数日は本当に激務続きだったとのこと。
「大変だったわねぇ、二人とも」
「む、むぎゅ……また、私はここか……」
「キュ、キュー」
いつの間にかシフとライムを抱えたジェシカ様が椅子に腰かけながらそう言ってくる。
抱えている彼らをなでなでしながら、ゆっくりと深呼吸をした彼女は、僕とリーファへと顔を上げる。
「さて、とりあえず、あちらの勇者との修羅場について教えなさい」
「チサトはカイトを狙ってた。でも友達だからカイトを貸し出すことにした」
「おっ、やるわね、カイト。よっ、この色男!」
どうしよう、もう頭を抱えたくなった。
ドヤ顔のリーファに、絶対事情を知っているのにからかってくるジェシカ様。
セルジ様との落差が酷すぎる。
「あくまで従者を共有するという話ですから……」
「ふーん……まあ、それは置いておくとして」
あくまで置いておくんですね。
肩を落としている僕に、椅子に背を預けたジェシカ様が話しかけてくる。
「大体のことはこちらでも把握しているわ。従者の共有のことについても、貴方の純魔の魔力の特異性についてもね」
「そのことについてですけど、僕達はどうしたら?」
「そうね……」
悩まし気に顎に指を当てるジェシカ様。
十数秒ほど思考に耽った彼女は、壁に立てかけられている柱時計を目にしながら、口を開く。
「あまり時間は取れないから手短に話すわね。まずはカイト、貴方はしばらくの間、大人しくしていてちょうだい」
「それって、やっぱり……」
「ええ、今回の件で貴方はちょっとした特殊な立場にあるわ。前例のない神聖存在への接触、あちらの勇者とリーファしか現場にいなかったから、未だ疑惑扱いではあるけれど……正式な決定が出るまでは、大人しくしてほしいのよ」
「分かりました」
そもそもが前例のないことをしてしまった上に、その目撃者が少ないとあっては簡単に判断を下せないのは当然だ。
大人しく頷きながら、ふと気になったことについて質問してみる。
「ギルドで依頼の方は受けられるんですか?」
「受けなくてもいいわよ。フィルゲン王国から貴方達への報酬も出ているし、当面どころかしばらく遊んで暮らせるくらいの貯えがあるはずよ?」
働く必要がないということではあるけど、僕としては久しぶりにギルドの冒険者としての仕事もしたい。
というより、リックさん達との訓練もあって一か月以上、ギルドの依頼を受けていない。
「いえ、何もせずに自堕落に過ごすのもあれですし……」
「真面目ねぇ。それじゃあ、戦闘をしない形式の依頼なら許可するわ」
「ありがとうございます」
僕も依頼を受けたりするのは楽しくも思っているのでよかった。
すると、ジェシカ様は今度はリーファへと顔を向ける。
当のリーファは、我関せずに両手で握りしめたジュースを飲んでいる。
「次はリーファだけど」
「むぐ……? 私も大人しくするの?」
「貴女は近いうちにうちの国の勇者として名前を公表するわ」
ジェシカ様の言葉に驚きの表情を浮かべるリーファ。
「それは構わないけど、どうして?」
「それだけの実力もついてきたってこともあるけど、今回の件で動きすぎたからね」
「あ……」
リーファはフィルゲン王国の勇者であるチサトと行動していたからな。
彼女の従者扱いされていた僕以上に注目されていてもおかしくはない。
「それで、色々と学ばなきゃいけないことがあるから、今のうちに叩き込んでおこうかなって」
「え? そ、それって、つまり……」
声を震わせるリーファに、ジェシカ様はにっこりとした笑みを浮かべる。
「ええ、お勉強ってことね」
「待て、リーファ。無言で逃げようとするな」
すぐさま席を立とうとしたリーファの肩に手を置き、無理やり座らせる。
涙目でこちらを見て首を横に振るリーファだが、これも彼女のため、心を鬼にするしかない。
「リーファ。君は素直でいい子だと思う」
「……え?」
「戦いの時は頼もしい相棒だし、食べ物をとれない僕のために魚をとってくれる。何度も危ないところを救ってくれたし、君がいてくれて本当に助かっているんだ」
「か、カイト、私のことをそんなに……!」
「でも―――」
一応、怒らせないようにパッと思いついた彼女の良い部分を上げていく。
彼女が嬉し気な笑みを浮かべたところで、本題へと入る。
「君は、思ったことをすぐに口に出すし、平気な顔して僕の部屋に入ってくるくらいに遠慮もないし、食べ物が目の前にあったらすぐに手を伸ばすし、部屋を片付けるのも苦手だし、突然足を踏みつけてくるし―――」
それから十個くらいいつも思っている不満とかを口にする。
心なしかジェシカ様ですら引いたような様子だが、この子には必要なことなんだ。
「だから、この機にそういうところを治してみるのもいいと、僕は思うな」
「ジェシカ様! カイトも勉強必要だと思う! 気遣いとか、女心とかその辺!」
「僕も巻き込もうとするなァー!!」
こいつ、ジェシカ様に僕も巻き込むように進言しやがった。
「うるさい! 今度からも無言で部屋に侵入してやる! ベッドにも潜り込んでやる!!」
「ヒェッ、や、やめろぉ!?」
「やだ!」
いや、子供かよ。
そっぽを向いたリーファと、わなわなと震える僕を見かねたのかジェシカ様が手を叩く。
「あー、はいはい。痴話げんかもそこまでにしてちょうだい」
「ち、痴話……」
「いや、そういう甘いもんじゃないです」
「……」
なんで今、足を踏みつけにきたのかな?
いや、避けたけども。
ジト目で睨みつけてくるリーファに、目力を強めて睨み返すとすぐに逸らされる。
「フフフ、貴方達を見ていると面白いわねぇ」
「はぁ……」
「話を戻すわね。数日ほど間を空けた後に、貴女を城に呼ぶわ」
「……カイトは?」
「諦めなさい。今のを見る限り、カイトがいると貴女は絶対に集中してくれないでしょうし」
「うぐ……」
よ、よかった……。
でも、これもリーファのためになるので彼女には頑張って欲しいところだ。
そこで話が終わり、ジェシカ様が執務に戻っていく。
僕達も城を出て、ようやくメルクさんのいる宿に帰ることができるということになったが、リーファの機嫌は悪いままだった―――が、帰りに屋台であまくるみを買ってあげたら、先ほどまでの不機嫌がどこにいったのかって速さで機嫌がよくなった。
良くも悪くも持ち直しが速いってところも、彼女のいいところなのかもしれないな。
第三章はリーファお勉強編でもあります。




