ここで何をしていた、イアン
「おい、どうした!」
突き破る勢いでリタの家の玄関を開けたサクは、そこに集まっている面々を見て驚いた。正座させられているイアンと白衣の青年。その前で、怯えた表情でフィルの服を掴んで椅子に座っているリタと、リタを守るように立って眉を吊り上げて腕を組んでいるフィル。少し異様な光景だった。
「サクさ――」
「サクー! イアンとこの人がリタにケガさせたー!」
呼びかけたリタを遮るように、フィルが口を開く。正座している二人を指差して、こいつらが悪いとサクに訴える
「フィル、そうじゃなくて……」
「何があったんだ?」
「ちょっと私にもよくわからなくて……」
興奮しているフィルを抱き寄せて、リタは冷静にサクに話す。目の前の二人組はサクの登場に、一層下を向いてしまった。
そんな二人を見下ろして、サクはきつい口調で問う。
「イアン、どうしてここにいる?」
「あの、えっと、いえ、博士……」
口ごもるイアンに、イライラした様子のサクは腕を組んで口調を強める。
「ここで何をしていた、イアン」
イアンのことは信頼しているが、フィルがこんなに興奮しているのも、リタが怯えているのもおかしい。誰が悪いにしても、この状況をうまく説明出来そうなのはイアンしかいなかった。
サクの視線にイアンは縮こまって拳をギュッと握り、勢いよく顔を上げる。
「す、すみませんでした! 博士にご迷惑をおかけするつもりはなかったんです」
そう一気に言い切った後、手を前について頭を下げた。その姿を見た隣の青年も同じように頭を下げる。しかし、フィルの怒りは収まらない。
「そんなことより先にリタに謝ってー!」
敵意むき出しの目で頭を下げる二人を睨みつけ、噛みつきそうな勢いだ。飛びかかりそうなフィルを落ち着かせるように、リタは抱きしめる腕を強める。ギュッと抱きしめると、フィルは力を抜いてリタの膝の上に座った。
「フィル、落ち着いて……」
リタは、膝の上のフィルの頭を撫でる。それをチラリと見たサクは、再びイアンに厳しい視線を向けた。
「迷惑? 何をしたんだ」
「リタに怪我させたー!」
今度は大人しく、それでも膝の上からヤジを飛ばすフィル。
「私は大丈夫だから、ね。イアンさんの話を聞こう?」
リタはフィルの髪に指を通す。どうしてこんなにフィルが興奮しているのか、とリタは思った。
だって被害者は——
「端的に言いますと……彼女を誘拐しようと……」
フィルだ。
フィルを指差すイアンに、サクは眉をひそめた。わけがわからないという表情のサクは、かろうじて口を開く。
「は?」
サクのその一文字にイアンは体を固くし、膝の上で手を強く握る。
時は約三十分前に戻る。
その朝、リタはフィルの自分を呼ぶ声で目が覚めた。昨日の夜はフィルが寝付けないと言ったせいで、少し夜更かしをしてしまった。
「リタっ!」
ぼんやりとした頭で聞いたその声は、金切り声に近かった。ガタガタと何かがぶつかる音もする。薄っすらと目を開けると、まだ窓の外が薄暗い。
「リタ、たすけてっ!」
そんな声が響いた瞬間、リタの目は一気に覚めた。部屋中を見回してもフィルがいない。
「フィル!?」
リタはベッドから飛び降りて部屋を出る。するとそこには、二人組の少年と青年に抱えられているフィルがいた。そんなフィルは、廊下の壁の角に手をかけて二人組に抵抗している。
「やだ、離してー!」
あまりの光景に呆然としていたリタだったが、フィルのその声でハッとした。
「ちょ、待ってください! なんなんですか!」
そう言って駆け寄ろうとすると、少年——イアンはサッとリタの前に立ちふさがった。イアンの背後ではフィルと青年の力比べが続いている。
「どいてください!」
「リタ、助けてーっ!」
イアンをかわし、青年とフィルに駆け寄ったリタ。フィルが壁から手を離してしまって連れて行かれそうになったギリギリのところで、リタは青年の腕を掴んだ。
「フィルを離してください」
「邪魔だ」
青年は腕を掴んだリタの肩をドンと押す。リタはその勢いで廊下に尻餅をついた。
「いたっ……」
「リタ!?」
リタに注意を向けたフィルを抱え直して、二人は走り去る。思いの外早いその動きに、もう追いつけない、とリタが思った次の瞬間だった。
「うわっ!? な、何だよこれ!」
ドサドサと何かが大量に落ちる音と、青年の驚きの声が玄関の方で聞こえた。玄関が開ける音はせず、まだそこにいるのだとわかったリタは慌てて現場に向かう。
「フィル!」
玄関でまず目についたのは、大量の本だった。その本の下敷きになった二人組は気を失っているのか、動かない。腕から解放されているフィルは、本の山の横で目をギラつかせている。肩を上下させて息をしている上に、リタの呼びかけにも気づいていない様子だ。
「……フィル、何があったの?」
ポンと肩をたたくと、フィルは振り返った。パアッと顔を明るくしたと思えば一転、心配そうに眉を下げる。
「リタ、だいじょーぶ!?」
そう言ってペタペタとリタの体を触る。転んだ時に打ったお尻を入念にチェックして、最後に頭を撫でた。
「大丈夫。そんなことよりこの本は……」
「本棚に戻すの大変だよねー。ごめんねー」
心底申し訳なさそうな顔をして本を拾い集めるフィル。リタも一冊拾ってみる。どれもこれも、この家にあるものばかりだった。どうしてこんなところに本が。それに彼らの上に。そんなリタの疑問は、次の瞬間に解明される。
目が覚めたのかピクリと指先を動かした青年が、素早く本の山から飛び出した。と同時に、フィルは再びギラついた目で、片膝をついて床に手のひらを当てる。その瞬間、山になっていた本たちは一斉に動き出して玄関ドアの前に立ち並び、青年を邪魔する壁となった。
「リタに怪我させて逃げない、よねー?」
キラキラと青く光る本たちは、意志を持っているかのように青年の行く手を阻む。この青い光はリタも見慣れたアレだった。きっとこれはフィルの魔法だ。
「リター、サクに連絡してー」
床に手を当てたまま、首にかかったペンダントをリタに投げる。慌てて受け取ったリタは、それを握ってサクを呼び出した。
「サクさん、今すぐ来てください!」
そう言った途端、リタは力が抜けてその場にへなへなと座り込んだ。フィルが連れて行かれずに済んだ。それを急に実感して、リタは手が震えるのを感じた。
だって、一番の被害者はフィルなのだから。




