閑話 与えられた休息
今回も閑話となります。
イリス視点です。
巨獣による三国への襲撃。
魔王軍として初めて表立っての活動となったが、魔王軍としての脅威を知らしめすものとしては十分なほどの収穫を得た。
作戦自体はハムガルド王国以外は失敗に終わりこそしたが、ほぼほぼこちらの思惑が叶ったので痛手はない。
深い森の奥深く、仮に設営した拠点で改めて今回の作戦の損害と、今後の立て直しについての予算を計算していると、私の元にふざけた声と共に一人の白髪の少女がやってくる。
「イリスぅぅ、負けちゃったよぉー」
「チッ、生きて帰ってきたか……」
「怪我してる人に向かってそれは酷いと思うんだ。私」
中央都市セントレアルの巨獣を担当した魔王軍幹部ニーア。
頭、腕、足に包帯を巻いた奴は、それでも喧しいほどの元気な様子で私の元にやってきた。
こいつは、セントレアルに襲撃する前にセントレアルが抱えていた黒の冒険者により、巨獣を殺され、傷を負いながら逃げ帰ってきたのだ。
「いやー、さすが大陸でも片手で数えるほどしかいない人類の最高戦力。とんでもない力だったよ。私以外じゃ、殺されてたかもしれないねっ!」
「ああ、だからしぶとく、生き汚いお前をセントレアルに向かわせたんだ。感謝しろ」
「ごめん、感謝する部分が分かんないんだけど……?」
私のものいいに引いた様子のニーア。
だが、言っていること自体は本当だ。デウスやプレガスが向かっていたのなら、確実に黒の冒険者に始末されていたことだろう。
「てか、黒の冒険者が出るって知ってたの……?」
「ああ」
むしろ、セントレアルの黒の冒険者を引きずり出すために巨獣をあてがったようなものだ。
こちらに戦力があるとはいえ、いずれは相対しなくてはならない存在だからな。
「そもそもセントレアルの進軍が成功することはないのは分かり切っていた。いつの時代も、物事の中心に位置し、勇者召喚術式を各王国に配布する唯一の場所。そのような都市を守る者が生半可なはずがない」
「確かにね。でも、黒の冒険者強かったなー」
ニーアの言葉に振り返る。
黒の冒険者の情報は少しでも集めなければならないからだ。
「姿は見たのか?」
「全身黒づくめで性別すらも分からなかったよ」
「正体は隠す、か。まあ、存在が分かればそれでいいか」
こちらとしては存在さえ確認できればそれでいい。
あと黒の冒険者が潜んでいる可能性が高いのは、グラジオス王国、コンディッド王国……それと、ヘンディル王国か。
現状で、まだ触れていい存在ではないので、そちらへの襲撃は控えるようにしよう。
「それで、デウスとプレガスはどう? 侵略成功した?」
「プレガスは巨獣でハムガルド王国を壊滅に追いやり、作戦を完了させた。デウスは……」
奴の現状を思い出し、少しだけ躊躇して―――まあ、別にいいかと思い普通に話す。
「奴は作戦を失敗させた。フィルゲン王国に巨獣が迫る前にな」
「うっわ、駄目じゃん! あいつどこにいんの? 今すぐ煽ってくるから!」
「いや、捕まったぞ」
「やばいんじゃないのそれ!?」
普通ならまずい事態だが、幸いデウスは幹部ではあるが、こちらの事情にそれほど精通しているわけではない。
一応、奴の部下達が救出作戦を立ててはいたが、尋問をされたとしてもこちらの痛手となる情報は漏れることはあまりないだろう。
「なら、大打撃じゃないのかな? こっちの作戦は失敗することは分かり切っていたみたいだけど、デウスの方は予想外の失敗だったんでしょ?」
「そうとは言えない。思わぬ収穫があった」
そう、これは本当に予想外の事態だ。
「デウスが進軍した際に、フィルゲン王国には二人の勇者がいたんだよ。一人は異世界からの勇者で、もう一人はお前の妹だ」
「おっ、リーファがいたんだね? それじゃあ、カイト君もいたのかな?」
妹ともう一人の名を聞いて嬉しそうにするニーア。
こいつの気分の上がり下がりには毛ほども興味はないが、そのカイトという子供は実に興味深い。
「奴の部下からの情報だが……お前が言っていた純魔の魔力を持つ異世界人、アリハラ・カイトは神龍フィーリヘルトと心を通わせ、ベヒモスと戦わせたらしい」
「ほう!」
「それに、デウスとの互角の勝負を行っていたらしいな」
「ほうほう!」
嬉し気な様子のニーア。
