博士、お疲れ様です
「さ、今日はこの辺りでお終いにしようか」
パンパン、と手を叩いたサクがそう言うと、小さな生徒たちは教科書を閉じて素早くカバンに入れ始める。サクは部屋の扉を開けてやり、口々に「ありがとうございました」と言う生徒たちを送り出した。外で待つ親に抱きつく生徒たちは、皆一様にサクに手を振って帰っていく。
その中に一人、扉の横に立つサクの元で立ち止まった少女がいた。サクはしゃがんで彼女に目線を合わせる。
「サクせんせー、ありがとーございました!」
サクは、ぺこりと頭を下げた少女の頭を撫でた。彼女はとても優秀だ。教えたことをすぐに吸収してはその応用まで考え始めるのだ。彼女が大きくなったらうちの研究所に入ってくれないかな、とサクは常々思っている。
「うん、また……明後日かな?」
「はい!」
「今日教えたのも復習しておくんだぞ」
「はい、します!」
元気にそう答えた少女は、もう一度サクに頭を下げて部屋を出て行った。迎えに来ていた母親と手をつなぎ、サクを振り返って手を振る。その微笑ましい姿に頰の緩んだ表情で手を振り返した。
よいしょ、と立ち上がると部屋の後ろに立っていたジャグに目を向ける。ニーナはいつものように、迎えのまだ来ていない子供たちと話しているようだ。サクにとって、それはとてもありがたかった。授業ならない大丈夫だが、子供たちと話すのは得意ではないのだ。
少女の頭を撫でているニーナをチラリと見て、ジャグに話しかける。
「ジャグさん、今日もお疲れ様です」
「いえいえ、こちらこそ毎日お邪魔しちゃって」
ジャグは照れたように頭を搔いてペコペコと頭を下げた。
「私の授業は何か役に立っているのでしょうか?」
サクのその問いに、ジャグは腕を組んで考える。
「えーっと、魔法が身近になって、何が起こっても驚かなくなりましたね」
「そうか、そういうこともあるんだな」
はっはっは、と笑う二人に、ニーナは少女たちを親に引き渡しながら不思議そうな顔をした。
「あー、疲れたあ」
自分の部屋に戻ってきたサクは、授業で使った荷物をドサっと置いて椅子に腰掛けた。首と肩をグルグル回してコリをほぐす。
サクが帰ってきた物音に気付いたのか、イアンが部屋の扉を叩いた。どうぞ、と促すと、扉からイアンが顔を覗かせる。深く頭を下げて部屋に入ると、少しの音も立てず静かに扉を閉めた。
「博士、お疲れ様です」
「あぁ、やっぱり年少のクラスは疲れるな」
「今日はお手伝い出来ずに申し訳有りませんでした」
頭を下げるイアンに、サクは首を横に振った。いつもの授業なら、助手であるイアンはサクに付いて手伝いをしてくれる。しかし、数日前からイアンは何かの研究に没頭しているようで、サクはそちらを優先しろと言ったのだ。授業についてきてもらっても、何もすることがないこともある。それなら、イアンには自分の興味のあることをしていてほしい、というのがサクの考えだった。
「イアン、今度は何に熱中してるんだ?」
「あ、いえ……」
曖昧に誤魔化すイアンに、サクは薄く笑った。内緒なのか、と理解したサクはそれ以上問い詰めることもなく、笑いかける。
「ま、何かわかったら私にも教えてくれよ」
「はい、もちろんです」
コクコクと頷いたイアンのペンダントが光る。
「すみません、失礼します」
サクに頭を下げたイアンはペンダントを握った。他人の会話を盗み聞きするのも……と思ったサクは、教材などの片付けを始める。サクの背後では、イアンが小声で誰かと話している。
「あぁ。……わかった」
そんなぶっきらぼうで短い返事を背中に受けながら、サクはせわしなく教材を片付ける。
「……わかった、また明日の朝に」
それだけ言うと、イアンはペンダントを離した。
「すみませんでした」
「いやいや、もう終わりか?」
「はい、大した用ではなかったので」
"明日の朝に"何かを約束していたはずのイアンは、首を横に振ってみせる。サクは疑うことなく納得して笑顔で頷いた。
「今日の夕食は魔王様に招待されておりますので、後ほど魔法陣をご用意いたします」
「あ、そうなのか。今からご飯の準備するの面倒臭いな、と思ってたんだよ」
ニヤッと笑ったサクに、いつも無表情なイアンも少し頰を緩めた。
「では、後ほど」
そう言うイアンは再び深く頭を下げて部屋を出て行った。イアンのいなくなった部屋で、サクはため息をつく。あまりに丁寧なイアンの自分に対しての態度に、サクは堅苦しさを感じていた。それに——
「……明日の朝、何をするつもりなんだ?」
シリアスな顔つきでポツリと呟いたサクの声は誰にも届かない。しんと静まり返った部屋で、サクはしばらくその顔つきで脚を組んでいた。
「あ、デートか」
シリアスな顔つきは一変し、プッと吹き出したサク。頭の中ではイアンのデート姿が浮かんでは消え、浮かんでは消える。隣を歩く彼女に笑いかけるイアンを想像して、サクは再び吹き出した。
「あー、ついて行こうかな」
サクは、イアンが来るまでクスクスと笑いながら教材の片付けを続けた。迎えに来たイアンを見た途端吹き出し、嫌そうな顔をされたのは言うまでもない。
□
「イアン、準備ができた」
「あぁ」
「決行日は明日だ」
「わかった」
「明日の朝一で迎えに行くからこっそり研究所の前まで出てくれるか?」
「わかった、また明日の朝に」
そんな会話が後ろで行われていたことを、サクは知らない。
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