わたし、どこにいたー?
その日、リタとフィルは森の中を歩いていた。フィルはリタの手を握り、楽しげに自作の歌を口ずさむ。
「もりーはー木がいっぱーいー!」
「テンション高いね」
リタがクスクスと笑うと、フィルはスキップしていた足を止めてリタの歩調に合わせた。その代わりに、繋いだ手をブンブンと振って歩く。
「そーかなー?」
「うん。ただの買い物なのについてくるなんて思わなかった」
「そーゆー日もあるよねー」
「そっか」
リタは空いた手でフィルの頭をわしゃわしゃと撫でる。えへへ、と笑うフィルが再びスキップを始めたので、リタはその手を引いて落ち着かせた。
しばらく楽しげに歩いていたフィルだったが、突然ピタリと足を止めて空を見上げる。空に何があるのか、と見上げたリタは、木々の隙間から照らす陽の光が眩しくて目を細めた。
「ねー、リター。わたし、どこにいたー?」
目の裏に太陽の残像が残るリタが目を擦っていると、フィルはそう口にする。特別真剣な様子もなく、ご飯は何か、と聞いているようなテンションでそう尋ねるので、リタは首を傾げた。
「ここにいるよ?」
リタがそう言って繋いだ手を揺らすと、フィルは少し笑って首を横に振る。
「そーじゃなくて、初めて会ったときー」
「あー、えーっと……」
リタは少し考える。考えて考えて、ハッと思い出した。
「こっち、かな?」
「いこー!」
リタが歩いていた右側を指差すと、フィルはギュッと手を繋ぎ直す。人が通らず落ち葉と草だらけの場所を歩き、少し崖になったところで二人は立ち止まった。そこでリタは地面に視線を落とす。
「あの日は雨で地面がぬかるんでて……たぶんここを落ちたんだよね」
崖の下を見てみても木しかない。他の場所となんら変わりのない森だ。突然来たいなんてどうしたんだろう、と思っていたリタの手を離して、フィルは遠くを指差す。
「おー、あれだー!」
「どれ?」
「あれ、あれー!」
遠くを指差したまま楽しそうに跳ねるフィルは地面に座り込み、そのまま目の前の崖を滑り台のように滑り降りた。
「わ、危ないって!」
「ひゃー!」
両手を上げて楽しげにするフィルは、落ち葉を髪に絡めながら滑り降りていく。ドサッと大きな音と共に底にたどり着いたフィルはその勢いで、溜まっていた落ち葉を頭からかぶった。
「だ、大丈夫?」
山盛りの落ち葉に埋もれて動かないフィルに、リタは崖の上から声をかける。すると、ブルブルと頭を振って勢いよく出てきた。フィルは大きく手を振り、ケラケラと笑う。
「おしり打ったー! リタもはやくー!」
足元に広がる落ち葉を腕いっぱいに抱えては投げ、楽しげに跳ねた。初めて会った日フィルを連れて帰るのに通った道があるはずだ、とリタはキョロキョロと辺りを見回して、フィルの元に向かう道を確認した。未だに落ち葉と戯れているフィルに向かって叫ぶ。
「あっちから行くから、そこで待っててね」
動かないでね、と念を押してその場を離れたリタに手を振り、フィルは枯葉の山にダイブした。
「はぁはあ、何を見つけたの?」
かなり遠回りをしたせいで、リタは息を切らせていた。枯葉のベッドに寝転んでいたフィルはそれを見てからゆっくりと起き上がる。
「なんでこんなところで寝転ぶの……」
「リタが遅いからー」
服にも髪にも大量の落ち葉が絡みつき、フィルが頭を振っても離れない。そこで改めて嫌そうな顔をしたフィルが、より激しく頭を振るも絡みついた葉はほとんど落ちない。フィルは眉間にしわを寄せてリタに背中を向ける。
「リター、取ってー」
「もう、こんなところで寝るからだよ」
そわそわと体を揺らすフィルの肩を掴み、リタは一枚ずつ髪から葉っぱを取っていく。せっかくの綺麗な髪が台無しで、リタはため息をついた。
すべての枯葉を取り終わってリタはフィルの頭をポンと叩く。
「で、何を見つけたの?」
「あれー!」
フィルが指差す方を見ると、ちょうど木に隠れて見えなかった物が目に入った。中には落ち葉が入り込み、周りも囲まれているが、それはどう見てもあの"卵"だった。リタはその卵に駆け寄ってペタペタと触る。少しざらざらとしたその手触りが懐かしい。
「これ、まだここにあったんだね」
「誰も動かしてなかったならあるでしょー」
フィルの入っていた"卵"は、あれから一切動かずにそこにあった。バラバラに割れた上半分はきっとこの落ち葉の下に埋まっているだろう。
フィルはボウルの形に残った卵を覗き込み、リタと同じようにペタペタと触ってみて目を輝かせた。
「ほー、意外と狭い……」
感心したようにそう呟くフィルは、恐る恐るその中に入った。すっぽり収まるそのサイズ感に、何かを思い出したようにそこで丸くなる。初めて会ったときと違うのは、フィルが辛うじて服を着ていることと、中にあるのが葉っぱだということだけだ。
そのままフィルが目を閉じると、リタはドキリとした。初めて会ったときのことを思い出す。あの時も、目を閉じていても綺麗な顔立ちだなと思ったのだ。
「ねえ、さっきせっかく葉っぱ取ったのに」
「んー、でもいいサイズー」
あろうことかあくびをしたフィルは、満足そうに卵の壁を内側から軽く叩く。コツコツという軽い音が静かな森に響いた。もしかして、と思ったリタは、目を閉じるフィルにそっと話しかける。
「フィル、寝ないよ、ね……?」
「ちょっとだけー」
「え、ちょっと!」
「おやすみー」
フィルは再びあくびをしてからニッコリ微笑むと、目を閉じる。愕然としているリタをよそに、フィルはこんな場所でも安心しきったように寝息を立て始めた。
「はや……」
リタは、すやすやと眠るフィルの入った卵に背中を預けて座る。こんなところで寝られては今日の買い物は無理だろう。帰れるのはいつになるかな、とリタは諦めたように空を見上げた。




