……そんなことよりお菓子の家だ
「たっだいまー!」
「ん、おかえり」
玄関の扉を勢いよく開けて、フィルは家に飛び込む。そのままの勢いで廊下を走ったフィルは何もない所でつまずいた。ごつん、と大きな音がして、まだ玄関にいたリタが駆け寄る。
「だ、大丈夫?」
うつ伏せに伸びているフィルは、クッキーの箱だけを頭の上に掲げて死守した様子だ。しかし、完全にどこかを打った音がした。リタは箱を受け取って、倒れたままのフィルに声をかける。
「フィル、大丈夫? 立てる?」
「痛かったー……」
自力で立ち上がったフィルは、涙目で膝を撫でてそう言う。ワンピースの裾から見える膝小僧が赤く、そこを打ったのだということがありありとわかった。
「走るから……」
「だってー……」
「動かしても痛い?」
その言葉に、フィルは足踏みをする。初めは恐る恐る動かしていたが、徐々に跳ね始めた。どうやら足首をひねったりはしていない様子だと。
「ぜんぜん痛くなーい」
「じゃあ打っただけだね」
リタはフィルの膝を撫でる。白い脚の中で膝だけが赤く痛々しいが、きっとすぐに痛みも引いて赤みもなくなるだろう。もしあざになったらしばらく裾の短いワンピースは着せられないな、とリタは思った。
リタが撫でるのをやめると、涙目だったフィルはケロリとしてリビングへ向かう。リタから受けとったクッキーの箱や大事そうに抱えている。
「クッキーは棚にしまっておいてね」
「はーい」
転んだことを忘れたのか、フィルはパタパタとキッチンの方に走っていく。その背中を苦笑いで確認して、リタは部屋に入った。
パンパンのリュックから、買いたての服をベッドにどさっと出す。このコートを着て歩いたらきっとまた姉妹に間違われるんだろうな、とお揃いで買ったコートを見てふふっと小さく笑う。そういえば私たちの関係はどう表せばいいんだろう、とフとリタは思った。
——もちろん、姉妹ではない。一緒に住んでいるから……同居人? いや、さすがに他人行儀すぎる。じゃあ友達? うーん、もう少し何か……
と、リタは本来の目的そっちのけで考え始めた。
——親友? それはなんだか気恥ずかしい。うーん、他には……
次に頭に浮かんだ言葉に、リタの顔がボンッと赤くなった。違う違う、と激しく頭を振って、胸に手を当てて深呼吸をする。
「……そんなことよりお菓子の家だ」
自分を落ち着かせるようにそう口にして、本棚に向かう。
「行って、帰るから二枚いるよね……」
そう呟いて、本棚から魔法陣を取り出した。手元にある残りの八枚から、じっくり考えて二枚を決める。一枚は花壇の絵が、もう一枚は釣り竿と魚の絵が描かれている。フィルの優しい色使いのイラストに、リタの頰が緩んだ。
「よしっ!」
花壇の方を丸めてリュックに詰めて背負ったリタは、気合を入れてリビングへ向かった。
「フィルー、行くよー」
入り口から呼ぶも、返事がない。首を傾げたリタは、リビングの中へ歩く。
「フィルー? なんで寝てるの……」
ソファですやすやと眠っているフィルを見つけたリタは、規則的に上下する胸を見てため息をついた。クッキーの箱を持っていないところを見ると、棚にしまった後にここで眠ってしまったようだ。
閉じた瞳の長いまつげにドキリと心臓が跳ねる。やっぱり喋らないと本当に美人なのだ。薄っすらと開いている唇に指を伸ばして、ハッとした。
「なにやってるんだろ……」
差し出した指を勢いよく引っ込めて、少し熱くなった頰を両手で包む。そのまま両手を口に添えて、フィルの耳元へ向けた。
「フィールー、起きてー!」
リタの大きな声に、フィルはぱっちりと目を覚ました。ぐしぐしと目をこすって、不機嫌な顔をする。
「なにー?」
その二文字から、気持ちよく寝ていたのになぜ起こすのか、という恨みがひしひしと伝わってきた。しかし、いつものことなのでリタはあまり気にしない。つんつん、と頰をつつく。
「材料買いに行くよ」
「えー、今からー?」
フィルは上半身だけ起こして、心底驚いた顔をした。リタは腕を引っ張って、無理やり立たせる。
「明日だとめんどくさいって言うでしょ」
「今日でも言うよー。めんどくさーい」
「はい、わかったから行こう?」
「うぇー、わかったよー」
フィルはそう言って大きなあくびをした後、ギュッとリタを抱き寄せて離れる。突然近寄ってきたフィルからクッキーとは違う甘いにおいがふんわりと香って、リタはドキッとした。赤い顔で立ち尽くすリタを放って、フィルは玄関まで駆けていく。
「リター、行かないのー?」
「い、行くよ」
「はやくー」
赤くなった顔をパチパチと叩いて、手招きをするフィルの元まで走った。もやもやとする気持ちを抑えるため、玄関を開けようとしているフィルの背中に抱きつく。
「ぅわ、どーしたのー?」
「なんでもない! さ、行こ!」
リタの突然の行動にフィルは首をかしげる。そんなフィルをよそに、リタは手に持っていた魔法陣を地面に置いた。
「ほら、魔法陣これでいいよね?」
「えっとー、しょっぴんぐもーるだよねー」
「うん、よろしくね」
ふぁあ、とあくびをしたフィルが魔法陣の上に手を置く。リタはその上に手を重ねた。
「はーい、行きますよー!」
魔法陣が青く強い光を発する。きつく目を閉じた二人は青い光に包まれた後、村から姿を消した。
「あれ? 間違っちゃったー」
次に目を開けた時、フィルはテヘヘと舌を出してわざとらしく笑った。目の前には、初めてショッピングモールに行った時にクレアと一緒に入ったレストランがある。
「さっき食べたよね……」
「わ、わかってるもーん!」
「ん、じゃあ行くよ」
そう言ってリタは地面の魔法陣を回収してリュッに入れた。そのまま、レストランをジッと見つめているフィルの手を掴んで歩き出す。フィルは名残惜しげにレストランを見つめた後、ズルズルと引きずられるように歩き始めた。




