第九十四話
第九十四話です。
カイト君が大柄な獣人の男に捕まった。
傷を負い、満足に動くことすら難しい彼は抵抗しようとしているがその首に巻き付かれた丸太のような太い腕がそれを許さない。
「はじめましてだなぁ、勇者」
「貴方は……!」
「俺はデウス、魔王軍の幹部で、ついさっきまで巨獣の上にいた者だよ。とりあえずまあ……その物騒な魔法を収めてもらおうか」
「くっ……」
言われるがままに、私は宙に浮かばせていた水を地面へと落とす。
ばしゃりと、土色の地面に水が広がっていくのを一瞥しながら、目の前の魔王軍幹部デウスを睨みつける。
これまでカイト君と戦っていた黒煙を操る獣人の男。
カイト君が人質として捕まっている最悪の状況、私とリーファが迂闊に動くことができない状況の中――リーファに左腕で抱えられているシフが目を覚ました。
「———こ、ここは!? 私は気絶していたのか……!? カイト、カイトはどこだ!?」
目覚めてすぐにカイト君を探すシフ。
リーファの腕から飛び降りた彼が見たのは、デウスに囚われているカイト君の姿だ。
「き、貴様ぁ! 我が主を返せ!!」
「そりゃあ、できねぇ相談だな」
シフ、そして私達をじろりと見まわし、距離をとりながら奴は笑みを浮かべる。
「なにせ、こいつは今からうちの捕虜になってもらうんだからな」
「「捕虜……!?」」
人質にするために捕まえたんじゃないの!?
もしかすると、カイト君の純魔の魔力を利用するために……?
今にも飛び出したい衝動にかられながらも、冷静に思考を進めていると、隣にいたリーファがこれ以上に無い敵意をデウスへ向ける。
「へ、変態にカイトは渡さない……!」
「いや、ちげーよ。気持ち悪い想像してんじゃねぇよ。こっちまで鳥肌が立つわ。俺にそっちの気はねぇよ」
「僕を連れて行こうとする目的はなんだ……ッ!」
拘束されながらもカイト君がそうデウスへ問いただす。
奴は口の端を歪める。
「そりゃ、神龍と心を通わせるお前を利用するために決まってんだろ」
「なんだと……!?」
「神聖存在ってのはな、絶対に人間が関わっちゃならねぇ生き物なんだよ。それこそ触れるなんてもっての外、うちの魔王様だって神獣を操ることはできない」
そこで言葉を切ったデウスは、カイト君を拘束している腕に力を籠める。
彼の表情が苦悶に歪む。
「だが、お前はできた。神龍フィーリヘルトと心を通わせ、ベヒモスと戦わせてみせたんだよ。これがどれだけ異常なことか分かるか?」
たしかにカイト君のしたことは、この世界に来て間もない私にとっても異常とも思える。
純魔の魔力がそれだけの力があるということかもしれないけど。
「イリスあたりに渡せば、うまく使ってくれるんじゃねぇか? いや、魔物混じりならニーアに預けてもいい」
「……ッ、お前!」
ニーア、という名前を聞いたリーファは怒りを露わにさせる。
そんな彼女の姿を見たデウスは、どこか納得したような笑みを浮かべた。
「その反応。やっぱお前、ニーアの妹か。ヘンディル王国の勇者とは聞いていたが……まさかこの場に二か国の勇者が揃い踏みとは思いもしなかったぜ」
「……姉さんも、今回の悪事に手を貸しているの?」
「ここにはいないな。今頃、別の巨獣を率いて国を攻めているんじゃないか?」
ということは、確認されたここ以外の巨獣の一頭にリーファのお姉ちゃんがいるってことなんだ。
リーファとしては複雑な心境だろうけど、今は目の前の彼を助けることに集中してもらわなくちゃならない。
隣の彼女の精神状態を心配しながら、先ほどから行っている水の操作を続行させる。
「……」
先ほど中から地面に落とした水。
地面にしみ込むように消えていく水を少しずつ操りながら、デウスの周囲を取り囲むように展開させる。
……よし、気づかれていない。
水の操作は苦手だから時間がかかっちゃったけれど、あと少しだ。
「リーファ、落ち着いて」
「大丈夫、私は冷静……ちゃんと分かってる」
リーファも私がやろうとしていることは分かってくれているようだ。
いや、肩に跳び乗ったシフが何かを耳うちしているから、教えてもらったのかな?
