明日は何する?
リタとフィルは家にあった魚とパンで夕食を済ませ、二人でベッドに入った。柔らかいベッドに飛び込み、少しだけ言葉を交わすと目を閉じる。いつもならすぐに寝息を立て始めるフィルだが、今日は違った。何度もリタを抱きしめてみては離れ、また抱きついては離れを繰り返す。
真っ暗な天井を見上げて、フィルは隣のリタを見た。うつ伏せで寝ているリタは、その赤い髪が顔にかかって表情が見えない。一人ぼっちの空間に少し不安を覚えたフィルは、小さな声でリタを呼んでみる。
「……リター」
静かな部屋に、響くでもない小さな声。隣で寝ているリタにも届いていないだろう。気持ちよさそうに寝ているリタを起こす理由もない、とフィルが諦めて目を閉じたその時。
「……ん、どうしたの?」
リタは自分の髪をかきあげて薄っすらと目を開く。暗い部屋の中で、フィルがこっちを見ているのがわかった。
「わ、ごめんねー」
「大丈夫。どうしたの?」
なにも答えないフィルにもう一度、どうしたの?と繰り返してリタはフィルの頭に手を伸ばす。わしゃわしゃと頭を撫でると、フィルは小さく笑って口を開いた。
「ねむいー?」
「うん。フィルは寝ないの?」
「ねむくないー」
「珍しいね。何かあった?」
「お昼寝したからかなー?」
フィルは退屈そうに天井に手を伸ばし、閉じたり開いたりしてみる。
「いつもしてるじゃん」
そう答えたリタはクスクスと笑い、寝返りを打ってフィルと同じように仰向けになった。グーパーしているフィルの手を見上げて、リタも真似をする。
「それじゃ、フィルが眠たくなるまで何か話そうか」
「ありがとー」
「んー、じゃあ明日は何する?」
二人はダルくなった腕をベッドに下ろした。天井をジッと見て尋ねるリタに、フィルは指折り提案し始める。
「明日はー、まず起きてーご飯食べてー、それからー……」
「私はお買い物行かなくちゃ。今日行けなかったし」
「それだー。眠たくなかったら付いていくねー」
あくまで眠気がなかったら、なのだ。フィルらしいな、と笑ったリタは頷いて話を続ける。
「うんうん、他には?」
「んー、クレアと話す、かなー?」
「あ、この間のお詫びにあそこのクッキー持って行こっか」
「あれ全部食べたのかなー」
そう言うフィルは、苦い顔をする。暗さに目の慣れたリタにはその表情が見えた。フィルをもそんな表情にしてしまうあのクッキー。思い出すだけで口の中が乾くような粉っぽいクッキーだが、リタには心当たりがあった。
「うーん、わかんないけど、たぶんお母さんが食べたんじゃないかな」
フィルのことが好きな母が、フィルの作ったクッキーを捨てるなんて出来るだろうか? 苦笑いで答えるとフィルがベッと舌を出してなおも嫌そうな顔をするので、リタは吹き出す。それに連鎖するようにフィルも笑い出して、静かな部屋はすぐに明るくなった。
しばらく笑いあった後、再び静かになる部屋。寝たのかな、とフィルの方を見てみると、彼女もリタをジッと見ていた。暗い部屋で目の合ったリタはなんだか恥ずかしくなって勢いよく目をそらす。
「じゃ、じゃあ、明日は買い物に行った後にクレアさんのところに行こうね」
「んー、行こー」
それだけ答えると、部屋は再び静かになった。無言でいても、不思議と居心地の悪さは感じない。フィルは布団の下でギュッとリタの手を握って、えへへと照れたように笑う。その仕草に、繋がれたリタの指先はピリリと痺れた。
「フィルはさ、もし三百年前に生まれてたらさ、えーっと、その……」
「えー、なにー?」
ふと思い出した出会った時からの疑問を口にしたものの、言葉を詰まらせたリタ。そんなリタにフィルは問い返して、首を彼女の方に向ける。リタは少しの沈黙の後、続きを話し出す。
「……もし三百年前に産まれてたら、人間と戦ってた?」
そんな素振りを見せないのでよく忘れるのだが、フィルは一応"兵器"なのだ。特に理由もなく口にしたその疑問に、フィルは明るく答えた。
「そーなんじゃないー? それがわたしの使命だったんだしー」
「そっか、そうだよね」
無意識にも少し暗くなってしまったリタの口調に、フィルはギュッと手を握りなおす。
「うーん、でも、三百年前のわたしもめんどくさいとか思ったかなー? あ、その時にリタと会ってたらやめてたよー」
ニッと笑ったフィルはまだ続ける。
「だってリタを傷つける為にうまれたわけじゃないしー。三百年前のわたしだってそう思うはずー」
「さ、三百年前には私はまだいないよ」
恥ずかしくなって早口でそう答えたリタに、フィルはケラケラ笑って頷いた。
「わかってるー。だからねー、わたしは今うまれてこれてよかったと思うよー」
それだけ言ってふぁあ、とあくびをしたフィルを見て、リタは微笑んだ。さっきまであんなにぱっちり開いていた目も、今はいつものようにとろんとしている。
「眠たくなった?」
「んー、でももーちょっと話すー……」
目をこすってそう言うフィルの肩まで布団を持ち上げる。もう夜は少し肌寒い。リタは繋いでいない方の手をポンとフィルのお腹に置いて、囁くように呟いた。
「明日にしよう、ね。おやすみ」
「んー……みー」
聞こえるか聞こえないかギリギリの声で返事をしたフィルは、すぐに寝息を立て始める。リタは、規則正しく上下する胸をしばらく眺めた後、天井に視線を動かした。繋がれた手からフィルの体温を感じる。
フィルと二人ならきっと明日も楽しい日になる、とリタは目を閉じた。




