リタのクッキー食べたーい!
「ごちそーさまー!」
フィルは空になった器にスプーンを入れて、ふぁあ、と大きくあくびをした。
「帰ろー」
「来た目的忘れてない?」
「リタに騙されに来たー……あとご飯!」
もう両方終わったでしょ、と言いたげにリタを見つめる。あまりに純粋な目は、もしかしてお菓子の家の話は自分の妄想だったのでは、とすらリタに感じさせた。そんなわけがないと頭を振ったリタは、眠そうなフィルの頰をつつく。
「お菓子の家はもういいの?」
「よくなーい」
首を横に振るフィルは、それでも眠そうだ。ちょうど器を下げようとしていた女将が、聞こえてきた二人の会話に入ってくる。
「お菓子の家?」
「はい、フィルが作りたいって言うので材料を探しに来たんです」
「ふーん、楽しそうだね」
カウンターの向こうから器をキッチンに下げて、ニコニコと笑う。この人に聞けばわかるかも、と思ったリタは笑顔の女将に話しかけた。
「あの、チョコレートってどこかで売ってないですか?」
その問いに、女将は腕を組んで考える。
「うーん、この町では見たことないな」
「もっと大きい街に行かないとないってことですか?」
「そうだねえ。うちの甘味類も結構遠くの町から仕入れてるんだよ」
「そうですか……うーん、ありがとうございます」
今度はリタが腕を組む。どうしたものか、と頭を悩ませた。そんなリタの隣で、フィルは足をプラプラさせて遊んでいる。
「帰るー?」
フィルはカウンターに頭を乗せて、退屈そうにそう言った。家を出た時のあのやる気はどこへ行ったのか、とリタはため息をつく。でもまあ、チョコレートが売っていないならどうすることもできない。そう思ったリタは椅子から降りてフィルの手を取る。
「とりあえずクッキーだけ買いに行こう、ね」
「んー、行こー」
そう言ったフィルは、ぴょんと椅子から降りた。リタがお金を払っている間、彼女のリュックにべったりとくっついて眠たげに大きなあくびをした。
「また来てなー!」
「来るー!」
店の外まで見送る女将に、リタは頭を下げてフィルは大きく手を振った。
二人は自然に手を繋いで歩く。最初は眠たげだったフィルも、クッキーのにおいが届くようになったあたりで表情が明るくなった。屋台が近くなると、リタを置いて屋台に駆け寄る。
「クッキー、クッキー!」
「ぃらっしゃい!」
珍しく誰も並んでいない屋台の店主は、今日も元気だ。
「クッキーくださーい!」
「何枚にしましょうか?」
「なんまいー?」
まだ辿り着いていないリタを振り返り、フィルはそう尋ねた。フィルが何かを自分に言っているという事だけがわかったリタは、駆け足で近寄る。
「えっと、なに?」
「何枚買うのー?」
尋ねられたリタは屋台を見て、ハッとした。どうして気付かなかったのだろう、とリタは慌てて手をパーにする。
「あ、えーっと、五枚ください」
「えー、それだけー?」
「うん、今日は五枚だけ」
もっといるんじゃないのー?とお金を払っているリタの背中に文句を垂れる。ぶつぶつと言うフィルに、店主は笑顔を向けた。
「お嬢ちゃん、うちのクッキー好きでいてくれてありがとう!」
「いっつもおいしーよー」
「はは、そうか! それは嬉しいなあ」
クッキーを五枚箱に詰めた店主は、掴んでいたトングをカチカチさせて笑う。
「じゃあ今日は一枚おまけしちゃおう!」
「わーい、ありがとー!」
店主は六枚目を箱に入れて蓋を閉める。フィルはそれを受け取って、大事そうに抱えた。クンクンと、箱ごしににおいをかいで嬉しそうにピースサインをする。
「全部食べたらまたお姉ちゃんと来てくれよな」
「わたしが、おねーちゃんっ!」
本日二度目の妹扱いにムッとしたフィルは、噛み付くように言い返した。店主には、クッキーをたくさん買ってほしい妹とその姉に見えたのだろうか。
「そうだったのか、それはごめんな」
「あ、いえ、姉妹ですらないので……」
フィルのあまりの剣幕に手を合わせて謝った店主に、リタは苦笑いでそう返した。
「ありゃ、目鼻立ちが似てるからてっきり姉妹かと思ったよ。まあ、また来てくれよ!」
「ありがとうございました」
後ろに他の客が並び始めたので、二人はそそくさと屋台を離れた。未だにムッとしているフィルの手を取って歩く。
屋台が小さくなるほど離れた時、フィルがピタリと足を止めた。繋いでいた手もほどき、クッキーの箱を潰れそうな程ギュッと握る。
「わたしの方がしんちょーもちょっとだけ高いのにー!」
「そうだね、わかってるよ」
「あとあとー、髪も長いしー」
「それは関係ないんじゃないかな」
「おっぱ——」
「フィルがお姉ちゃんでいいから! ね!」
何を言いたいかを理解したリタは、強い口調でフィルの言葉を遮った。確かに外見だけみるとフィルが年上に見えるかもしれない。なんといってもフィルは美人なのだ。……喋りさえしなければ。
プンプンとしていたフィルは、ふと手元のクッキーに目線を落として首を傾げた。
「そーいえば、五枚だけで足りるのー?」
「このクッキーじゃお家は作れないよ」
「えー、なんでー?」
リタは立ち止まり、クッキーの箱を開けて一枚取り出した。大ぶりのクッキーを指先で掴んで、フィルの目の前に差し出す。
「ほら、丸いでしょ」
屋台のクッキーは丸いのだ。少しいびつな丸で、お菓子の家の壁にするには少々厳しい。それを確認させたリタはクッキー戻して、箱の蓋を閉じた。
「おーお、確かにー。じゃーどうするのー?」
「うーん、材料買ってお家で焼こうかな」
「クッキー作れるのー!?」
フィルはパッと目を輝かせる。強い期待を感じるその視線に、リタは一歩後ずさった。母の使っていた料理の本にお菓子も載っていたから出来るはず、という根拠のない自信で、家で焼くと言っただけなのだ。
「た、たぶん? でもここでは材料は揃わなそうだよ。チョコレートもないし」
どうしようか、と不安げな表情なリタをよそに、フィルはぴょんぴょんとあたりを跳ね回る。抱えたクッキーがその勢いで割れてしまいそうでリタはハラハラした。
「リタのクッキー食べたーい!」
道に響いたフィルのその声に、すれ違った獣人の親子が振り返える。恥ずかしくなったリタは急いでフィルの手を取り、駆け足でその場を離れた。
「ここじゃどうしようもないから、あっちの国に行こう」
「しょっぴんぐもーる?」
「うん。とりあえず帰ろうか」
二人は手を繋いで帰路へ着く。お菓子の家の材料は未だ何も揃っていないが、フィルの足取りは軽い。手に持つ箱から、クッキーの甘いにおいが森じゅうに漂った。




