第九十六話
第九十六話
気絶から目を覚ました後、シフから事件の顛末と収拾について聞いた。
ベヒモスは元の住処に帰ることはできたけど、これから先の間フィルゲン王国から厳重な監視をされることになり、僕は改めてフィルゲン王国とヘンディル王国という後ろ盾を持つことになる。
『カイト、おぬしにかけていた肉体強化は……もしかすると、普通のものではないのかもしれん』
その後にシフの口から聞かされた話。
デウスに人質にされた僕が、たった一人で体格で遥かに上回るデウスを一方的にボコボコにした。
その時の僕の瞳は金色に輝き、シフの手によって施されるはずの肉体強化を僕自身の力で発動していたという。
あの時の僕はただ理性を保つのに必死だった。
『疑いたくはないが、私に魔術を教えてくれた友人が肉体強化の魔術に……何かを仕込んでいたと考えるのが自然だろう』
シフに支援魔術を教えてくれた友達。
その人がどんな人なのか僕には分からないけれど、それを口にするシフはとても辛そうな表情をしていた。
『もう、私はおぬしにこれ以上の肉体強化は使わない。下手をすれば、おぬしが人間以外のなにかに変容する可能性がある』
肉体強化はもう使わない。
その言葉を思い出しながら、施設の外を歩く。
二日間も寝っぱなしだったので、身体をほぐそうと思い散歩に出てみたのはいいけど、太陽が出て間もない早朝だからか、周囲に人はほとんどいない。
「———ごめん、シフ。もう手遅れみたいだ……」
歩きながら手に力を籠めてみると、金色の光と共に肉体強化が発動する。
目が覚めてから、シフがいなくても肉体強化ができるようになってしまっていた。魔術の知識がない僕が、ただ念じるだけで肉体強化を発動できる―――それは、かなり異常なことなのは分かり切っていた。
「というより本当にできちゃったし、後でシフに相談しとこ……」
ドン引きだよ。
僕の身体に何が起こってるの?
普通なら心配させないように隠すべきなんだろうけど、絶対これ放っておくと大変なことになるのは目に見えているので、帰ったらすぐに報告だ。
……やばい、怖くて吐き気がしてくる。
色々と辛くなってきた。
「はぁぁぁ……」
「カイト、君……?」
目元を押さえながらこれ以上に無い深いため息を吐いていると、背後から僕の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
振り返ると、そこにはやや息を切らしているチサトがいた。
寝起きなのか、髪が少し跳ねている。
「あ、おはよう」
「お、おお、おはようじゃないよ! 身体は大丈夫なの!?」
すぐさま僕に駆け寄り怪我のあった場所を見るチサトに苦笑する。
彼女にも心配をかけさせちゃったな……。
もう全方位に心配をかけて本当に申し訳ない気持ちだ。
「とりあえずそこに座ろうか」
「う、うん」
施設に設置されている長椅子を指さし、そこへ移動する。
「朝、早いね」
「カイト君が目覚めたって聞いたから、走ってきた」
「あー、だから髪が跳ねてたんだね」
「え、嘘。やだ」
さっと頭に手をやり赤面しながら跳ねた髪をとかすチサト。
その様子を見て、何も言わずに待つ。
跳ねた部分がなくなるのを確認した彼女は、咳ばらいをしながらこちらへ振り返る。
「さっき、目が覚めたんだって?」
「そうだね。身体の方はもう大丈夫。怪我はもうないよ」
「そっか……」
安堵するようにチサトは胸を撫でおろした。
しかし、その表情はすぐに思いつめたものへと変わる。
「フィルゲン王国のベヒモスは住処に帰ったのは知っているよね?」
「ああ、シフから聞いた」
「他の二体のことについては?」
「それは、聞いてない」
二体の巨獣の進軍については解決したのだろうか?
「ここから遠く離れたハムガルフ王国は、ベヒモスの進軍で壊滅状態に陥りはしたけど巨獣を撃退することができたらしい」
「それでも壊滅状態か……もう一つは?」
「もう一つは、中央都市セントレアル……勇者召喚術式を各王国に配った特別な立ち位置にある場所に、一頭の巨獣が進軍したんだけど……」
セントレアル? 聞き覚えのない場所だけど、勇者召喚術式を配った場所というとかなり重要なんじゃ?
