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第九十五話

第九十五話です。

 自分の身に何が起こっているかだなんて正直、全く考えていなかった。

 デウスという魔王軍幹部に捕まっているという状況と、僕が捕まってしまった後のことを聞いてしまったあとは、ただ自分の内からひたすらに湧き上がる“力”と“感情”に支配されかけていたからだ。


『目の前の奴が許せない!』

『いなくなってしまえばいい!!』

『その方がいい!!』

『そうしてしまおう!!』


 僕を突き動かそうとする衝動。

 しかし、その中でしっかりと意識を繋ぎとめ、なんとかデウスの命を取らずに捕まえることに成功させた。

 その後、意識を朦朧とさせながらベヒモスの洗脳が解けたところまでは覚えている。

 それから先は、また別の景色を見る。

 それは、フィリに触れた時と同じような、自分のものではない景色だ。


『———この愚図が』


 誰か分からない視界。

 いつの時代か、それも分からない視界の中で何かが血に塗れ虐げられている。


『私の断片の癖して、どうしてそこまでお前は愚かなんだ?』


 三つ首、蛇の胴体———オロチ(・・・)が、誰かに虐げられている。

 恐怖に怯えたように見上げたオロチの目が、交差する。


『こうなったのも、ようやく見つけた適合者を私の元に連れてこず、食い殺そうとしたお前のせいだ。なにが我慢できなかっただ。お前のやろうとしたことは、私達の悲願を潰そうとしたことと同じなんだぞ』

『キュ、グルル……』

『私が何を言いたいか分かるか? ああ、分からないだろうな。私はな、あの能天気なドラゴンに先を越された事実が、一番我慢ならないんだよ!!』


 オロチの頭の一つが殴られたように吹き飛ばされる。

 あれほど恐ろしい存在だったオロチが、成すすべなくボロボロにされている。


『お前が! お前がヘマをしなければ、今頃私が……! 私が! あの方を、近くで! ずっと! 育てられたはずなのに! いや、そもそもこんな場所に縛られていなければ―――』


 八つ当たりするようにオロチを痛めつける視界の主。

 しかし、ふとその攻撃が止み、自身の片目に手を当てる。


『———繋がった』


 高揚したような、上擦った声。

 そのまま、カツカツと暗い遺跡のような場所を急ぐように歩き―――さびれた噴水のような場所にたまった水を覗き込む。

 そこに今まで視界を通して見ていた“誰か”の顔が映り込む。

 病的ともいえる白い髪。

 鋭さのある強気な瞳の、人間とは思えないほどに綺麗な少女。

 彼女はどこか必死さを感じさせるような面持ちで、水面へと―――僕へと語り掛けてくる。


『———見ていらっしゃいますか? 適合者様、私の、私の名は―――』


 先ほどの荒々しい言動とは違った声。

 それに僕は心臓を掴み取られたような悪寒に苛まれる。

 息がうまくできない。

 お腹あたりが苦しくなる。


「———はっ……!」


 ばしゃりと、顔に冷たい何かが吹きつけられ、目を覚ました。

 目を開けてみれば、見知らぬ白い天井。

 アルコールに似た甘い匂いにぼんやりとした気分になりながら首を動かして周りを見ると、どうやら僕はどこかの個室のベッドで寝かされていることに気付く。


「……なんで顔が濡れているんだ?」


 冷たいし、涙でも汗でもない。

 え、なんで?


「今は夜、なのか……」


 何か、恐ろしい夢を見ていた……気がする。

 額を押さえながら外を見るも、窓から見える景色は暗い。

 王国に用意してもらった部屋とは違った感じの綺麗な部屋。


「クァー」

「っ!」


 ぽちゃん、と耳元で水滴が落ちる音が聞こえる。

 すぐにそちらに顔を向けると、僕の枕もとには手拭いがかけられた桶が置いてあり、その中には波紋を浮かべた水がある。


「フィリ……か?」


 心配して見に来てくれたのかな?

 というより、僕の顔に水をかけたのも、君なのかな?

 そう思っていると、桶の隣に銀色の丸い物体と、黒い塊があることに気付く。

 よく目を凝らしてみると、その二つはゆっくりと動いているのが分かる。


「よかった。無事だった……」


 ライムにシフ。

 僕を守るように枕もとで眠っている大事な使い魔の安否を確認する。

 ……ハクロも、ちゃんと僕の中にいてくれている。

 まだ状況は理解できないけれど、ここは医務室ってことかな? とりあえず起き上がって……って、ん?


