わたし、リタのこと好きだったんだー
「ねむー……」
村に戻ってきたフィルは、到着早々そう口にした。ふぁあ、と大きなあくびをすると、そのあくびはリタに連鎖する。リタのあくびを横目で確認したフィルはゆっくりとした動作で玄関を開けて家に入った。
「……ただいまー」
「ん、おかえり」
本日二度目のやり取りを行い、リタはリビングに入る。あくびを続けるフィルは、そんなリタの後ろをぴったりとくっついて歩く。
「フィル、今日はちょっと早起きだったし疲れたよね」
何も言わずに後ろを歩くフィルの頭を撫で、リタはリュックを下ろした。早起きした上に隣町まで行った。魔法陣を二回も使ったし、きっとフィルは物凄く疲れていることだろう。そう思ったリタはリュックの中身をテーブルに出して微笑む。
「晩御飯まで寝てていいよ」
「んー……」
再び大きなあくびをしたフィルは、眠たげな目でリタを見たまま動こうとしない。
「どうしたの?」
中身を全部出し終えたリタは首を傾げる。ぼんやりとした目でフラフラと少し揺れながら立っているフィルは、ぐしぐしと目をこすってリタの腕を掴んだ。
「え、なに?」
驚きの声を上げたリタに構わず、フィルはグイグイ引っ張る。思いの外強い力で引くフィルに、リタはされるがままだ。
「ね、フィルどうしたの?」
ベッドの前まで連れてこられたリタはそう言ってフィルを覗き込む。無言のフィルはジッとベッドの上に広げられたままの服を見ている。ああ、片付けろと、とその目線で感じたリタは、いそいそとテーブルに移動させた。
「これでいい? じゃ、おやすみ」
ぽんぽん、とフィルの頭に手を置き、キッチンへ戻ろうとした時だった。
「ぅわっ!?」
ぼんやりとした目のフィルは、リタの両肩を押してベッドへ倒す。ふかふかのベッドの上で、リタは驚いた表情のまま固まった。ベッドの横に立ったままリタを見下ろしているフィルは尚も無言だ。
「フィ、ル? ど、どうしたの?」
リタがそう尋ねると、フィルは手を伸ばした。フィルの意図がわからず、きつく目をつぶったリタの心臓がバクバクと激しく脈打つ。もしかして、もしかして、とリタは数時間前にこの部屋で考えたことを思い出していた。
——私たちの関係はどう表せばいいんだろう? 姉妹? 友達?
そんな自問自答の最後に浮かんだ答え。リタの顔を真っ赤にさせたその答えは——
しかし、フィルはそんなリタの頭を優しく撫でて、ニコッと笑った。そのままリタの横に入って、ギュッと抱きしめる。
「リタも寝よー……おやすみー」
眠くていつもより低くなった声でそれだけ言うと、何事もなかったかのように目を閉じた。フィルとは逆に、リタは目を開ける。
「あ、えっ、と……」
いらないことを想像してしまった、とリタは深呼吸を繰り返す。吸って吐いてを繰り返しても、心臓がうるさい。落ち着かない心臓の音はきっとフィルに聞こえてしまっているだろう。
「わ、私は大丈夫だから」
「……寝るのー」
「ほ、ほら、晩御飯の準備しないと」
ギュッと抱きしめられていてベッドから出られないリタは、慌てた口調でそう言う。バクバクと鳴る心臓を落ち着かせるため、一旦フィルから離れたいのだ。しかし、フィルは不服そうに頰を膨らませる。
「起きてから考えればいいでしょー」
「いや、まあそうかもしれないけど」
そういうことじゃない、とリタは頭の中でグルグルと他の言い訳を考える。
「あの、えっと……」
次の言葉が浮かばないリタに、フィルは抱きしめていた腕をほどいて上半身を起こした。この隙に、と思ったリタの頭を再び撫で、諭すように呟く。
「リタだって、眠たい時に寝ていーんだよ?」
それだけ言うと再び体を横たえて、リタに腕を回した。楽しそうにリタの頭を撫でてニコニコ笑う。
撫でられるリタは、一瞬なんのことを言われているかわからなかった。一拍置いて理解したリタは、ふふっと笑ってフィルの頭を撫で返す。
「ん、わかった。ありがとう」
こちらに帰ってきた時にリタがしたあくびを見ていたのだろう。眠たくてしたわけではなかったのだが、全く眠たくないわけでもない。そう思うと、リタは再びあくびをした。
「晩御飯のことは起きてから考えるね」
「そーそー」
「……おやすみ」
フィルから感じるあたたかさと、彼女の鼓動が心地よく、リタは目を閉じるとすぐに眠りについた。
「……おやすみー」
リタが眠るのを見届けたフィルはそう小さく呟き、そっとリタの額に唇を寄せた。
唇を離して小さく笑った瞬間、自分の行動に混乱した。考える前に自然と動いた自分の体に、フィルの顔がみるみるうちに赤くなる。
——今、わたしは何をした?
眠っているリタの顔と、自分の震える指先を何度も交互に見た。なんだか指先がピリピリする。震える指で唇に触れ、先ほどの自分の無意識の行動を思い出した。眠気などどこかへ行ってしまったようで、頭を今までにない程回転させる。
「わ、わたし、リタのこと好き、だよー?」
フィルは震える声でそう呟いた。リタが好きだなんて何度も言った。クレアも好きだし、サクも好きだ。でもきっとこれは、リタの"これ"は違う。
「わたし、リタのこと好きだったんだー」
えへへ、と笑ったフィルはギュッと目を閉じる。リタの小さな寝息を子守唄に、フィルも眠りについた。




