第九話
第九話です。
凄まじい勢いで僕に駆け寄ってきた女性、ライラさん。
彼女は支援魔術で体を酷使し、ボロボロだった僕を助けてくれた冒険者パーティの一人であり、なんと僕を担いで運んできたというとんでもない人であった。
そんな彼女の後から来たのは、ライラさんの仲間である、大柄で寡黙そうな男性、キールさんとどこか気の強そうな赤毛の女性、フランさんの二人であった。
彼女たちを連れてきてくれたマイさんは、息を切らしながら僕にライラさん達を紹介すると、すぐに自分の仕事に戻っていってしまったので、現在、テーブルには僕を含めて四人座っていることになる。
「いやぁ、最初に君を見つけたときはどうなるかと思ったけど、本当に無事でよかったよ」
「いえ、もう本当に……ありがとうございます」
「使い魔である、私からも礼を言おう」
自己紹介を既に済ませた僕達は、現在はライラさんが僕の右隣の席、キールさんとフランさんが対面の席に座っている。
ライラさんが注文してくれた飲み物の入ったコップを手に持ちながら、彼女達に改めてお礼を言うと、フランさんがテーブルに頬杖をつきながら話しかけてくる。
「あの時は正直、驚いたわ。なにせボロボロのあんたの傍で助けを求めるミミックがいたんだもの。オロチの遺跡が崩壊していることも驚いたけど、その上でさらに驚くとは思わなかったわ」
「私としては、魔物として退治されるかもしれないと、ヒヤヒヤしていたぞ」
テーブルの上から僕の肩に移動したシフの言葉に、フランさんとライラさんは苦笑する。
キールさんは変わらず無表情だ。
「攻撃されなきゃしないわよ」
「いや、フランは矢を射かけたでしょ」
「してないわよ! ちょっと適当なこと言わないで! 彼が信じたらどうすんのよ!」
……とりあえず、ここまでで仲の良い人たちなのは分かったな。
しかし、ライラさんが僕と一つしか違わない十八歳ってのは驚いたな。キールさんが二十四歳で、フランさんが二十歳と、見事に年齢的にバラバラではあるが、それを感じさせない雰囲気の良さを感じる。
フランさんとライラさんが互いに皮肉を言い合っているのを眺めていると、今まで一言も喋ることのなかったキールさんが口を開いた。
「お前があの遺跡を崩壊させたのか?」
「! ……はい。すみません」
「いや、謝る必要はない。元より、あの遺跡に歴史的な価値はない。むしろ、オロチが巣食う場所として危険な領域とさえ呼ばれている」
「……は、はい」
「ああ」
そのまま言葉が続かない。
この人はなんとなく口数が少ないのは分かった。
僕とキールさんの間で気まずい沈黙が続いていると、フランさんとの口喧嘩を終えたライラさんが話しかけてくる。
「カイト君。ギルド長から色々聞いたけど、君はこれからここに住むんだって? 遠くからきたっていうと、出稼ぎに来たんだろうし……やっぱり冒険者になるために来たのかな?」
「あー、それは……まだ分からないです。正直、悩み中っていうか……まだ、決めあぐねている感じです」
「なんで?」
歳も近いからか幾分かフレンドリーに話しかけてきてくれるライラさん。
膝の上のライムをなでつけながら、僕はシフにも聞かせるように内心を吐露する。
「冒険者って仕事がどんなものかは気になってはいます。でも、そんな気軽に入り込んでいい世界か自分でも分からなくて……」
「すごい、ライラよりよく考えてる子だ……」
「とても、一つ年下とは思えん……」
「君たち、私のことバカにしてる? ねぇ?」
僕の独白に、別の意味で驚いているフランさんとキールさんを睨みつけるライラさん。
二人を威嚇しながら、こちらに視線を戻した彼女は、ふと何かを思いついたように顎に手を当てる。
「そうだ! カイト君、街を案内してあげるよ!」
「え、いいんですか?」
「うん。ついでに私がお世話になった格安の宿も紹介してあげる!」
渡りに船とはまさに今の状況のことを言うのだろうか。
僕としては右も左も分からない場所を案内してくれるというのは、とても助かる。
それに格安だ。
無料ではなく格安、素晴らしい言葉だ。
「ありがとうございます!」
「このお姉さんに任せておきなさい! あ、それと敬語もさん付けもしなくていいよ!! 歳も近いし!」
『やけにやる気になってるわね、ライラ』
『純粋な親切心もあるようだが、多分、同年代の子と知り合えて嬉しいんじゃないか?』
『ああ、なるほどね……』
自信満々に言い切った彼女を見て、仲間の二人はなぜかひそひそと小声で話している。
それを知らずか、ライラさ―――ライラは二人へと向き直る。
「と、いうことで今から私は案内へ行ってきます! もう依頼も終わったし、解散でいいよね!!」
「ええ、そうね。いってらっしゃい」
「ああ、楽しんでくるんだぞ」
どこか優しい目で頷いたフランさんとキールさん。
訝しみながらも、ライラが立ち上がると、肩にいるシフが帽子へと変身し、代わりにライムが肩へと移動する。
僕は改めてキールさんとフランさんにお礼を言った後、テンション高めのライラに手を引かれてギルドの外へと歩き出す。
再び、通りに出た僕達は彼女についていく。
「カイト、よく道を覚えておくんだぞ」
「ああ」
シフの言う通り、道もちゃんと覚えておかなくちゃな。
すれ違う人々の中には動物の耳のようなものを生やした人や、耳がとがっている人もいる。
「……」
「カイト君。エルフや獣人を見るのは初めて?」
「そうで……そうだね」
「気を付けてねー。気性の荒い人は、耳とかジッとみただけで怒りだすから」
あれがエルフや獣人なのか。
元の世界ではほぼ伝説上の存在なのに、ここでは普通にすれ違ってしまった。
「もしかしてさ、カイト君ってとんでもない田舎に住んでいたの?」
「田舎といえば、田舎だね」
「カイトは遠い地に暮らしていたからか少し世間知らずな部分もあるんだ。だから、君からも色々と教えてあげてほしい」
シフがそうフォローしてくれると、ライラさんも首を傾げながら頷いてくれる。
実際は、とんでもない田舎どころか次元すらも違うかもしれないけど、あながち間違ってはいないだろう。
「さてさて、まずは身近なギルドについて案内しようか」
「……ギルドってさっき行ったところじゃ?」
「あそこは依頼とかを受ける場所で、その裏手には訓練場があるんだ。ギルドに入るための実技試験とかはそこでやってるよ」
試験する場所か、もしかしたら受けるかもしれないし一度は見ていくべきだな。
そう納得した僕は彼女の言葉に頷きながら、その後をついていくのであった。