姉妹みたいだな
目的地を定めず、ルンルンっとフィルは軽い足取りで歩く。リタはそれに引っ張られるように早足で付いて歩いた。
「まずは何買うのー?」
「クッキーは屋台のでいいよね?」
「あれ、おいしーからねー」
「あとはー、うーん……チョコレートってどこに売ってるんだろう?」
立ち止まって考えた始めたリタに、することのないフィルは繋いだ手をブンブンと振って待った。
「子供の時に食べた記憶はあるんだけどなあ……」
そう呟いたリタに、フィルは手を止めてギュッと握った。
「じゃあ、まずお昼ご飯食べるー?」
「え、もう食べるの?」
「リタに騙されておなかすいたー」
「騙してないって……ま、行こうか」
食堂で次の行き先を考えよう、とリタはフィルの提案に乗った。フィルは再び軽い足取りで歩き出した。
フィルはリタの手を引いて、一切迷わずに食堂についた。夜に一度来ただけなのにどうして覚えているのだろう、と方向音痴なリタは不思議に思う。そんなリタに構わず、フィルは勢いよく店の扉を開けた。
「こんにちはー!」
「すみません、まだ——」
扉のベルがチリリンと鳴った後、女将の声が店内に響く。店内に入った二人を見て、女将の顔が明るくなった。カウンターの中から手招きをし、二人を目の前に座らせた。
「本当に来てくれたんだね」
少し高いカウンターの椅子に苦戦しながらも座ったフィルは、奥のキッチンを興味津々で覗く。広めのキッチンには誰もおらず、女将一人でこの店を回しているのだろうと感じられた。
「相変わらず仲良しだねえ」
「でしょー!」
女将がそう言うと、フィルは得意げに胸を張ってリタの肩を抱く。突然の行動に驚いたリタの心臓が跳ねて反射的に顔がじんわり赤くなった。女将はそんなリタを見てニヤッと笑い、フィルの頭を撫でてメニューを手渡した。
「ご注文は?」
「わたしはこの前のー」
「あ、えと、じゃあ私もそれをお願いします」
貰ったメニュー見ることもなく即答したフィルに、リタは慌てて言葉を続ける。リタが少しだけ開いたメニューは、すぐに女将の手に戻った。
「はーい、ちょっと待ってな」
女将がキッチンに入っていくと、二人は店内を見回した。この間来た時とは違い、客は誰もいない。テーブル席の椅子が全て上がっていて、誰かが来た気配もない。
この前はあんなに混んでたのに、と不思議に思ったリタだったが、少し考えてハッとした。鍋を混ぜている女将の背中に、恐る恐る話しかける。
「あの、すみません。もしかしてまだ開店前でしたか?」
「あー、いいのいいの。もう掃除も仕込みも終わって開けるだけだったからさ」
「すみません、気付かなくて……」
女将は振り返ってニカッと白い歯を見せた。鍋に向き直ると、コトコトと煮込まれているシチューを皿によそう。棚からパンを四つ取り出して籠に盛り、シチューと一緒に二人の前に並べた。
「お待たせ! 熱いから気をつけてな」
「いただきまーす!」
パチンと手を合わせて、シチューをすくう。フィルはふーふーと少しだけ息を吹きかけて、スプーンに乗った大ぶりの野菜を口に放り込んだ。
「はふはひっ」
「気をつけてって言われたばっかりでしょ」
熱さではふはふしているフィルを横目に、リタはゆっくりと息を吹きかけて冷ます。程よく冷めた野菜を口に入れると、野菜本来の甘さが広がった。
「おいしー!」
「フィルちゃんは美味しそうに食べるな」
「リタにもよく言われるー」
そう言って再びアツアツの野菜を口に入れて、はふはふするフィル。そんなフィルに笑いかけながら、女将は店の扉の前表の表示を"商い中"に変えた。
野菜を飲み込んだフィルは今度はパンに手を伸ばす。ふわふわのパンに噛み付いた。
「パン付いてるよ」
「ありがとー」
リタは自分の唇を指でつつき、そこに付いていると示した。シチューで濡れた唇に付いたパンの欠片を、フィルは手でぬぐって取る。戻って来た女将は、そんな光景を見てフフッと笑った。
「君たち、姉妹みたいだな」
カウンターの内側で頬杖を付いて、温かい目で二人を見つめる。女将のその言葉に、フィルはスプーンを机に置いて勢いよく胸を叩いた。
「わたしがおねーちゃんだねー!」
「どう考えても私でしょ」
「なーんーでー! わたしの方が年上でしょー! だってわたし、さんびゃくじゅ——」
「ちょ、ちょっと待って」
言いかけたフィルの言葉を、リタは手で遮る。フィルの耳元に口を近づけ、リタは目の前の女将に聞こえないようにコソコソと話しかけた。
「卵の中にいる間って年齢に足すの……?」
「えー、知らなーい」
フィルはくすくすと笑って、再びスプーンを手にとってシチューを食べ始めた。改めてフィルの年齢問題を考えたことによって、リタの頭には一つの疑問が残った。
——フィルは成長するのだろうか? もしこのまま十年、二十年と一緒に過ごしていって、年をとるのは私だけなのだろうか。
なんて考えていたリタに、女将が話しかける。
「実際のところどうなんだ?」
「えっとー、お、同い年です!」
「そうか、まあ、そんなもんだよな……あ、いらっしゃーい!」
リタの答えに、女将は二人を見比べて笑う。新しく入ってきた客に、女将は駆け寄った。二人組の獣人の男は常連客なのか、女将と楽しげに話す声が店内に響く。
そっちの方を見ていたリタの二の腕を、フィルがツンツンとつついた。振り返ると、シチューにスプーンを入れたまま頰を膨らませているフィルがいた。
「わたしがおねーちゃんだもん」
「わかったわかった。冷めないうちに食べよう、ね」
その表情はどう考えても妹です、と言いたい気持ちを押し込めて、リタは苦笑いでフィルの頭を撫でる。リタもシチューを口に運んでこの後のことを考えた。さて、どこで材料が買えるのだろうか。隣で楽しげにパンを頬張るフィルは、お菓子の家のことなど忘れている様子だった。




