今度は私がリタを連れ去る
玄関に散らばった本をすべて片付け終わったフィルは、フラフラとリビングに入ってソファに倒れ込んだ。流石のサクも少し疲れた様子でソファの端に腰掛ける。
「うー、疲れたー」
「お疲れ様。お魚焼いたよ」
リタがキッチンから皿を持って来ると、フィルは勢いよく立ち上がった。タタタと走って椅子に座ると、クンクンと鼻を鳴らす。
「いただきまーす!」
「サクさんもどうぞ」
そう呼びかけるも、サクはジッとリタを見て何かを考えている様子で動かない。そんなサクに首を傾げたリタは、近寄って目の前でヒラヒラと手を振る。
「……サクさん?」
その呼びかけにハッとしたサクは立ち上がる。そのまま片手をリタの膝の裏に、もう一方を背中に回して持ち上げた。なんとも軽々と抱き上げられたリタは驚いて、落ちないようにサクの首に手をまわす。
「わっ、なんですか?」
「今度は私がリタを連れ去る」
真剣な目で、しかしどこか楽しげにそう言ったサク。ニッとリタに軽く笑いかけて、何かを伝えるように小さく頷いた。
「え、あ、えっと?」
状況がわからず混乱するリタだが、抱き上げられていてはどうすることもできない。サクはそのまま、魚を食べているフィルの前に立った。
「フィル、私はリタを連れて行くぞ」
「えー、なんでー」
サクの謎の宣言にも、動揺する様子もなくフィルは魚から目を離さない。器用に骨を取って、身だけをほぐして食べているフィル。それを見たサクは抱えたリタを揺らして、挑発するようにもう一度話しかける。
「ほらー、早くしないと逃げるぞ?」
「んー、サクもお魚食べなよー。冷めるよー?」
何を遊んでるのか、という目をしたフィルに、サクは首を横に振ってため息をつく。
「はあ、そうだな。悪かった、リタ」
リタをソッと下ろしたサクは、フィルの向かいに座って皿を引き寄せた。残されたリタはしばらくぼんやりとその場に立ち尽くし、ハッと気付いたようにサクを振り返る。
「えっと、何を?」
すでに魚に手をつけているサクは、肩をすくめて微笑んだ。その笑顔の訳もわからないリタは首を傾げて、とりあえずフィルの隣の椅子を引く。乱れて口に入りかけているフィルの髪が目に入り、それを結ぶためのゴムを探すために棚に近寄った。
「あの、さっきのは……」
「あぁ、フィルがさっきの魔法をもう一回使わないかな、と思ってな」
戻ってきたリタは、フィルの髪を梳かす。フィルは全く気にせず、魚に夢中だ。
「それならフィルを連れて行った方が……」
「いや、あれはリタのために使ったものだろ?」
サクのその言葉に、リタは動かしていた手を止めた。手を離してしまい、まとめた髪が再び広がる。
「え、フィルの最後の抵抗では?」
髪の先が口に入って嫌そうな顔をして振り向いたフィルの頭を撫で、リタは首をかしげる。だってあれは玄関で起こっていた。最後に抵抗したフィルの魔法が上手くいっただけではないのか、とリタは思っていた。しかし、サクは首を横に振る。
「いやいや、リタが突き飛ばされた復讐で使ったんだ。だからリタを攫ってみたけど……私じゃ駄目だな」
サクは再び肩をすくめて苦笑いをした。
さっきまでのフィルの態度を考えれば、それもあり得るかもしれない、と思ったリタは曖昧に頷いて、フィルの髪を結びなおした。
「どうやったら使ってくれるんだ?」
ジッとフィルの目を見て真剣な表情で言うサクとは裏腹に、フィルはいつものようにヘラリと笑って答える。
「やり方もわからないしー、片付けるのもめんどーだからやらないよー」
その答えに、サクもリタもケラケラと笑う。ごちそーさま!と手を合わせて微笑んだフィルは、そんな二人に首を傾げた。
「ねえ、今朝の魔法また使える?」
ベッドで横になっているフィルの頭を撫で、リタは今日何度目かそう尋ねた。外はもう暗いが、いつもならまだ寝る時間ではない。うとうと、ともうすでに目を半分閉じているフィルは、ゆっくりと首を横に振る。
「……もーつかわないー」
「だよね」
「……んー」
フィルは、ふぁあ、とあくびをする。
「眠いよね。おやすみ」
ポンポンとフィルの頭を叩いて、リタもベッドに入った。すると、フィルはリタにすり寄って、寝ぼけたように微笑む。
「……明日も一緒にあそぼーねー」
「明後日もその次も、ね」
リタのその答えに、二人はどちらからともなく手を繋ぐ。すぐにスヤスヤと寝息を立てるフィルは、表情は緩めるものの繋いだ手はギュッと握って離さない。
「ありがとね、フィル」
リタはそう言って頭を撫でて、痛いくらい繋がれた手のぬくもりを感じながら目を閉じた。
——明日からも変わらない楽しい毎日を過ごそう。もちろん、フィルと一緒に。