「なんだ、身体が重いぞ……」


 身体を起き上がろうとすると、謎の重みを感じる。

 ふと、布団がかけられた自分の身体を見下ろすと、黒髪の少女、リーファがベッドの傍に座った状態で僕の身体に身体を預けて眠っていた。


「むぅ、まだ食べられる、食べられる……」

「夢の中ですら空腹なの? 君は……」


 そこは「もう食べられないよ」じゃないのか……。

 というより、さっきから感じていたお腹の圧迫感は君なんかい。

 でも、僕が気絶している間ずっとここにいてくれて看病してくれていたのか。

 起こすのも悪いので、小さな声でお礼を口にしていると、不意に部屋にノックの音が響く。

 数秒ほどの沈黙の後に、扉が開け放たれると確認するような仕草で誰かが入ってくる。


「失礼します。リーファ様、風邪を引いてしまわれますのでショールをお持ちしました……って……」

「あ、テルアさん」


 入ってきたのはフィルゲン王国で顔見知りとなったメイドのテルアさんであった。

 彼女は起き上がってきた僕を見て驚きの表情を浮かべると、眠っているリーファと僕を見比べてにっこりとした笑みを浮かべる。


「失礼、私はお邪魔虫さんだったようですね」

「いやちょっと待ってください。もっとするべき反応があると思うんですけど……!」

「冗談です。すぐさまカイト様がお目覚めになったことを報告に向かってきますので、暫しお待ちを」

「……」


 この人、本当に冗談と本音の区別がつかないんですけど。

 僕にショールを手渡した後に見惚れるような笑みを残してその場を去った彼女に唖然としていると、僕の枕もとにいたライムが目を覚ました。

 ライムは隣で眠っているシフを、どつきながら起こしている。


「キュ、キュー!」

「むう、なんだライム。まだ暗いではにゃいか……むむ? カイト?」


 目をこすりながら僕に気付くシフ。

 とりあえず頬をかきながら軽く挨拶をしてみる。


「えーと、こんばんは? シフ、ライム」

「か、かかか、カイトぉぉ!」

「キュー!」


 びよーん、という擬音がつきそうな跳躍と共に僕に飛び込んでくるシフとライム。

 よほどの心配をかけさせちゃったようだ。

 バランスを崩しかけながら、一旦シフとライムを下ろした僕は、まだ眠っているリーファにショールをかけた後に、僕が倒れた後どうなったのか訊いてみることにした。


「おぬしが気絶した後、すぐにフィルゲン王国に運ばれてな。ここは王国が所有する医療施設の一室なのだ」

「僕はどれくらい寝ていたんだ?」

「大体、二日ほどだな。身体の怪我も治癒魔法使いの治療によって完治しているから、あとは疲労の回復を待つだけであった」


 だから、身体に痛みが全くない訳か。

 治癒魔法さまさまだね。


「私が気絶していた間の話は聞いている。……フィーリヘルトとまた会ったようだな」

「……うん」

「あやつはベヒモスと共に一瞬にしてどこかに消えてしまった。王国の調査によれば、ベヒモスは元居た住処に戻り、再び眠りについたそうだが……肝心のフィーリヘルトの姿はどこにもなかった」

「……ベヒモスは、住処に返されたんだな」


 あの巨獣も元は魔王軍に操られて暴走させれていた被害者だ。

 フィリが手加減してくれたのかもしれないけど、元居た住処に戻ることができてよかったと思う。


「問題は、なぜあの場にフィーリヘルトがいたのかということについてだが……公には、偶然フィーリヘルトの住処にベヒモスが足を踏み入れ、彼の存在の怒りを買ったということになっている」

「実際は、僕に引き寄せられたんだよね?」

「ああ。チサトとリーファと話し合って、おぬしがフィーリヘルトに魅入られてしまっていることを隠すべきかと思ったが……おぬしには後ろ盾が必要と判断し、限られた人間にのみおぬしの現況を伝えることにした」


 僕の力を狙ってデウスのようなやつが来るかもしれないからな。

 シフの判断は間違っていない。

 デウスに関して聞いてみると―――あいつはフィルゲン王国の牢に幽閉されたそうだ。あいつのことだから、すぐに出てきそうな予感はするけど、今のところは大丈夫そうだ。


(またこの主人公やばい存在をホイホイしようとしてる……)



フィリ「セーフ! ギリギリセーフ!」


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― 新着の感想 ―
いやアウトだろ。あんだけ暴れまくったくせして何いってんだこの神龍。
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