あんまり覚えてないんだよねー
直前に起こったことを早口で話しきったイアンは、申し訳なさそうに目線を床に落とした。目の前で腕を組んでいるサクと目を合わせようとはしない。眉を上げたサクは、イアンの後頭部を見下ろしてきつい口調で続ける。
「で、その誘拐の理由はなんなんだ?」
部屋に響いたその低い声に、イアンも、関係のないリタでさえもビクリと肩を跳ねさせた。恐る恐る顔を上げたイアンは、涙の溜まった目でサクと目を合わせる。
「は、はい。彼女の膨大な魔力を研究対象にしたく思いまして、今回のこの行動に至りました」
「サクさん、彼女はすごいんですよ! サクさん二十人分以上の魔力を有しています!」
プルプルと震えるイアンの隣で、調子の良い青年は顔を明るくしてそう言う。その態度は、とても当事者だとは思えない。
「だからなんだ?」
ギロリと彼を睨んだサクは、声を一層低めてそう呟く。
「だからって彼女を誘拐していいのか?」
「そ、それは……」
青年はしゅんとして口ごもる。そんな彼に追い打ちをかけるようにサクはまくし立てた。
「彼女は魔族じゃないんだぞ! 何か問題があってからでは遅いんだ!」
「で、でもサクさん……彼女は魔力を……」
「だからなんだって言うんだ!」
ピシャリと言い切ったサクに、二人はもう何も言うことはできない。口を真一文字に結んで、目線をサクの足元に落とす。サクはその様子を見て、フーと息を吐いた。
「フィル自身が魔族としての生活よりこっちを選んだんだ。お前たちならわかるだろ?」
「はい、すみませんでした」
優しくなった口調に、二人は揃って頭を下げる。完全に蚊帳の外だったリタとフィルも、いつものサクに戻ったようでホッと息をついた。
クルリと振り返ったサクは、リタの膝の上に座っているフィルの頭を撫でる。
「フィル、怖い思いをさせてすまなかった」
「わたしはだいじょーぶなんだよー……リタがー」
フィルは自分の頭に触れているサクの手を取って、それをリタの頭に乗せた。撫でろということなのだろうか、とサクはリタの頭を撫でてみる。慣れていないリタは恥ずかしそうに俯いて、首を横に振った。
「いえ、私は尻餅をついただけですので」
「そうか。二人とも、悪かったな」
ポンポンとリタの頭を叩いて、サクは再び正座している二人に向き直る。
「さ、帰って自分たちで魔王様に報告して来い」
「はい、わかりました」
サッと立ち上がり、深く深く頭を下げた二人。彼らが部屋を出て行こうとした瞬間、フィルは思い出したように声を上げた。
「あー、リタに謝ってー!」
立ち去るイアンの背中を指差して、ギャーギャーと再び騒ぐ。膝の上で暴れるので、リタはギュッと抱きしめて落ちないようにするのに必死だった。
「イアン、謝ってー! そっちの人もー!」
フィルは膝の上から降り、リタと彼らを対面させた。驚いた顔の二人は、揃ってリタの前に立って頭を下げる。
「すみませんでした、リタさん」
「あ、いえ……あ、えっと、なんだかわかりませんが、勝手に連れていくのだけはやめてください」
「はい、もちろんです」
真っ直ぐにそう言ったイアンの目には、無表情の裏に反省の色が見られた。もう一度頭を下げて立ち去ろうとするので、今度はリタがそれを止める。
「あの、フィルに謝ってもらっても……?」
隣に立っているフィルを示してそう言ったリタに驚きの表情を見せたのは、フィル自身だった。
「怖い思いをさせてしまい、本当にすみませんでした」
「あ、えーっとー、うんー?」
「都合のいいことだと思われるでしょうが、魔族のことを嫌わないでください」
頭を下げたまま拳を強く握るイアンに、フィルは首をかしげる。チラチラとリタの方を見て、この謝罪は自分に向けてのものなのか、と確認をした。
「んー、嫌いにはならないよー。クレアもサクも好きだしー」
そこまで言って、フィルは隣のリタに目線を動かす。リタが首をひねると、微笑んでイアンに視線を戻した。
「しばらくはリタに近付けさせないけどー、別にイアンも嫌いじゃないよー」
ニッと笑ったフィルに、二人はもう一度頭を下げて部屋を出て行った。パタン、と静かに玄関が閉まる音がすると、リタはハァとため息をついた。まだ朝だというのに、すごく疲れていた。それに、フィルは自分が被害者だとまだ全くわかっていない様子だ。
「本当にすまなかった」
「いえ、サクさんは悪くありません」
「いや、でも私がきちんと監視しておかなかったのが悪い」
首を横に振ったサクに、何かを企んだ顔のフィルが近寄る。
「サクー、じゃあお詫びにー……」
「ああ、どんな処罰でも受けよう」
サクがそう言うと、フィルは彼女の腕を引いて部屋の扉を開けてニヤッと笑い、こう言い放った。
「本片付けるの手伝ってー」
「なあ、この本全部フィルが使ったのか?」
玄関に散らばった本を拾いながら、サクは感心したようにそう言う。さっきイアンに聞いた話しだと、フィルの魔法で使われたものだろう。
「んー、そうみたいー。あんまり覚えてないんだよねー」
「どうやったんだ?」
「わかんなーい。リタを守るのに必死だったからー」
本を抱えて立ち上がったフィルはそう言うとニコッと笑う。おっとっと、とフラついたフィルを支えたサクは、本を片手で持ってわしゃわしゃと頭を撫でた。
「そうか、すごいな」
「まあねー!」
胸を張るフィルの頭をもうひと撫でし、本を運ぶ。面倒くさそうに本を並べるフィルを見て、サクは思った。
「もー、サクー! サボってないではやくー!」
「わ、悪い」
——リタが絡むと本気を出すんだな、と。