魔王軍もそれを理由にして巨獣を狙わせたのか?
「たった一人の冒険者に巨獣は倒されたの」
「……は?」
「うん。驚くのも分かる」
あの巨獣をたった一人で?
あまりの衝撃に絶句しながらも、一つ思い当たった推測を口にする。
「黒の冒険者か?」
「そう……らしい」
「……世界は広いなぁ」
あれだけの怪物を一人で倒すか。
銀と金には壁があるとは聞いていたけれど、金と黒の間にもとてつもなく大きな差があることを理解させられてしまうよ。
だけど、結果としてセントレアルという場所には被害がなかったわけだし、喜ぶべきことだ。
「……前の話、やっぱりなかったことにするよ」
「ん? 前の話?」
突然切り出された言葉に首を傾げると、少し俯いたチサトが続けて言葉を発する。
「従者の共有の話」
「ああ、それか。……でもどうして?」
僕がリーファとチサトの勇者の従者になるという話だ。
僕としては色々と覚悟していたのだけど、どういう風の吹き回しだろうか?
「私は、まだ全然強くないから。頑張ってベヒモスを押し込もうとしたけれど、あの後フィーリヘルトが現れなかったら、もしかしたらそのまま押し負けていたかもしれない」
「いや、でも、あの水の巨人は凄かったよ。……ぶっちゃけ僕も死にかけたけど」
「ご、ごめんぅ……」
ぐさりと、チサトの身体が衝撃を受けたように揺れる。
しまった、今のは失言だった。
「カイト君が捕まったのだって、私が油断していたからだし、結局全部君がなんとかしちゃったし……」
「……」
たしかに結果的にはデウスは僕自身が捕まえたようなものだ。
暴走しかけながらだけど。
この国の勇者としてチサトが責任を感じるのも無理はない。
「チサト……」
ため息をつきながら落ち込んだ彼女に声をかける。
「君は面倒くさい子だな」
「酷くない!? 割と本気で落ち込んでいるのに!」
バッと顔を上げた彼女の瞳は涙が浮かんでいる。
それに少しだけ動揺しながら、視線を逸らした僕は朝日に照らされているフィルゲン王国の城を見上げる。
「君の従者になるよ」
「え?」
「フィルゲン王国とヘンディル王国、二足のわらじも悪くない」
多分、大変な道のりになるだろう。
というより、物理的に辛い部分もあるだろうけれど、状況に流されるよりかは自分で選んだ方がいいと思った。
「その代わり、僕は結構色んな人から狙われるからその時は助けてくれ」
「うん……うん、絶対に守る」
目元を袖で拭った彼女は強い眼差しと共に頷いてくれる。
……いや、半分冗談で言ったんだけど、まあいいか。
そうと決まったら、早速さっきから後ろでずっと見ていた彼女に確認だな。
僕は後ろへ振り向きながら、朝日でできた影に話しかける。
「リーファもそれでいいよね?」
「え? いるの?」
チサトも振り返ると、影が不自然に揺らめきそこからやや驚いた表情のリーファが出てくる。
「嘘、盗み聞きしているのに、なんでわかったの?」
「……なんとなく? 気配で」
本当に感覚的に近くにいるって分かった。
寝起きだから感覚が鋭くなっているのかな?
「ぐぬぬ、このまま驚かせようと思ったのに」
悔し気に唸った彼女は、空いている椅子に座る。
シフとライムから僕の話は聞いていたのか、それほど多くは聞いてこないようだ。
「いいよ、私の相棒を貸し出すことを許可する」
「ありがとね、リーファ」
「友達だからね」
そう言って笑い合った二人を見て、僕も穏やかな気持ちになる。
一時はどうなるかと思ったけど、最後はこうして笑い合えるようになってよかった。
僕自身の問題もあるけれど、とりあえずベヒモスのせいでフィルゲン王国の人達が傷つくことがなくて本当によかった。
これにて第二章は終わりとなります。
閑話を挟みまして、第三章へと移ります。