それはどうでもいいとして、あとは少しでも隙を作るように時間を作らなきゃならない。
「この状況でどうやって逃げるつもり? 貴方の部下は全員叩き落としたし、もう助けは来ないよ?」
「心配はご無用だ。生憎、用心深い性格でなぁ。こうなる可能性を考えて、逃走用に部下を控えさせているんだよ」
ハッタリではない。
大きな図体とは裏腹に、よく考えて動いている人だ。
さっきの奇襲といい、力にものを言わせるタイプじゃないのがすっごい厄介だ。
「肝心の魔王軍としての仕事は失敗に終わっちまったが、予想以上の手札を得ることができた。お前さえ、うちに引き込んじまえばあの神龍フィーリヘルトも、他の神獣にだって接触できる機会ができるかもしれねぇからなぁ。そうなれば、そいつらを使って侵略するのも面白そうだ」
神獣を道具のように使う。
言外にそう言い放ったデウスに私の中に怒りの感情が沸き上がった。
本での知識しか知らないけど、少なくとも私の知る神獣は自然の中を生きる法則ともいっていい存在だ。
———水魔法の配置が完了した。
まずは、カイト君を助けて、その後は目の前の男を捕まえる。
そう思い手を掲げ、水を動かそうとしたその時―――、
「——いい加減にしろよ」
「あ?」
今の今まで無言だったカイト君が、これまで聞いたことのないような低い声を発した。
どこかエコーがかったその声に、異変を感じる。
「皆を大変な目に遭わせようとして、今度はフィリを利用するだと……?」
首を押さえつけていたデウスの腕を掴むカイト君。
シフがいないため肉体強化すらない彼の腕力は、デウスには遠く及ばないはずだが―――彼を拘束しているデウスの表情が歪んでいくごとに、腕の拘束が無理やりはがされていく。
「ぐ、お……な、なんだ、その力……! おぐっ!?」
「……」
一気に首に回された腕を引きはがした彼は、目にも止まらない速さで鋭い横蹴りをデウスへと叩きつける。
骨が砕ける音。
あまりの力に横に吹き飛ぶデウスを一瞥したカイト君が地面を蹴ると、その足元に金色の魔力の残滓が残る。
次の瞬間には、デウスが蹴り飛ばされた方向に一瞬にして先回りし―――黒い手袋に包まれた手がデウスの顔を掴みとってしまう。
「カイト……! やはりおぬし、私なしで肉体強化を発動させて……」
シフは今、私達のところにいるから、カイト君は肉体強化を使えないはずだ。
でも、それがどういうことか彼自身の力で発動させてしまっている。
「が、がああああ……!」
「今、ものすごく気分が悪い……。この高揚感も、自分を突き動かす衝動も、ただ不快でしかない」
ギリギリと顔を掴む手に力を籠めた彼は、身長差をものともせずに押し込むと、デウスは膝を地面に屈する。
抵抗の為にカイト君の腕を両手でつかんでいるが、彼の腕は微塵も動く様子はない。
「フィルゲン王国の人々も魔物達も、ベヒモスも、お前達の勝手のせいで傷ついた。その上でまだお前達は、まだ誰かを傷つけようとしているのか?」
「あがぁぁ!?」
顔を鷲掴みにされたデウスが悲鳴を上げる。
それに伴い、カイト君がさらにデウスの頭を地面に向かって押し込んでいく。
「ふ、普通じゃない……!」
カイト君の力は基本的に使い魔に依存しているはず。
彼自身の身体能力は決して低くはなかったはずだけど、それはあくまで普通と比べればって話だ。
あのデウスの巨体を無理やり押し込め、あまつさえ腕力で圧倒できるほどの力はなかったはず。
「シフ、カイトになにが起こっているの!?」
「わ、分からん! だが、ここで止めるべきはデウスではない! このままでは、カイトはデウスを殺してしまう!!」
その言葉にハッとしてもう一度彼を見ると、俯いた彼の髪の隙間から見えた瞳が―――彼自身の純魔の魔力と同じ、金色に輝いているではないか。
「お前達のような身勝手な奴らは、同じことを何度も繰り返す。皆、ただ静かに暮らしたかった。それを乱したのがお前達だ。その償いは、してもらう。絶対に」
「———テ、テメェ、誰だ……!」
「……。僕の友達に、手出しはさせない」
そう言い放ったカイト君は、デウスの身体を思い切り地面に叩きつける。
苦悶の声を上げたデウスに構わず、彼は腕を大きく振り上げる。
「部分肉体強化」
そう呟くと、彼の右腕に金色の魔力が炎のように包み込む。
それを確認するまでもなく、金色の瞳に殺意を滾らせたカイト君はデウス目掛けて拳を振り下ろした。
「カイト君!?」
「カイト!?」
止める間もないほどの、躊躇のない攻撃に口の端から悲鳴が漏れる。
何かが砕ける音がその場に響き渡る。
硬直しかけた身体を動かし、リーファと共に彼へと駆け寄ると、彼の拳の先には魔道具のようなものが粉々に砕け散っていた。
デウスの顔の横に叩きつけられた拳。
それを引き抜いた彼は、唖然とした様子のデウスを見下ろした。
「———お前を裁くのは、僕じゃない」
次に私達へと視線を向けるカイト君。
その瞳からは金色の光が消え失せており、元の普通の優し気なものに戻っていた。
「心配かけて、ごめん。こいつを捕まえてくれ」
「で、でもカイト……」
「頼む」
「……分かった。でも後で話は聞かせてもらうからね」
すぐさま、リーファの影と私の水でデウスを拘束していると、湖の方のフィーリヘルトとベヒモスの戦いが静かになる。
「ベヒモス……」
カイト君の呟きにそちらを見れば、あれだけ暴れまわっていたベヒモスが、怯えながらフィーリヘルトに項垂れている姿があった。
理性を取り戻した、ということはカイト君がさっき壊したあれがベヒモスを暴走させていたってことなのかな?
「これで、終わった……ん……だよ、な」
そこまで事態を見守った彼はぐらりと体勢を崩してしまう。
咄嗟に彼を受け止め、危うく体勢を崩しながら支えると、彼は眠るように気絶してしまっていた。
「君に一体、なにが……」
彼は私の召喚に巻き込まれたはずの一般人だった。
それは間違いない。
だけど、彼を取り巻く状況はある意味私よりも不可思議で、異常だ。
その時、綺麗な雄叫びをあげるフィーリヘルトの姿が視界に映り込む。
この騒動の終わりを意味するかのような声。
しかし、私の中で芽生えた疑念と、腕の中にいる彼に対しての心配は晴れることがなかった。
純魔の目覚め……まあ、目覚めた能力的にあながち間違っていないのが……(笑)
正気に戻ったら自慢の牙が折れている上に、自然界の超大大大ボスに喧嘩売ってて顔面蒼白。
速攻で自然界式土下座をして許しを請うベヒモスさんでした。