非常に鬱陶しい。
「いやー、やっぱりリーファが見込んだだけの子だけはあるね。姉として鼻が高い」
「何言ってんだお前」
的外れなことを言っているニーア。
そんなアホを無視して、話を進める。
「デウスの奴はアリハラ・カイトを捕まえ、捕虜にしようとしていたが……正直、これは愚行としか言えんな。失敗に終わってよかった」
「え、どうして?」
「お前、神龍と心を通わせている人間を無理やり攫って洗脳でもしてみろ。間違いなく、未曽有の大惨事が起こるぞ。魔王軍側にな」
「おー、なるほどね」
あの筋肉達磨はうまく立ち回ろうとしていたが、所詮は盗賊上がりの荒くれもの共だ。
「今は手を出すことはできないが、神龍と関りのある存在は非常に稀有だ。接触を図ってみるのもいいかもしれないな」
「じゃ、私がいく!」
「却下だ。まずは傷を癒せ」
平気な顔をしてはいるが、本来ならば重症といってもいい怪我をしているのだ。
今は身体を癒してもらわないと困る。
「使い潰す時に使えないと困るからな」
「おっと、ナチュラル畜生発言……」
「?」
「しかも、自覚がない。あ、やめて、そんな死んだ目で私を見ないで」
じろりと見ると、頬を引き攣らせたニーアが後ずさる。
全く、失礼な奴だ。
しかし、どうするべきか。
暫しの間は魔王軍は大きく動くことができず、また水面下で動くことにはなる。
「……少し、休むべきか」
そう言葉にして頭に浮かぶのは私が一時的にいなくなった魔王軍の姿。
控えめに言って、軍の統制、情報の伝達など、他いくつもの役割をこなしている私が抜けて魔王軍は機能していられるのか?
そう考えているうちに手が、身体が震える。
額を押さえながら、私の心は焦燥に駆られていく。
「いや待て、私が休んで魔王軍は大丈夫なのか? 勝手に空中分解してしまわないか? ただでさえ、命令と気持ち悪い魔具しか寄越してこない魔王と、脳筋ゴリラの幹部しかいないのに、軍を整えられるのか? 駄目だ、うまくやれている姿が少しも想像できない。あれか? 私が抜けたら計画性もなしに戦い仕掛けて、殲滅されるんじゃないか?」
「もういい、休め……! イリス……!」
がしりと、必死な面持ちのニーアが私の肩を掴んでくる。
ハッ、と我に返りながら、彼女に謝罪をする。
「すまない、少し取り乱した」
「少しじゃないよね? 禁断症状出ちゃってたよね? え、怖っ、これも自覚なし?」
取り乱してしまうとは我ながら情けないな。
やはり、少し疲れているようだ。
「貴女の作業は引き継ぐから、休んでよ」
「いいのか?」
「苦労をかけたのは、私達だからさ。……というより、イリス抜けたらわりと代わりがいないし」
「……そうだな、私も少し休むとする」
珍しいニーアの気遣いに今回は甘えるとするか。
正直、精神的に限界が来ているのが分かっていたからな。
大きな作戦が終わったので、少しだけ休むくらい罰は当たらないだろう。
「お前のことは、妹に異常な愛を向ける変態で力任せのゴリラ女だと思っていたが、どうやらその認識を改めるべきだな」
「笑顔で罵倒してこないでくれる? 一番傷つくんだけど」
頬を引き攣らせたニーアに背を向け、足元にある小さなカバンを肩にかける。
とりあえず、この後の作業を用紙に記して、困ったことがあったら魔具に連絡させよう。
「それじゃ、私は行くぞ」
「え、荷物それだけ?」
「ああ、これと水さえあれば生きていられるからな」
「……」
なぜ無言で涙を流す。
変な奴だな。
とりあえず、どこに向かうかを考えながら歩き出そうとして、振り返る。
「ああ、休みがてら、偵察にいってくる。いい情報を期待してくれ」
「いや、普通に休んできて!?」
最後にそんな声を聞きながら、拠点を出る。
休息をとると言ってもな。
まあ、魔王軍として表立って活動していない私は顔も割れていないし、普通にどこかの王国で休暇を満喫するか。
「では、ヘンディル王国に行くか」
丁度、あそこにはヘンディルの勇者と純魔の魔力の使い手がいるし、黒の冒険者がいるという噂もある。
実際に目にしてみれば、ニーアや部下からの報告だけでは分からないことも分かるかもしれない。
あのニーアが気遣うくらいに精神状態がやばいイリスさん。
基本、構成員がヒャッハーな魔王軍に合ってなさすぎる……。




