できたー! すごい、かわいー!
「こんばんは」
「よ、久しぶり!」
軽く手を上げて挨拶をしたクレアに、フィルは不満そうに頰を膨らませる。
「わたしたちお菓子の家作ってたんだけどー」
「お菓子の家? 楽しそうだな!」
クレアが楽しそうに返事をするも、フィルはその態度にも不満げな表情を変えない。リタの手元の皿を指差して、バンとテーブルを叩いた。
「もうすぐ完成だったのにー」
「それはすまん」
「いえいえ、一緒に作りましょう。あとは組み立てるだけなので」
何をそんなに熱くなっているのか、とリタはフィルの頭を撫でる。チラリとリタの方を見たフィルは、少しだけ表情を緩めた。
「クレアは見ててー」
それでもなおクレアには厳しい言葉を返す。ペチペチとテーブルを叩いて敵意むき出しのフィルに、クレアは首を傾げた。
「フィル、眠いのか?」」
「ねむくないー!」
クレアの的外れな質問に、フィルの口調はまた厳しくなった。
魔法とはなんて便利なものなのか、とリタはしみじみと思った。クレアが手をかざすだけで、クッキーをくっ付けるためのチョコレートは簡単に溶け、固まるのだ。隣で嫌そうな顔をしていたフィルも、その魔法には目を輝かせて真似をした。
クッキーの壁は四面繋げられ、チョコレートの屋根が不安定ながらも乗った。フィルはその屋根の上に小さくカラフルなチョコレートを乗せる。
「見てー、きれー!」
「うん、可愛いね。それじゃあ、こっちは赤がいいんじゃない?」
「んー、それもいいかもしれないー!」
組み合わせたクッキーが崩れないように、そーっと屋根にチョコレートをくっ付ける。フィルの指先はぷるぷると震えているが、丁寧に一つずつ並べていく。
あと数個で屋根全体がカラフルになりそうだという時、バーンと部屋の扉が開けられた。
「出来たわ――ってフィルちゃん! 本当に来てくれたの!」
大きな皿を持ったニーナと、もっと大きな皿を持つジャグ。部屋の中にいるフィルに気づいてパアッと明るい声を響かせるが、フィルは目線を一切動かさずに手だけをニーナに向ける。
「来ないで!」
集中しているがゆえの厳しい口調でビシッと言い切られたニーナは、手に持った料理を落としそうになりながらその場に座り込んだ。ブツブツと何かをつぶやき、目のハイライトが消えていく。
そんなこととは知らないフィルは、ジッと屋根を見つめて丁寧にチョコレートを置いていく。最後の一つを青に決めたフィルは、フーと息を吐いてゆっくりと乗せた。
「できたー! すごい、かわいー! 見て、リタ!」
「ゆ、揺らしたら倒れるよ」
ぴょんぴょんと跳ねて嬉しさを全身で表現するフィルを、リタは慌てて押さえる。
「クレアもありがとー」
ここに来た時の態度は完全に改められ、フィルはいつも通りの表情でクレアの頭を撫でた。クレアはお菓子の家を物欲しそうな目で見つめて、じゅるりと口元を拭う。
わーい、とリタに抱きついたとき、フィルはようやく床に座り込んでいるニーナに気付いた。リタから離れ、ニーナの前にしゃがんでくんくんと鼻を鳴らす。
「あ、ママー! ご飯作ってくれたのー?」
先ほどの言葉は無意識だったのか、無邪気で明るい声を出す。キャッキャと笑って料理を受け取り、その場でくるくると回った。その様子にニーナの目は光を取り戻し、ギュッとフィルを抱きしめる。
「危ないよー?」
「いつものフィルちゃんでよかったわ!」
頭にクエスチョンマークの浮かんでいるフィルの髪をわしゃわしゃと撫でるニーナ。
「さ、ご飯にしましょう」
「しましょー!」
フィルの掛け声に、その部屋にいた全員が席に着く。ニーナとジャグが二往復して、テーブルにはたくさんの料理が並べられた。その隣に並ぶお菓子の家は、思いの外上手に出来ている。
「ごちそうさまでしたー」
「フィルちゃんはよく食べてくれるからやっぱり作り甲斐があるわ」
ニーナはうっとりとした顔で満腹のフィルを見つめる。
「ニーナが料理上手って本当だったんだな」
「クレアちゃん、疑ってたの!?」
「だってニーナだぞ?」
「どういうことよー」
ケラケラと笑うクレアに、ニーナは頰を膨らませた。思いの外上手くやっているんだな、とリタが感心していると、フィルはテーブルの下でその服の裾を引く。
「リタ、帰ろー」
耳元に口を寄せ、こっそりとリタにだけ聞こえるようにそう呟いた。目の前ではニーナとクレアが言い合っている。フィルはお菓子の家に目線を動かし、ブンブンと首を横に振った。それだけの動作でリタにはわかった。
——美味しくないから食べる前に帰ろう。
フィルはそう言いたいのだ。
「うん、帰ろっか」
意図を汲み取ったリタがそう言って立ち上がると、言い合っていた二人がパッとフィルを見た。
「え、もう帰っちゃうのか?」
「そうよ、フィルちゃん一緒にお風呂入りましょう?」
二人の視線に、フィルは言葉を詰まらせる。
「あ、えー、えっとねー、用事があるからー」
「まあいいか、急に呼んで悪かったな」
簡単に諦めたクレアに、フィルはあからさまにホッとした顔で息をはいた。
「お菓子の家は忘れず持って帰れよ」
「く、クレアたちにあげるよー」
「や、でも君たちが作ったんだろう?」
そうって皿をフィルに渡すクレアの目からは、食べたいという欲がだだ漏れだ。美味しくないんですよ、と心の中で謝るリタ。フィルは押し付けられた皿をジッと見つめ、ハッとして屋根をもぎ取った。
「じゃ、屋根だけもらっていくねー!」
ササっと隣の皿にチョコレートの屋根を乗せて、リタとサクの手を引く。
「お邪魔しましたー!」
二人の手を引いて慌てて部屋を出るフィルに、残された三人は首を傾げた。パタパタと遠ざかっていったはずの足音が一人分だけ戻ってくる。バンと勢いよく開けられた扉から顔を覗かせたのはフィルだ。
「あ、そのクッキーわたしも手伝ったんだよー」
ニコッと笑ってそう言った。その目線は完全にニーナに向けられていて、彼女は不思議そうな顔をする。だけどフィルがそう言えばニーナは食べないわけにはいかなかったのだ。——例えそれが粉っぽいクッキーでも。
『あ、えっと、美味しかったぞ』
家に戻ったフィルのペンダントが光りクレアの疲れたような声が響くと、リタは見えないにもかかわらず深く頭を下げた。フィルはとなりでなぜか大笑いをしている。
何はともあれ、お菓子の家は作られた。もう一度作りたいと言うフィルの口元のチョコレートを拭い、リタは遠い目をした。




